第48話 生まれ出る場所
波は穏やか。天気は良好。
心地好い潮風と共に船に揺られ、ディアンら20名の調査隊+アリスはヨグドスが潜んでいると思われる
そして各自、物資を島へと下ろし、拠点作りを開始する。
「野営って始めてだな」
「虫くらいでピーピー喚くなよ」
「はぁ? しませんけど!」
拠点を作り、一週間ヨグドスの調査を行う。
それが今回の動きだ。
ヨグドスが外に出れない日中という事もあり、皆和気あいあいとした様子で作業を進めていく。
そして作業が終わると、そこには5人1組で利用するテントが4つに更に小さなテントが一つと、様々な機材が置かれているブースが完成していた。
「疲れたー」
体験した事のなかった作業にアリスはへたり込むが、休んでいる暇はない。
今回の調査隊隊長であるナガレより全体に
「皆ご苦労」
ナガレが労いの言葉をかける。
もうそこにはそれまで楽しくしていた職員の姿はない。
これから始まる捜査に向け、全員が神経を研ぎ澄ませていた。
「だが休んでいる暇はない。早速だが、事前に伝えた班ごとに別れて島内の調査を行っていく。ヨグドスの痕跡があれば信号弾で知らせるように。では各自、班長の元へ集合」
ナガレの話が終わると各自、班長の元へと移動していき、ディアンとアリスも班長であるナガレの元へと集まる。
「さてと、この班だが非戦闘員と新人がいるからな。あまり安全第一で
するとナガレの言葉を合図にして、班のメンバーが話し掛けてくる。
「改めて自己紹介。私、
「
「
「
それまでに出会った職員とは違い、
職員の様々な有り様に、ディアンは若干の感心を覚えていた。
「ほら、お喋りしてる暇はねぇぞ。他はもう出発してんだ。俺が先頭で行く。その後ろに浮草、他はアリスを囲う様にいること事。ディアンは最後尾につけ」
簡単にフォーメーションを伝えるとナガレは歩き出す。
そして他の職員も後に続き森の中へと入って行った。
島の全長はそこまで広くはない。
ヨグドスの痕跡もすぐに見つかるだろうとナガレは踏んでいた。
そして森に入って数分。それは見つかった。
「全員止まれ」
ナガレは声掛けと共にハンドサインを出し、全員を停止させる。
「ディアン。来い」
呼び出されたディアンがナガレの元まで行くと、そこには無惨にも放置された、人間のバラバラ死体があった。
「これは酷いな」
気温が高くなる時期という事もあり、死体からは腐乱臭が漂い、肉には虫が湧いている。
きっと生還した船員の仲間なのだろう。
「どうだ。ヨグドスの匂いはするか」
「いや。時間が経ちすぎている。戻って来ている様子もないな」
人間には感じる事の出来ない匂い。
言葉には言い表せない、気持ちの悪い臭い。
日の当たらない木々の中なら、微かにでも臭いが残っていてもおかしくはない。
それなのに何も感じないという事は、奴らは殺しを終えた後、ここには来ていないという事になる。
「まぁそうだよな。奴らに補食の概念はない。本能的に人間を襲うだけだから、殺し終えたら戻って来る事はないか」
「だがここには滅多に人間は来ない。死体を弄ぶ事があってもいい筈だ」
「知能の高い個体がいる可能性があるな」
最も数の多いヨグドスであるガーゴイルは、本能のみで生きており、人間を見つけると見境なく襲ってくる。
そして襲う人間がいなくなれば、手元の死体で欲求を満たすのだが。
それがない。つまり統率を促し、計画的に人間を襲っている可能性があるという事だ。
「さっさと見つけて駆除だ。行くぞ」
「おい。コイツはどうする」
死体を放置して行こうとするナガレをディアンは呼び止める。
「俺達の任務はヨグドスの調査だ。遺体処理は管轄外。やるにしても終わった後だ」
野晒しで置いておくのは気が引ける。
しかしナガレの言い分も充分に分かる。
調査を疎かにすれば被害はなくならない。
殺された者の為にも一刻も早く調査を終わらせる事が重要なのだ。
「分かった」
ディアンは最後尾へと戻る。
「ねぇ、あったのって……」
「人の死体だ。見るもんじゃない」
他のメンバーがアリスには死体を見せない様に配慮し、一行は更に奥へと進んで行くのだった。
だがそれ以降痕跡らしい痕跡は見つからず、数時間の時が過ぎた。
「日も落ち始めた。戻るぞ」
夜になればヨグドスが支配する時間となる。
視界不良、地形不利。このまま森の中にいるには危険過ぎる。
ナガレ達の班は調査を一時中断し、拠点へと戻るのだった。
ナガレ達が拠点に到着すると、既に他3班の内、2班は帰って来ていた。
「コトネの班はまだか。お前らは適当に過ごしていろ。俺は情報を共有してくる」
ナガレの背中を見送ると、アリスはその場にへたり込む。
「お疲れアリスちゃん」
「あっ。ありがとうございます」
リョウが手渡してきた水筒を受け取ると、アリスは乾ききった喉に水を流し込む。
初めての経験だった故の緊張もあったが、それ以上に捜査中の空気感が喉の乾きを加速させていた。
一切の油断も許されない。全員の張りつめた空気がアリスを圧倒していたのだ。
そんな緊張から解放され一息ついていると、突然空が光った。
「何あれ」
「信号弾か」
「何してんだ、二人共。早くナガレ隊長の所へ行くぞ」
信号弾に注意を引かれているアリスとディアンとは違い、職員はすぐさま全員がナガレの元へと集まっていた。
二人も慌てて先を行くオウセイの後について行くと、再度張りつめた空気の中、ナガレは指示を出す。
「ジェリノ班より信号弾を確認をした。只今より全班にてジェリノ班に合流する。
ナガレの指示に従い、各班が配置につくと休む間もなく森の中へと入って行く。
先程までとは違い、目的地に向けて直進して行くだけ。
そしてアリス達はたいした時間もかからず、ジェリノ班へと合流する。
「ジェリノ、何があった」
「篠崎隊長。これを……」
ナガレは最後尾から外れてジェリノ班が集まっている箇所に行く。
そしてそこでナガレはヨグドスの痕跡を確認する。
「ヨドミか」
その言葉にディアンも反応を示す。
「ディアン、アリス。二人共こっちに来い」
ナガレの呼び掛けに二人はヨドミがある場所まで移動する。
「アリス。君がヨドミを見るのは初めてだろ。覚えておくといい。この溜まり場からヨグドスは生まれる」
「こんな所から……?」
ヨドミと呼ばれたそれは、黒い沼の様で地面から溢れている。
まるでヘドロみたいな物体だ。
草木に覆われ日の当たらないこの場所では見落とす可能性も高い。
隠す為にはちょうど良い場所なのだろう。
「何処にいてもヨグドスの生まれる方法は一緒なんだな。で、どうするんだ」
「これだよ」
ディアンの疑問に対して、ナガレは背負っていたリュックから透明な液体の入ったボトルを取り出す。
「何だそれは」
「まぁ見てろって」
ただの水を取り出して何をするのか。
ディアンには想像もつかなかった。
ディアンが疑惑の目を向けている中、ナガレは蓋を外し、ヨドミの中へと水を流し込む。
すると水はヨドミに染みていき、ヨドミが蒸発し始める。
そして
「ナガレ、キサマ何をした」
ただ水をかけるだけでヨドミが消える事なんてあり得ない。
驚愕の光景にディアンは目を見開き問う。
「聖水。一度お前が身をもって体験した聖銀と同じく、ヨグドスに効果的な物質だ。と言っても、これで致命傷は与えられない。だがな、ヨドミには効果抜群だ。後これはお前ら
ナガレの説明にそういう事かとディアンは過去の光景に納得する。
以前、ニルコックがライグリッツに対して謎の液体を浴びせていた。
その後の会話から推測するに、シグマの支配の能力を解除する目的があったのだ。
「さてと、これでヨグドスの発生は抑えられる。後は島に潜むヨグドスを倒して
「「「はい!」」」
そう。ヨドミがある事で、この島にヨグドスがいる事が確定した。
いつ戦闘になるかも分からない。
今からは気が休まる時がないという事だ。
一同は島の海岸に沿って拠点へと戻る。
日は完全に落ちきり、遂に闇夜が空を支配する。
奇襲があれば全滅の可能性だってある。
だがその心配はいらなかった。
「眩し!」
拠点に着いたアリスは思わず腕で目を隠す。
拠点に設置された照明器具が、辺り一帯を照らしている。
日に弱いヨグドスは光を避ける傾向にある。
奇襲を防ぐと同時に牽制となるのだ。
「今からは交代で警戒態勢を敷く。一時間ごとの交代だ。皆、全力を出す為に休息はしっかり取れよ。だがすぐに動ける様にしておけ。最初は車田班と俺の班で警護をする。配置につけ」
指示があると職員達はやるべき事を理解し、即行動に移る。
そしてナガレは、動きが分かっていないアリスとディアンの元へと来る。
「ディアン。お前は二人用のテントでアリスを警護しろ。全体の警護は俺達に任せろ」
「いいのか」
「気にするな。元々そういう予定だったんだ。ほら行け」
力強く背中を押され、ディアンはアリスを連れてテントへと移動する。
「キサマは寝ていろ。どうせ起きてても役に立たん」
「なっ―――」
言い返したかった。
しかしディアンの発言は正しい。
アリスは気持ちをグッと堪え、テントへと入る。
「無茶はしないでよね」
最後に声をかけるが、ディアンからの返答はなかった。
不安に包まれた中、アリスは横になる。
起きているつもりだった。
しかし慣れない作業に環境、緊張からかアリスは泥の様に眠ってしまうのだった。
そしてそのまま時は過ぎ―――
「おいおい雨なんて聞いてないぞ」
日は昇る事を知らず、分厚い雨雲が一同を出迎えた。
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