濡衣令嬢 ~騙した外道たちを成敗します~
舞 泉人
第1話
雨が降り始めた。
最初はわずかな音だった。葉を叩く水滴のリズムが小さな囁きのように聞こえ、それが次第に強く、重くなっていった。
冷たい雨粒は空から降り注ぎ、木々の葉を伝って地面に滴り落ちる。
その音は、静まり返った夜の森に微かな命を吹き込むようでもあり、同時に不気味な緊張感を漂わせていた。
夜の森は暗く、どこまでも深い闇に包まれていた。低い雲が月光を遮り、周囲の風景を黒く塗りつぶしている。
森の奥深くでは、葉が雨に濡れてきらめき、湿った土の匂いが空気を支配していた。しかし、そんな自然の美しさを感じる余裕は、彼女には全くなかった。
整えられていた金髪が乱れ、白いドレスは泥にまみれ、引き裂かれた裾が無惨に地面を擦っている。
濡れた布地が足に張り付き、動くたびに冷たく不快な感触を与える。それでも、彼女はじっと動かなかった。息を殺し、木々のざわめきに耳を澄ませている。
近くで何かが動く音がした。
枝がわずかに揺れ、葉の間から雨がまとまって落ちる音。
その音に彼女の全身が硬直する。彼女の心臓が激しく鼓動を打った。
追手たちは森の中を探している。声を上げず、足音を最小限に抑え、彼女を見つけ出そうとするその執念が、彼女をさらに追い詰めていた。
彼らの動きを隠しているのか、それとも彼女の感覚が麻痺しているのか、はっきりしない。だが、危険がすぐそこに迫っていることだけは確かだった。
「(冷静に…)」
彼女は心の中で自分に言い聞かせた。焦れば音を立ててしまう。
雨は次第に激しさを増し、木々の葉を叩く音が混沌とした響きとなった。空気は重く冷たく、湿気が彼女の肌にまとわりつく。雨水が髪にしみ込み、顔に貼り付いた髪が視界を遮る。それでも彼女は動けなかった。
目の前の茂みの向こうから、微かな音が聞こえてくる。それは人間のものだ。動物ではない――確信が胸を締め付けた。足音は一つではなく、複数だった。ゆっくりと近づいてくる。
まるで彼女の呼吸を聞き取るかのように、執拗で静かな足音。
彼女は小さく震える体をさらに縮め、木の幹に背を押し付けた。目を閉じて祈るように耐える。
「(お願い、見つからないで…)」
遠くの雷鳴が低く響き、森全体を包む雨音がそれにかき消された。その一瞬の静寂の中で、足音がはっきりと聞こえた。彼らは確実に、近づいてきている。
「なぜこんなことに…」
彼女、イリアナ=ロムスロイの脳裏には別の不安と恐怖に支配されていた。
王子の婚約者である彼女に着せられた――王子の暗殺の容疑だ。
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