誠心誠意、お仕えさせて頂きます。お嬢様。

ののせき

一回目 誠心誠意

 『誠心誠意、お仕えさせて頂きます。お嬢様』


「………おぉう」


 ソーシャルゲーム【ブリリアントブリッジ】


 飲食店勤務 【野崎のざき 玲奈れいな】、31歳。


 彼女はこのゲームを愛していた。それも、そこそこ。休日はゲーム。ゲーム、ゲーム。寄り道のように別のゲームを嗜む事もあったが、何故かいつもこのゲームに帰って来る。

 BGMだろうか、世界観だろうか、キャラクターだろうか。ガチャだろうか。色々な要素がかみ合って、自分に合っていると玲奈は思っていたが、彼女の楽しみ方は、一風変わっている。


「はぁーー…。月曜日…。ダルっ…。明日から新メニューの仕込みかぁ…。むりぃ…仕事辞めたーい…」


 それは、とてもシンプルに事が起こった。躓いただけだ。朝に一杯コーヒーを飲もうとして、コンビニ出掛けたその直後。アパートの階段を降りて、すぐ目の前の、信号の無い横断歩道。遠くから車が来ているのは分かったが、歩いて届かない幅でもないし、車は止まらなければならない。


 だがしかしそこで、躓いて額をコンクリートに強打した。意識はあった。むしろ、運転手の方が惚けていたらしい。車は速度を全く緩ませる事も無く、走って来る。しかし身体が動かない。指の先が痺れ、身体が全く思う通りに動こうともしない。そして、目の前に、タイヤが視えた。


「おはようございます。お嬢さブホォ!!!!」


「ウザいんじゃお前ぇ!!!」

 黒い髪の毛をした糸目の男が深々とお辞儀しながらニヤニヤとした笑みを見せつけた。咄嗟、特に何も考えず、ただ純粋な苛立ちを覚えたから拳を前に突き出した。


「おおおおお…お嬢様…。ご勘弁を、私はただお食事のご用意が出来ましたと…」


「黙らんかい!!」

なにこれ…。

「お前なんでいつも来るわけ!?」

(夢…?)

「意味が分からんバグってんだろこのゲー…」

(ゲーム…。ブリブリ…?)


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」


 目の前に迫ったタイヤが、回転と同時にタイヤとコンクリートの間に鼻を巻き込んだその瞬間まではまだ、頭の中にあった。


「…な…な…なに…これ…」


 混乱の最中なのに、男が肩を抱き寄せ胸に収める。


「落ち着いてください。お嬢様」


 ドクンッ ドクンッ


 心拍を感じる。そして、体温も。

「僕の胸の中でどうか」

 こういう言い回しがどうしても、好きになれなかった。明らかに、輝かせてやろう、そう思って歯を剥き出しにしてキメたその笑顔もまた、なんとも腹立たしい。


「フンッ!!!」


 その足の甲を、思い切り踏みつけてやった。のたうちまわるその男は、涙目になりながらもその腹立たしい歯を絶やさず見せ付けて来る。だから別段、何故か罪悪感も湧かない。


「………ちょっと一人にして」


 男は一礼して、その部屋を出た。

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