ep.1 私の日常と崩壊
第1話
日常が一変したのは二日前。
じわじわと毎日の気温が上がり、雨が降る日が増えてきた六月上旬の事だ。
決して可愛いとは言い難いグレーのブレザーとスカートに、髪型は全国に五万と居るであろう黒のセミロング。これといって特筆すべき所の無い、絵に描いたような『ごく普通の高校生』だった私は、その日もいつもと同じ様に通っている高校から自宅への帰路についていた。
我が家の家庭環境はと言えば、これまたよくある様な母と二つ上の姉、そして私の二人姉妹の母子家庭。両親は結婚以降、いざこざが絶える事は殆どなかったらしい。私が産まれてすぐに離婚したため、父親については名前も知らない。
ただなんとなく、父親が色んな方向にクズだったらしいという話は知っていた。まだ私が小学生の頃、正月の浮かれた空気の中で酔っ払った親戚のおじさんがご親切にも教えてくれたのだ。
姉と私の親権を取ったのはもちろん母だった。離婚の原因がクズの父親だとすれば、至極当然のことだろう。
離婚当時、母は専業主婦だった。結婚を機に大学卒業からずっと働いていた会社を辞めて家庭に入っていたからだ。
まだ幼い私たちを抱えてシングルマザーとなった母は、中途半端な時期にも受け入れてくれる保育園を探し回り、それからパートの仕事を始めたらしい。
けれどパートで貰える給料は正社員と比べれば当然少ない。そのため家計は常に苦しかった。
そしてそれは、私が高校に入学した今も変わらず、我が家は貧乏と言って間違いではなかった。
「ただいま~」
自宅である築数十年のボロアパートの玄関に入り、それなりの声で帰宅を告げても、それに返ってくる声はない。ただ癖になっているというか、ほとんど惰性で続けているだけだ。
母は毎日夕方五時まで駅近くのクリーニング店で働き、今日のようにそこから夜勤の仕事に行く日もある。現在高校三年の姉も、学校終わりはほぼ毎日ファストフード店で九時までバイトに勤しんでいる。
今年の四月にようやく高校生になった私も、そろそろバイトを探さなければならないと思っており、なんなら既に大まかな目星は付いていた。
本当は入学してすぐにでも始めたかったのだが、学校に慣れるまではやめておけと母と姉に口を揃えて言われたため、この時期までタイミングが伸びていた。
「早くしたいな、バイト。じゃなきゃ欲しいもの買えないもんね」
母の給料のほとんどが毎月の光熱費や電気・水道代、それから家賃に消えていく。他にも家族3人分の食費と私達の学校で必要なお金諸々。
生きるのはどうしたってお金がかかるのだ。
そうして残ったわずかなお金は、本来であればちょっと良いものを食べるだとか、嗜好品の類や装飾品に使ったり、はたまた堅実に貯金に回すだとかするのが普通だろう。
けれど我が家ではその大半が『姉のお小遣い』という名目で消えていってしまう。小さい頃からお金に不自由してきたにも関わらず、なぜか私の姉はどこのお嬢様だと不思議になるほど我儘で浪費家だった。
周りの友達が持っているものは自分も持っていないと気が済まないし、流行にも敏感で、それから何より少し怖いくらいに外見へのこだわりを見せたりする。化粧品から洋服、バッグや靴やアクセサリーに至るまでを人気のブランドで揃えることが普通だとまで思っていそうだ。
買っても同じものを着るのはせいぜい片手で足りるほどの回数だと言うのに。
毎日の食事に関してもそうだ。
こだわりが強いのか贅沢なのか、いわゆるスーパーの惣菜やレトルト食品は何が気に入らないのか知らないが食べようとしない。そのわりに今日はあれが食べたい、これが食べたいという主張の声はいつだって大きくて、むしろよくそんなに食べたいものが浮かぶものだとこちらが感心するほどだった。
何より一番厄介なのは、自分の思い通りにならなければ強硬手段───そこらにあるものを手当たり次第に壊す気性の荒さ。
怒りの沸点が低いわけではないのだろうが、スイッチがどこにあるのかがわかりにくい。いわゆる癇癪持ちみたいなものだろうか。
そんな風に常に欲しいものが絶えない嵐のような彼女は、自分のバイト代だけではまったくお金が足りないのだ。
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