休息

 クロノスとイヴは、ロッスヴァイセの招聘しょうへいに応じて、しばらく城に逗留とうりゅうすることになった。


 王都以外からの客というのは珍しいようで、城に仕えている執事やメイドたちがぎこちない動きで空いている部屋に案内してくれた。始まりの村とは打って変わって豪奢な造りの部屋だったが、クロノスの気分は落ち込んだままだった。掲げた目標がことごとく潰えていくのだから、無理もない。


 部屋は洋風なホテルの一室のようで、この世界では初めてみる寝心地の良さそうなベッドがあった。流石、王都というだけのことはある。


「ここはイヴ様の部屋で、クロノス様の部屋はこの隣だ。ゆっくりと体を休めてくれ」


 ロッスヴァイセは気丈に振舞っている。隊長というだけあって、心も強いのだろう。仲間を失い、姫を失い、それでもなお強くあり続ける姿に、クロノスは感銘を受けた。


「では、妾はまだ少しやることがあるので……これで失礼する」


「ありがとう、ロッスヴァイセ」


 彼女は薄く笑みを浮かべてから、ぺこりとお辞儀をして廊下へと消えていった。それを見届けてから、クロノスは話し出す。


「なぁ、質問があるんだけど」


「何かしら」


 イヴはベッドに腰かけて、足を組んでいた。


「村長はまだふさふさだった時に三人の冒険者を見送ったと言っていた。そして、埋められていた死体は骨になっていた。つまり、あの三人はかなり過去にいたということになる」


「そうね、それがどうかしたのかしら?」


「姫がメインクエスト完遂のNPCなんだろ? 姫の子孫でもなく、本人が」


「そうよ」


「だけど棺に入れられていた姫の遺体は、俺とそう変わらない年齢に見えた。それこそ、イヴみたいな……」


 ようやくイヴがクロノスに視線を向けた。


「つまり、とっくに姫が老けていてもおかしくないのに、と言いたいのね?」


「そうだ。だって、おかしくないか?」


「言っていなかったかしら。姫も私と同じハイエルフなのだけれど」


「え?」


 思わず素っ頓狂な声が出た。


「添えられていた白い花で見えにくかったかもしれないけれど、長い耳をしていたわ。あれは姫で間違いない」


「なんだそういうことか……。ということはあれか、ファンタジーよろしくエルフは寿命が長いってことか」


「そう。普通の人間とは全く違うわ。とても長寿なのよ」


「なるほど理解したよ。だからロッスヴァイセたちもハイエルフのイヴを見た時、ミアとリムみたいに驚かなかったわけか」


 わだかまりが無くなってすっきりすると同時に、矛盾が何一つなく、これが真実なのだと突き付けられたような気もする。結局ログアウトできないという状況は変わらないということだ。少しぐらい齟齬そごがあったほうが、クロノスにとっては有難かった。


「失礼致します」


 突然ドアがノックされて、びくりと肩を震わす。イヴは接着剤で表情を固定しているのかというほど無表情で「どうぞ」と返事をした。


 部屋に入ってきたのはジークルーンだった。今は鎧を外し、少し身軽そうだった。深緑の前髪の下にある瞳がきょろきょろと部屋をさまよって、やがてクロノスに行きついた。


「てっきりここに居られると思いましたが、ロッスヴァイセ様はどちらへ?」


「えーっと、すぐに戻っていったけど」


「左様ですか。お休みのところ申し訳ありませんでした」


「いやいや、俺たちこそこんないい部屋まで貸してもらって、ありがたいよ」


「そう言っていただけるとこちらとしても嬉しいです。お食事の際にまたお声掛けさせていただきますね。それではこれで」


 ジークルーンがお辞儀のお手本ともいえるような動きで頭を下げて、扉を閉めようとする。


「ちょっと、いいかしら?」


 ベッドにいたイヴが足を組んだまま声を掛けた。


「はい?」


「ジークルーンさん、質問があるのですけれど」


「何でしょう、イヴ様」


「姫のご両親はどちらへ?」


 ふっ、と表情が曇ったのが分かった。イヴがつっけんどんな態度で質問をするので、クロノスは内心ハラハラしていた。ハイエルフの寿命が長くても、こちらの寿命は縮まるばかりだ。なんと理不尽だろう。


「姫様のご両親は、亡くなられました……」


「どうして?」


「姫様の母親は、産んですぐに亡くなられたと聞いております。難産だったようで」


「そう」


 イヴは何かを見通すようにジークルーンを見つめている。知っていたかのように素っ気なく返事をするのがどうにも引っかかった。


 ひょっとしたら、最初に作った設定まで変わってる可能性を考慮して質問しているのかもしれない。そうなると、こちらが下手に口出しをするのは憚られた。


「姫様の父親、つまり王は、北の砂漠に向かってから消息不明になりました。恐らく亡くなった、とされています」


「あなたはどこで産まれたの?」


「私ですか?」


 唐突な質問に面食らったようだったが、彼女はすぐに立て直して言葉を返した。


「私はここの城下町の生まれで、ずっとここで生活しております」


「ペガサスは、いつから乗れるようになったのかしら」


「それは、ちょうどイヴさんと同じぐらいの……といってもハイエルフだから正確な年は流石に分かりませんが、割と子供の頃から触れ合っていたので、すぐに乗ることが出来ました」


「そう……では、忠告とお願いがあります」

 

「は、はい」


 ややあって、イヴは人差し指を一本立てた。白く、細い指だった。


「まず、忠告。北の砂漠及び、濃霧が発生している箇所へは今後一切近寄らないこと」


「え……? 何故ですか? あなたは何か知っているんですね?」


「次に、お願いです」


 イヴは質問には答えずに二本目の指を立てた。ピースをしているように見えなくもないが、あまりに無表情すぎて不釣り合いだった。


「ペガサスを一頭貸してください。それも、精悍せいかんで体躯の大きなペガサス」


 矢継ぎ早に説明されてジークルーンはきょとんとしていた。救いを求めるようにその視線がクロノスを向いたが、こちらもイヴの真意を把握しているわけではないので、肩を竦めることしかできなかった。


「わかり、ました……。イヴさん、あなたが何者かは皆目見当もつきませんが、今仰られたことは必ず大臣に報告しておきます。そしてペガサスに関してはすぐに手配できると思います。騎乗経験がおありですか?」


「いいえ、でも問題ないわ」


「まぁ、素晴らしい自信ですこと」


 ジークルーンがクスクスと笑う。この不愛想なイヴと会話してこの短時間で笑えるとは、なんというトーク力だろう。クロノスは今でもイヴとの会話で笑える余裕はなかった。


「それでは今度こそ本当に、失礼致します」


 静かに扉が閉められて、部屋はたちまち静かになった。


 イヴはもうすで一仕事終えたといったようにベッドに横になっていた。なんでペガサスが必要なのか、北の砂漠や濃霧とはなんなのかと訊きたいことは山ほどあったが、今はとにかく休みたかった。


「じゃあ俺も部屋に戻る。また後でな」


 クロノスは隣の部屋に移動して、同じように大きなベッドに頭から飛び込んだ。


 これで目が覚めたら自分の部屋にいればいいのに、どうしてこんなことになってしまったのだろうと嘆きながら、あっという間に深い眠りに落ちていった。

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