ヒロインは一人でいいんです

冷泉七都

第一章

第1話 日常in文藝部

 七時間目が終わり、放課後となった。


 今日はロングホームルームで席替えがされたからか、勉強から解放されても自席から離れず、みんな前後左右の人と駄弁ったりしている。

 関係性もある程度整った高校二年生だが、新しいクラスから三ヶ月という点も、新しい友達をつくるぞという気合いに繋がるのだろう。


 俺、瀬戸せと春樹はるきは今日の席替えで窓側最後列の席いわゆる主人公席になった。

 サボりには最適で、人目にもつかない。一番気楽で最高な席だ。

 そして俺も新しい人と関わろうと考えたが、新しい席の周りは全員女子で、全く話しかけずに荷物をまとめて「隣が男子なら話しやすいのにな」と思いながら教室の後ろを通っていく。

 教室を出る前に、親友の井原いばら祐馬ゆうまにさよならの挨拶をしたが、それに以外は特に誰とも話さなかった。


 廊下と階段を二分ほど歩き、ある部屋の前に着いた。

 ドアの窓部分には『文藝部』と書かれたプレートが掛けられている――。

 そう、ここは俺が所属する文藝部の部室だ。


 ドアを開けて部室の中に入ると、すでに先客がいた。


「瀬戸先輩、遅いですね」

「いやいや、かえでが早すぎるだけだって」


 彼女は文藝部の後輩で、名前は妹尾せのお楓と言う。

 楓は廃部寸前のところに入部してくれた唯一の新入部員女神ということで、俺ともう一人の部員も可愛いがっている。


「……」


 楓が何かに気づいた後、神妙な面持ちで黙っていて、俺は何かしてしまったのかと考えてみるが思いつかない。


「楓、どうした?」

「あの……。先輩が、こいつ友達いるのかなぁ、って思ったんじゃないかと思って……」

「なんでそんなこと?」

「だって今、放課後になってから五分も経ってないんですよ。……こんな早く部室に来るなんて、友達いない人の象徴じゃないですか!」


 おいおい、それはちょっと傷つく人がいるんじゃないのか。かなり鋭利な言葉のナイフだぞ。

 しかも、今まさに俺がここにいるし――。

 そう反論しようとするが、楓の言い訳の方が早かった。


「今日はあやちゃん、美化委員のミーティングがあるからってすぐ行っちゃったから……」

「うん、楓には彩がいるもんね。友達いるもんね」

「ちょっとそんな子供に対して言うみたいに言わないでください!」


 少し揶揄ってみると期待通りの反応が返ってきて、もっと弄りたくなる。

 楓が一年生の女子の間で密かに人気というのは、なんだか分かる気がする。

 まぁ楓が仲良くしているのは彩だけなんだがな。


 ちなみに彩のフルネームは井原彩と言い、井原という名前が語るように、俺の親友である祐馬とは兄妹だ。

 祐馬が去年から時々話題に出していたから、初めて楓から彩と名前が出たときは本当に驚いた。


「先輩、聞いてます?」

「あぁ、悪い。考え事してた」

「もぅ……。楓の話、ちゃんと聞いてくださいね」


 楓は上目遣いの膨れっ面で怒りを表現してくる。その顔は男子を魅惑する恐ろしさを持っていた。

 しかし俺には恋する人がいるから、それに屈しない。かなり危なかったが一途を守ったのだ。

 

 おしゃべりに興じた後、楓は自身が持ってきた純文学小説を読み、俺は過去の部員が残していったライトノベルを嗜みはじめた。


/ / / / /


 ――コン、コン。


 放課後から三十分が経ったころに、ドアがノックされた。

 ドアが開かれ、文藝部のもう一人の二年生、宇野うの柚木ゆずきが部室に入ってくる。


「宇野先輩!」

「元気だね、楓ちゃん」

「へへっ」


 楓は柚木が入ってきたのを見ると、本に栞を挟んで閉じて、まってましたという雰囲気を醸し出す。

 俺が来た時と対応が違いすぎないか……。


 柚木は俺の隣の席へと座る。

 文藝部の部室は長机二つの長辺を繋げて一つの机としていて、机の両側に二個ずつ椅子が置かれている。

 俺たちの反対側には楓が座っている。


「ごめんね、図書委員会があったから遅れちゃった」

「いや、全然構わないよ。俺なんか面倒くさくて委員会入ってないだけだし」

「そうなの? 面倒くさいなんて春樹は子供だね」


 楓の読書を邪魔しないように、小声で話していると唐突にそう言って微笑んだ。それは正しくさっきの俺のように、相手を揶揄うようだった。


 俺は柚木のそういうところが好きなのだ。

 眼鏡にセミショートのちょい真面目な柚木が少しふざけたときに見せるいたずらな笑顔が、とても可愛いくて綺麗で、魅力に溢れている。

 そこ以外にも柚木の惚れるべき点はいくらでもあって、いつからかは分からないが二年生に上がる時には、俺は柚木と付き合いたいと思うようになっていた。

 言い方によれば、俺はずっと告白できずにいる。一年と少しを同じ部活で過ごした仲が壊れる可能性を考えると毎回、一歩手前で止まってしまう。


 柚木が好きということは、祐馬にしか言っていない。

 祐馬が言いふらさないとは思っているし、実際広まってもいないようだから言ったことを後悔していないが、暴露したときに「もっと可愛らしい子が好きなんだと思ってた。例えば新見にいみさんとか」と言われたことはしっかりと覚えている。

 悪気はないのだろうが、柚木があまり可愛くないと言われている気がして、ちょっと癪に障った。

 一般的には柚木よりも、ギャルっぽくて顔も整っている新見さんに軍配が上がるのは否定できないのだが。

 俺は外見だけでなく内面も好きなのだ。そう主張したい。


 そんなことを考えていると柚木はノートパソコンを開けて、小説を書き始めていた。


 この文藝部の活動は主に二つに分けられる。読書と執筆。

 読書は普通に読むことを楽しむ。壁に沿って置かれた二つの大きな本棚には沢山の純文学やライトノベルが置かれていて、部員は自由に読めることになっている。俺が読んでいる本もここから取ったものだ。

 執筆は自作の小説を書くこと。基本的にパソコンを用いて文章を書いて、ネットに投稿したり公募に出したりしている。今までこの部活で執筆活動をしている人はかなり少なかったそうで、柚木が書くことを知った時には二つ上の先輩が感動していたものだ。

 今の文藝部は読書の二人と執筆の一人、合計三人でこじんまりとして活動している。


 俺はさっきまで読んでいたライトノベルを再び読み始めた。


 部室はページを捲る音とキーボードの打鍵音のみに包まれた。


/ / / / /


 学校の閉門三十分を知らせるチャイムが鳴り響いた。


 それぞれのキリの良いところまで進み、片付けを始める。これが文藝部のルーティーンとなっていた。


 全員が片付けを終えて、楓の「かえろー!」という声で三人がぞろぞろと部室から出ていく。

 そして楓が鍵を閉め、廊下を昇降口に向かって歩きだす。


「それじゃあ、楓は鍵を返しにいくんで……」

「ありがとね。楓ちゃんバイバイ」

「楓、ありがとな。バイバイ」


 楓は元気に「バイバイです!」と言って職員室の方へと消えていった。


 俺と柚木は先生の話とかを駄弁ったりしながら昇降口へと着き、靴を履き替え校門を出た。

 俺は電車通学で駅に向かうが、柚木は家が近いので歩きで、ここでお別れとなる。

 正直もっと一緒にいたいのだが、いざそれを言ったら気持ち悪いにも程があるから言わない。当たり前だが……。


「春樹、またね!」

「うん、じゃあね」


 そうやって別れて、一人で歩いたのも束の間。


「はる!」


 特定の一人からしか呼ばれていないあだ名を呼ばれ、同時に肩を叩かれた。


「一緒に帰ろ!」



 はじめに言っておくが、俺はこの声の主に恋愛感情はない。

 俺が好きなのは柚木、ただ一人だ。



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