第44話 最悪の結末
ヤシロの四階全てを吹き飛ばす、幻影の爆炎。果たしてそれは――誰一人仕留めることは叶わず、誰にも観測されないまま虚しくかき消えた。
「更に権能を開花させたか……! だけど、只人の脳でその負担に耐えられるかな?」
バッドエンドは目の前で膝をつく慎に向け、そう告げた。慎の両眼はかつてないほど紅く染まり、眼窩からは血が溢れだしている。
凪紗、鷹見、美佳の視界も同時に塗り替える、権能の一斉行使。普通の人間の脳には重すぎる負担で、このままでは近いうちに慎の脳が焼き切れてしまうのは自明だった。
だが、それでも慎は立ち上がった。
「これで、貴方の能力はもう俺たちには効かない……! 俺たち全員で、片を付けてやる!」
一秒ごとに軋む脳神経。いっそのこと目を抉り出したくなるほどの激痛。それらをもってしてもなお、慎の闘志は折れていない。
かつての慎であればあっさりと諦めていたかもしれない。しかし、ほんの短い間ではあっても、バランサーとして仲間と戦ってきた記憶が慎にここで立ち止まることを許さない。
慎の後ろに凪紗が立った。続いて鷹見と美佳も姿を現す。
「加賀君のお父さん、だそうだけれど。今は関係ないわ」
「覚悟しろ。クマの仇だ」
「あたしの腕の分も追加で! ぶっ飛ばしたるからね!」
「いいじゃないか。バランサーはいつの時代も泥臭く、青臭いものだね」
バッドエンドはフッと笑うと、右手で空を掴むような仕草をした。
こうなれば最早権能は意味をなさない。ならば。
「アルマ、開帳。終わらせよう、“エンド・ロール”」
「アルマ……!?」
バッドエンドがかつてあるバランサーから奪い、手中に収めたアルマ。右掌を包む黒い手袋を象った、その装備に込められた権能は――
「なに。なんてことない、古き良きお約束の“オチ”だよ」
言うが早いか、バッドエンドはまず鷹見の方に走った。咄嗟に構えられたイージスの盾を無視して跳躍し、鷹見の背後に着地。振り向いた鷹見の眼前に、エンド・ロールに包まれた右手をかざす。
次の瞬間、エンド・ロールが光を放ち――鷹見の眼前で爆ぜた。
「ぐ……うっ!」
爆風を顔面に受けた鷹見が床に転がった。ミソギの加護すら貫通する、物理的なものではない概念上の爆発。ウルフのスサノオ同様、バランサーといえど一撃一撃が即死に繋がる凶悪無比なアルマだ。一目でその性能を見抜いた慎は叫ぶ。
「あの手袋に近付くな! 問答無用で爆破される!」
「ええ!」
頷いた凪紗がパラベラムをバッドエンドに向けて連射する。しかし、飛んできた弾丸もバッドエンドが右手をかざすだけで光に包まれ爆発していく。
「その対応は正解。だけどそれだけじゃ足りないな」
バッドエンドが続いて目の前の空間をエンド・ロールで撫ぜた。すると、距離の空いているはずの慎たちの眼前の空間が光に包まれる。
「まずい、遠隔爆破も……!」
あわや慎と凪紗も爆発に巻き込まれる寸前、爆発と二人の間に“ブレイクスノー”に乗った美佳が割って入った。思いっきり足を掲げ、ブレイクスノ―の裏面で爆発を受け止められる体勢を整えつつ、慎と凪紗を突き飛ばす。
一瞬遅れて、エンド・ロールの権能により空間が爆ぜた。
「ぐっ!」
「ああっ!」
ブレイクスノーの即席の盾でも、爆風の全てを吸収しきることはできない。凄まじい爆発でヤシロの廊下が吹き飛び、慎たちも後方に押し出された。
「沢口は……!?」
慎が顔を上げると、美佳は廊下の端に倒れていた。身体は無事なようだが、ブレイクスノーはボロボロで最早使用に耐えるとは思えない。美佳は「っつぅーっ!」と強か打ち付けた頭を押さえながら叫んだ。
「これで借りは返したかんね! 絶対勝ってよ……!」
その刹那、美佳の周囲の空間が爆発し、爆炎に包まれた美佳の身体がヤシロの壁面に空いた大穴から外へ落ちていく。
「沢口!!」
「大丈夫、まだミソギが壊れてないならきっと無事なはずよ! 慎君、立って!」
凪紗に激励され、慎は再び立ち上がる。眼前では、崩れ行く廊下をゆっくりとバッドエンドがこちらに向かってくるところだった。
「そうだ。立て。立ち続けて、命を使い潰せ。それがキミたちバランサーの責務だ」
そう言うバッドエンドの右半分にもう笑みはなく。淀んだ強い決意の宿る右眼と、憤怒を象る真鍮の左眼が慎たちを睥睨していた。
バッドエンドの足が、床を蹴った。
来る、と認識する間もなく慎の胸倉が掴まれた。そのまま身体を抱えあげられ、続けざまに胸倉のエンド・ロールが爆ぜる。
至近距離で爆発を食らった慎の身体は、凄まじい衝撃で跳ね上げられ天井を突き破る。そのまま上階の床をぶち破り、屋上に投げ出されてぼろきれのように転がった。
星空が、瀕死の慎のことなど構いもせずに瞬いている。
それでも立ち上がろうとした慎は、息の代わりに夥しい量の血を吐き出した。
慎の胸は、爆発で胸郭が見えるほどに抉れていた。あと少しで肺ごと胸が吹っ飛んでいただろう致命傷。ミソギも先ほどの衝撃で壊れており、その加護も失われている。
「ごぶっ……!」
呼吸がうまくいかない。傷ついた肺が悲鳴を上げ、新たな痛みを追加された脳髄は慎に向けてすぐ動くのを辞めろと警告を発している。
ぐらつく足を必死に叩く慎の前に、いつの間にか目の前にバッドエンドが立っていた。
「終わりだ、加賀慎。キミたちは皆ここで死ぬ。だけど安心しなよ。バッドエンドは全ての人間に平等に訪れる」
深い夜の闇の中、子供に絵本を読み聞かせるように、妖士の青年は言の葉を紡いだ。
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