コトダマに愛を込める。

深瀬マコト

気づき



 「「風は止む」」


 圭がつぶやくと、風はピタリと止んで、静寂が訪れた。


 「すごいすごい!」


 静寂を壊すようにして、隣で葵がはしゃぐ。 笑顔が晴れる。

 「も、もう何回もやってるじゃん」 

 圭は、ぼそっとつぶやくが、葵は懲りずに、もう一回やって、とうるさく駄々をこねる。



 

 一昨日のこと、台風の影響で雨が降っていて、圭と葵は一緒になって帰っていた。

 小学校生活最後の運動会を明日に控えた二人は、気持ちが沈んでいた。

 運動会が雨で延期になると、葵の両親が見に来れなくなる予定だった。


 葵はどうしても、両親にリレーのアンカーをやるところを見せたいらしく、雨予報を見るたびに、落胆していた。


 「圭、この感じじゃあ、たぶん延期だよね」


 圭は、葵がうつむいているのをほとんど見たことがなかった。

 一年前、葵の三人の友達が、同時に事故死したときは、さすがの葵でもしばらく、笑顔を出さなかったが、それ以外の時は常に、笑顔で、明るく、弱気なことを一切言わなかった。


 だから、圭は弱気なことを言っている葵を見て、どうにかしたいと感じたのだ。


 「は、晴れるよ。明日は絶対に晴れる。運動会はできる」

 小さな声を絞り出して、圭は言った。




 翌朝、圭が起きて、外を確認すると、本当に晴れていた。

 テレビをつけると、台風の進路が急に南にずれたと報じていた。

 こんなこともあるのかと、心底驚く思いだった。


 「圭、ほんとに晴れたね!」


 登校中、笑顔で嬉しがる葵を見たとき、この子のそばにずっといたいと、思った。



 圭と葵は幼馴染だ。



 小さい頃、葵から


 

 「圭と私はずっとずっと一緒に生きるっ!」



と言われたことは忘れられず、圭の一番嬉しい思い出の一つだった。


 葵は覚えていないだろうが。


 リレーで一番を取り、両親と喜びを共有していた葵。満天の青空の下、葵の笑顔は太陽よりも眩しかった。

 圭にとって、葵はかけがえのない存在で、クラスのヒロイン的な葵と、クラスの端くれの圭は周りから見ると、不釣り合いなように思えるが、二人は固い絆で結ばれていた。


 「圭はさ、コトダマの力が強いんじゃない?」


 運動会の帰り、二人で帰っていると、葵に問いかけられた。


 「コトダマ?」

 「そう、言霊。言ったことがホントになるってやつ」 

 「そんなの、ないよ」


 圭は首を振りながら答える。


 「いや、あるよ!だって、圭は今日を晴れにしてくれたもん」


 葵は本当に信じている様子だった。


 「試しに、雨降らせてみてよ!今すぐ、雨が降る。って言ってみてよ!」


 はぁーとため息をつきながら、圭はぽつりと言った。



 「「今すぐ雨が降る」」



 すると、次の瞬間、辺りが一気に暗くなった。ぽつり、ぽつりと空から水が落ちる。


 ーえ


 ポツポツと落ちていた雨は勢いを増し、辺りは一瞬にして、雨景色になった。

 圭は目を疑った。目の前で起きていることが信じられなかった。


 「「雨は止む」」


 圭は雨でひとしきり濡れたあと、呟いた。

 突然、雨は止み、明るくなった。天空から、ハシゴのように光が差していた。


 足の力が抜け、がくりと膝をついた。自分の発する言葉が怖かった。

 上空に煌々と存在する太陽にわなわなと震えた。


 「す、すごい!ほんとにすごい!」


 圭は、え、とも、は、とも表せられない言葉を発する。


 「圭、すごいよ!この力はきっと、人の役に立つよ!」


 満天の笑顔は圭を励ますには十分だった。

 何よりも、この不思議な力が人の役に立つと断言してくれたのは、涙が出るほど嬉しかった。


 「うんっ」

 圭は頷く。


 それから何日も、この力を試して遊んでいるが、この力はほぼ絶対だった。

 天候をいじることも可能だし、生えている木を倒すこともできた。


 しかし、条件もあることがわかった。

 なになにする、などの言い切りの形でしか使えないし、確実にありえないこと、例えば、死者を復活させたり、空を飛んでみたりすることはできなかった。

 葵が、人に使えるのかなと疑問を口にしたので、二人で確認することにした。

 葵に力を使うのは怖かったので、通りすがりの人に試した。

 圭は反対したが、葵が押し切ったのだ。

 人相手でも、急に叫びださせることや、踊りださせることはできた。

 向こうがこっちに気づかなくても、力をかけられた。


 自分に使うこともでき、社会のテストで思い出せない単語を、圭は力を使って思い出した。もう、使わないようにしようと心に決めた。


 また、細かい条件の指定もできた。

 五分後に雨が降る、といえばきっかり五分後に雨が降った。

 一分後に雨が止む、と言って、その後一分が経つ前に雨が止む、といった場合は、その言葉は力を発揮せず、一分経つまで雨は止まなかった。つまり、力の上書きはできなかった。


 圭たちはこの力を「コトダマの力」と名付けた。

 コトダマの力は、使い方を誤ると人を傷つけることになることは、圭と葵の両方ともわかっていたため、二人で間違った使い方はしないようにしようね、と約束した。

 できるだけ、人に使うのもやめようと。



 

 高校生になり、もともと内気で無口な性格の圭は、クラスに馴染めず、その性格を悪化させていた。それでも、圭は幸せだった。

 同じ高校に通っている葵が一緒に登下校してくれるからだ。


 「最近、コトダマは使ってる?」


 高校生になり、さらに美人になった葵と一緒にいられるのは誇らしいと同時に、照れくさくもあった。


 「う、ううん」


 嘘をついているわけじゃないが、恥ずかしくて、うまく返答できなかった。


 「最近はずっと、使っていないよ。使う機会があんまりないんだよね」


 圭は小声で返答を付け加える。

 圭はコトダマの力を自認して以来、断定をする言い方を避けていた。

 あんまり、などは多用しているし、なんだよね、と語尾につけるだけで、力の発動は避けられた。ただ、そもそも圭は、はい、いいえ、以外で、ほとんど人と会話しない。


 「そっか。まぁ、使わないなら、使わないのもいいよね!」


 こんなことでも、葵は笑って答えてくれる。いつも笑顔な葵を横目に、同じ方向を歩く圭は幸せだった。


 

 六月に入り、雨が多くなる季節になった。

 圭が朝早く、学校に行き、机の引き出しから、数学の教科書を取り出すと、教科書の表紙がなくなっていた。


 ビリビリに剥がされていた。


 数学の教科書だけでなく、机の引き出しに入れていた教科書全部、なにかしら人にいじられた痕があった。


 周りを見回しても、数人が固まって話しているだけで、こちらを気にする素振りはない。窓の外でみだらに降る雨は、不吉を予感していた。

 その時、突然後ろから叩かれた。背中をバンッと。


 「どーしたのー、圭くーん。その教科書、ダイジョブ?」

 振り返ると、クラスの男子がいた。

 名前は確か、鬼沢だったか。


 「う、うん。大丈夫だと思うよ」

 「なになに、大丈夫だと思うって?それ、誰にやられたのー?」


 鬼沢の後ろで、見知らぬ男子たちがコソコソとこちらを見て、笑っている。

 圭はコイツラがやったのだ、と確信したが、それを聞く勇気も気力もなかった。


 「じ、自分でやったんだよ」

 「語尾に『よ』つけすぎて、気持ち悪いから、やめなよー?圭くんよー?」


 鬼沢の声はヤスリのように粗く、近くで話されるだけで不愉快だった。


 思わず、立ち上がって、トイレに逃げ込んだ。


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