第19話 愛梨さんの秘密

 愛梨あいりさんとの初めての会食は、一定の緊張感を保ちながらも、楽しい雰囲気で進んで行った。

 

「この白くてウニウニした物体は何ですか?」

 私はこれまで恐らく食べたことの無い食材を目の前にし、不審そうにそう言った。

「あぁ、それは焼き白子。おいしいよ~」

「シラコ?」

 首をかしげる私に、愛梨さんはいたずらっぽく笑って言う。

「そう。なんだか知りたい?」

「はい」

「それはね、お魚の精巣」

「げっ……」

 私は思わず下品に呟くと、急いで手で口を抑える。

「まぁ、そうなるよね~」

 愛梨さんは予想通りの反応をする私の様子を見て楽しんでいるようだった。


「でも、すっごくおいしいから、食べてみな~」

 愛梨さんにそう言われて、断るわけにもいかない。私は恐る恐るそれを口に運ぶ。

「どう?」

「ん! おいしい~!」

 初めて食べたフグの白子はクリーミーで芳醇な味わいで、想像していたような苦みや生臭さは全くなかった。

「でしょ~?」

 そう言って愛梨さんも白子を召し上がる。

 

「なんか、精巣って聞いて、人間のの味を想像してたんですが、全然違うんですね」

 私は思わず正直な感想を口にすると、愛梨さんは目を丸くした。

「ちょっと、萌音もね~!」

「あ、スミマセン!」

 

 思えば、この瞬間からだ。愛梨さんが私のことを「萌音ちゃん」ではなく「萌音」と呼んでくれるようになったのは。

 

「ねぇ、その口ぶりだと、萌音って彼氏いるの?」

 言い逃れが出来なさそうな愛梨さんの視線を感じ、私は正直に話すこととした。

「は、はい。実は」

「そうなんだ~。え、彼氏って一人だけ? それとも何人かいる?」

「え?」

 愛梨さんの思いがけない質問に私は返答に詰まってしまった。


「あ~、これは何人かいる感じだな~。2人? 3人?」

「えっと……1・5人くらい」

 私がそう答えると、愛梨さんは声を上げて笑った。

「1・5! わかる~、その感覚~」


「愛梨さんは彼氏、何人かいるんですか?」

 私は恥ずかしさも相まって思わずそう聞き返すと、愛梨さんはあっけらかんと答えてくれた。

「いるよ。私も1・5人かな~」

「そうなんですか?」

 私は愛梨さんに彼氏がいるという事実よりも、それが私と同じ複数だということに驚いた。

 しかし、愛梨さんは更に私にとって衝撃の事実を口にする。

 

「しかもね、一人は女の子だよ」

「!」

 私は何と返していいかわからなかった。多様性が叫ばれるこのご時世、驚くのも失礼だし。反応に困っている私を前に、愛梨さんは淡々と話す。


「私、実は『バイ』でさ。一応『彼氏』もいるけど、今の本命は『彼女』の方かな」 

「そうなんですね」

 驚きつつも俄然興味津々の私に、愛梨さんはこれまでの恋愛について語ってくれた。

 

「今の彼はね、実は昔付き合ったことのある「元カレ」なんだ。中学校時代から付き合い始めたんだけど、高校に入ってアイドル活動が忙しくなってさ。人気が出てくると煩わしくなって別れちゃった」

「そうなんですね」

「その後、私は、ある時、ある場所で今の『彼女』と出会ったの。まぁ、これはちょっと言えないんだけど」

「はい」

「もともと子どもの頃から女の子にも興味があったけど、普通に男の子も好きだったし、それが恋愛の対象になり得るとは思っていなかったわ。ちなみに私がアイドルを目指したのも、可愛い女の子が好きだったからなんだけどね」

「ほぉ~」

 私はとってこれは意外な話だった。


「彼女は『レズ』だったの。彼女の家に遊びに行ったとき、告られてさ。私は何の抵抗もなく、OKした」

「でも、相手が女の子でもお互いに愛し合ってたら、良いじゃないですか」

 私は素直な思いを口にした。


「そうね。彼女と私はとても愛し合っている。よくデートにも行くし、お互いの家にお泊りもする。とても癒されるんだけど、どうしても女の子同士だと、カラダだけは満足がいかない部分があるのよね」

 愛梨さんのその一言に、私は胸が痛くなった。


「ある時、仕事のストレス……ってゆうか、強烈なプレッシャーでいっぱいの時、私は元彼を呼び出しちゃったの。それでね、酔った勢いで『抱いて』って言ったら、『もう一度付き合ってくれたらいい』って。なんで男って、そう言うところ気にするんだろうね」

「まぁ、そういうところ、ありますよね」


 私は曖昧な返事をした。理央りおと付き合い始めたきっかけ思い出すと、気持ちは複雑だった。当時私は理央とはワンナイトで終わらせるつもりだったから、改めて理央から「付き合ってほしい」と言われたときは正直ウザかった。しかし、お陰で今では理央が、私の一番好きな人になってしまっている。


「それでね。なんか冷めちゃって、『帰る』と言ったら、『どうしても付き合ってくれないか』って。だから正直にいま『彼女』がいるってことを話したんだよ。それで私が『彼女』と別れるつもりはないけど、それでもいいなら付き合ってあげるって言ったら、それでもいいって」

「なるほど~」

 私は愛梨さんの気持ちも、彼氏さんの気持ちもどっちもわかる気がして深く頷いた。

 

「きっと、彼にとって私が女の子と付き合ってるのが、一時的な遊びだと思ってる節があると思うんだよね。実際、私も最終的にどっちに転ぶか分からないけどさ」

 きっと相手の性別の問題はあまり関係なく、共通する想いなんだろうなと、私は思った。


「萌音は? どっちが本命?」

 不意に私の方に話題を振られ驚きつつも、私は正直に答える。

「私は、あとから付き合い始めた地元の彼ですね。最近付き合い始めたばかりだけど」

「『あとから』の方が本命なんだ。じゃ、乗り換え途中ってこと?」

「うーん、どちらかといえば、私も愛梨さんと同じ理由かも?」

 今度は愛梨さんが首をかしげる番だ。

「私と? ってことは、古い方の彼氏じゃ満足できなかったってこと?」

「うーんと、今のところ逆ですね。基本的に地元の彼氏が本命なんですが、彼は私と付き合うまで経験が無くて、なんて言うか、私が満足できないって言うか……」

「いいね、そう言う話! じゃ、古い方は相当のテクニシャン?」

 今度は愛梨さんが興味津々で聞いてくる。

「それは……、趣味が合うって言うかなんて言うか……」

 

 私は迷いつつも、愛梨さんも「バイ」を告白してくれたので、私も思い切って性癖を告白してしまった。


「……って言う訳なんです。引いてません?」

「そんなことないよ~。いやぁ、深いね~!」

 愛梨さんはそう言って、心底感心したようなそぶりを見せ、それがまた私の羞恥心をくすぐった。


「でもさ、それでうまくコントロール出来てるんだったら、そのままのバランスでうまくやっていくのがいいよ。自分の都合のいいようにその「ドS」くんを使ってたら、ダメだからね」

 最近、陸斗りくとをぞんざいに扱っていた私は耳が痛かった。

 

「ちなみにさ、その彼の話し、他のメンバー誰に話した?」

「いや、まさか。まだ誰にも言えないです」

「一人でも彼氏がいるって、絶対に言っちゃだめだからね。美羽みうみたいなや奴に知られたらやばいよ。今はまだ本格的に売れる前だから良いけどさ。売れた後、下手したら週刊誌とかに売られるよ」

「マジすか……。いや、彼女ならやりかねない」

 私は血の気が引いた。


「ホントね、この業界、足の引っ張り合いだから。それだけは絶対に忘れちゃダメ」

「わかりました。でも、愛梨さんも私に『彼女さん』と『彼氏さん』の話しちゃいましたよね?」

 愛梨さんは笑って言う。

「うん、だから、萌音の弱みも握った」

 そう言いながら愛梨さんは席を立った。

「ちょっとお手洗い行ってくるね」


 愛梨さんが席を外している間、私はこれまで聞いた衝撃的な事実を整理するのにいっぱいだった。

 ただ一つ言えることは、愛梨さんにとっても仕事のプレッシャーやストレスの「捌け口」を模索して悩んでいるということが分かり、私はなぜかそれにちょっとだけ安心した。

 

「ただいま~」

「おかえりなさい」

 愛梨さんが席に着くと、お店の方がおしぼりを持ってきてくださった。私はそのお店の方が退出するのを待って、次の話題を切り出した。


「愛梨さんは、将来、どういった分野で活躍したいんですか? 女優さんですか? それとも陽菜ひなさんや美玲みれいさんみたいなマネージャー?」

 これは私にとってとても興味があった。私が夏以来、柿Pに課せられている「夏休みの宿題」にも結び付く話だ。

 

「うーん、どちらかと言うと社長かな?」

 意外な返答に、私は目を丸くした。

「経営者ですか?」

「いや、そうじゃなくてね。Pってこと。できれば自分でもタレント活動しながら、アイドルのプロデュースをしたいなって」

「すごい! 素敵です!」

 私はパッと顔を輝かせる。

「でも、社長には反対されているけどね」

「どうしてですか?」

「うん。まぁ、どちらかと言うと、反対って言うか心配だね」

「心配……」

 

「この業界、まだまだクリーンじゃないからね。『枕』とか、まだ普通にあるし」

「やっぱりそうなんですか?」

「私はさ、ぶっちゃけやりたい奴はやりゃいいって思うんだけど、うちの社長はそういうの大嫌いでね。だから社長は独立して、クリーンな環境を目指してるけど、まぁ、ある意味その結果がこれ」

「これ、と言いますと?」

「仕事はたいして回ってこないし、メンバーも育ってないでしょ」

 私は頭に「?」がいくつか浮かんだ。

 

「でも、愛梨さんや『トゥインクル』は沢山仕事もらってますよね?」

「まぁそれは、ほぼ柿Pのお陰かな」

「そうなんですか?」

「うん。昔ね、社長は柿Pの下で働いてたのよ。それで、柿Pは社長が独立した理由もよく知ってるから、その思いに賛同して仕事を回してくれているの」


「なるほど。もう一つの『メンバーが育たない』っていうのは?」

「それはね、コンプラの問題だね」

「コンプラ?」

「そう。昔みたいにちょっと叱咤激励しただけで、すぐパワハラだとか、何ハラだとかってなるでしょ? 自分の実力が無くて売れなかった子に限って、事務所辞めた後に『こんなパワハラ受けてました~』みたいな」

「最悪……」

 私は聞いていて、正直気持ちのいいものではなかった。


「だからね、うちの事務所は緩いでしょ。萌音みたいに向上心があって自律した子じゃないと育たないのよ」

「でも、『トゥインクル』のメンバーとか、『リトル』の千紗ちささんなんかもしっかりしてますよね?」

 愛梨さんは首を横に振る。

「それでもさ、アトリエに呼ばれたのは私と萌音だけ。それが現実。それにリトルだったら千紗より紗綾さあやの方が可能性はあるね」

 やはりの愛梨さんの言葉は重みが違った。

 

「萌音は将来、どうなりたいの?」

 不意に話題は私のことになった。

「まだ決めてないんです」

「そうか。焦ることはないけど、早く決めた方がいいよ」

 そういう愛梨さんに私は少し笑って答える。

「矛盾してません?」

「でもさ、18歳からアイドルになった子は、どんなに頑張っても15歳から一生懸命やってる子には勝てないからね」

 愛梨さんの言う言葉はいちいち深い。


「だから、まずは目標を早く定めて、それにまい進すること。後は、夢や目標は周りの人に伝えると叶いやすくなるよ」

「そうなんですか?」

「うん。例えば、私の夢は社長やマネージャーたちはみんな知ってるから、今から作曲の勉強させてもらったり、ライブのセトリを組ませてもらったりしてるもん」

「なるほど!」

 

「あと、内に秘めてたらいつでも撤回できるけど、人に言った手前、できないと恥ずかしいから頑張らざるを得なくなるってこともあるしね」

 私は夏の柿Pの話を思い出しながら、早く自分の方向性を決めねばならぬと思った。


 最後のデザートを頂いているときに私は改めてお礼を言った。

「今日はお忙しい中誘ってくださってありがとうございます」

「いやいや、忙しくても時間は作るもんだよ。私こそこんな遅くまでごめんね。家遠いのに」

「いいえ。あ、私の家、ご存知なんですか?」

 私はちょっと驚く。

「あぁ、社長から聞いたよ。家、横浜なのに、はじめ『三茶』って言った話!」

「そう言えば、そんなこともありました。いきなり本当のこと言うのも怖かったので、どうせならって」

「しかも『ちょっと盛りました』って言ったんでしょ? 社長そのエピソード結構気に入ってたよ」

「恥ずかしいです」

 私は頬を赤らめた。


「でも、気持ちはわかるな。私なんか売れ始めたころ、調子に乗って下北に住んだけど、事務所通いづらいし不便だったもんね。言うほど日頃渋谷とかで遊ばないし」

「あれ? でも、社長も下北沢ですよね?」

「え? 違うよ。社長は下高井戸」

「勘違いしてました」

 

「私なんかさ、実家は蒲田だから、おしゃれな街は性に合わんのよ。蒲田のなんかダサい感じが性に合ってるって言うか」

「ダサい……ですか?」

 本名が「鎌田」の私は、音だけで聴くとちょっとドキッとする発言である。


「じゃ、いまは下北じゃないんですか?」

「うん、曙橋。程よく何もなくていいよ~。事務所も新宿も地下鉄で一本だし。そうだ、今度、遊びに来る?」

「いいんですか?」

 私は嬉しくて笑顔を咲かせる。

「もちろん!」


 

 最後にお礼を言って店の前で別れ、愛梨さんはタクシーで帰宅した。

 「萌音もタクシーチケット使っちゃえば?」と言われたが、さすがに横浜までタクシーで帰るのは気が引けたので、私は地下鉄で帰ることにした。

 後日、土屋マネから「今後は夜遅く鳴ったら防犯のためにもタクシーを使うように」と注意されたけど。

 

 私は帰りの地下鉄の中で、愛梨さんとの会話を思いだす。今日一日で本当に多くのことを学べた。

 しかし、色々聞いた話の中でどうしても印象に残てしまうのが、「センシティブ」な話題だ。


 最近、陸斗と会ってないな。

 まだ、私には陸斗も必要だよな。


 そしてもう一つ。

 愛梨さんのご自宅にも誘われちゃった。しかも愛梨さんは「バイ」だって言ってた。


 愛梨さんに抱かれるのも悪くないかも!

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