第42話 別れと巣立ち

 朝の8時前、ディアンは居候用に与えられていた自室にて、荷物をまとめていた。

 と言っても、持っていく物なんて衣服しかないのだが。

 着の身着のまま、異世界である地球に来てしまったんだ。

 自分を証明出来る物はどこにもない。

 だが寂しさはなかった。

 短い時間だが、気前の良い一家の元で沢山の思い出をもらったから。

 ディアンは感傷に浸る自分に、柄ではないなと心の中で苦笑しながら最後の一着をバッグに入れる。

 アリスとの出会いから始まった奇妙な共同生活。それも終わりを告げる。

 だがまだ何も解決していない。

 ディアンは新天地に向け、部屋を後にするのだった。

 玄関に行くとアリスの父母とユウトが見送りの為待っていた。


「何だ、小娘はいないのか」

「あー、えっとね……」


 何とも歯切れの悪いユウトの返事に疑問を抱きつつもディアンは扉を開ける。

 外には既には特殊生命体対策機関の車が停まっていた。

 前回とは違う、引っ越し業者の様なトラックだ。


「準備は出来ているか?」


 車に寄りかかり腕を組んでいるナガレはディアンを一瞥すると荷台に乗る様ジェスチャーをする。

 これでこの家とはさよならだ。

 ディアンは最後に挨拶をしようとした時―――


「ちょっ……待っ……、あわわわわ!」


 物凄い音をたてて階段を駆け降りてくる少女の姿が目に映った。


「キサマ、何をしている」


 ディアンは驚きの表情を見せるが、アリスは何を言っているかと言いたげな表情を見せる。


「見ての通りだけど」


 両手には収まらない程の荷物を抱え、リュックまでも背負っている。

 今日までろくに部屋から出ずに何をしているかと思えば、とんでもない行動に出たものだ。

 止めてくれるだろう。そう思い、ディアンは父母の方を見るが、そんな希望は呆気なく打ち砕かれる。


「忘れ物はないかい?」

「ちゃんと連絡してね」


 まさかの家族ぐるみの犯行。

 先程のユウトの様子からしても、知らなかったのは自分だけなのだろう。


「おい、ナガレ。キサマは知ってたのか」

「昨日連絡があった」

「何で止めなかった」


 ディアンは詰め寄るが、アリスは邪魔だと言わんばかりの様子で二人の間を抜けて行く。


「おい待て小娘」


 そんなアリスをディアンは首根っこを掴んで、持ち上げる。


「何?」

「こっちのセリフだ。やけに静かだと思っていたら、変な事企みやがって」

「いいじゃん。ちゃんと許可取ってるんだから」

「言い訳あるか。何処に行くか分かってるのか。ガキが来ていい場所じゃない。帰れ」

「嫌ですー」


 アリスは挑発する様にべーっと舌を出す。

 このままぶん投げてやろうか。そう思いもしたが、ディアンは思いとどまり、その場にアリスを落とす。


「んぎゃ!」


 アリスは自分の荷物に潰されてしまう。

 そんなアリスを無視してディアンは再度ナガレに突っ掛かる。


「何があって小娘が来る事になった」

「二人が契約関係にある以上、お前だけが離れても解決とはいかん。先の事件を考えれば、こちらで保護した方が安全だ」

「元からそのつもりだったのか」

「いいや。最初はお前だけだったさ。けどな、どうしてもって嬢ちゃんが言うから、願いを叶えたまでさ」


 一体何を言われたのか。

 アリスの事だ。そうとう無茶苦茶な事を言ったのはディアンにも想像出来た。

 ならこれ以上うだうだ言っても埒が明かないのは明白。ここでやるべき事は覚悟を確認するだけだ。

 ディアンはアリスの方にきびすを返す。


「小娘。キサマは何故そこまでする」

「ナツキと同じ事を起こらせない為。それだけじゃない。リーヴァントにいた女の子みたいな事も無くしたい。私は貴重な被検体だ。少しでも力になって不幸な人を減らしたい」


 荷物に潰されて無様な格好だが、覚悟は本物。

 真っ直ぐな瞳からの訴えをディアンは受け取るが、まだ了承はしなかった。


「キサマは本当にそれでいいのか。友人とも別れる事になるんだぞ。今ならまだ引き返せる」

「そんな半端な覚悟じゃない。これは私の人生の一大決心だ。もう変わらないし変えない」

「そうか」


 ならこれ以上言う必要はない。

 ディアンはアリスの荷物を一つ取ると、荷台に入れ込んだ。


「ほら早くしろ。置いてくぞ」

「なっ……。だったらもう一つも持ってよ。重いんだから!」

「知るか。自分の荷物だろ」


 ケチだなとアリスは頬を膨らませながら荷物を入れる。


「そういえば小娘、キサマ勉強はどうするんだ。自主退学か?」


 ディアンの素朴な疑問にアリスではなく、ナガレが答える。


「安心しろ。教育機関はある。転入という形だ」

「なる程な」


 そして遂に準備は終わる。別れの時だ。


「アリス。あっちでも元気にやるんだぞ」

「寂しくなったらいつでも連絡しなさいよ」

「分かった分かった」


 泣きじゃくる勢いでハグを交わしてくる父母なだめつつ、アリスはユウトに顔を向ける。


「ママとパパの事よろしくね」

「任せて」


 二人はお互いサムズアップで意思を伝え合う。

 そしてアリスはいつまでも離れない親を引き剥がす。


「じゃあ行ってきます!」

「今まで世話になった。この恩は一生忘れない」


 二人は別れの挨拶を済ませると、車の荷台に乗り込み、左右壁際縦2列に設けられている座席の隣同士に座る。

 そして扉は閉められ遂に車は発進し始める。


「じゃあねー!元気にやるから!私、頑張るからー!」


 アリスは小窓から身を乗り出し、家族の姿が見えなくなるまで手を振った。

 それは家族も同様で、互いの声には涙が込もっているのだった。

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