猛威

 ジークルーンは、二人の仲間を引き連れて雑木林の手前に降り立った。


 真上にある太陽は高積雲に見え隠れしており、明るくなったり薄暗くなったりと忙しなかった。


 雑木林はそれほど木々が多いわけではなく、満足とはいかないがペガサスも動き回れるほどの広さを誇っている。しかし、三人とも騎乗して戦うとなると枝が邪魔になるし、少々手狭になるだろう。


 数秒の議論の末、少し離れた場所にペガサスたちを待機させることにした。万が一のときには指笛を鳴らせば、いつでも駆けつけるよう教育は施してある。


 東側から雑木林に侵入して、辺りを見渡す。ぱっと見た感じではモンスターの影は見えない。ミノタウロスともなれば巨体なので、木に隠れていてもすぐに分かるだろう。


 今頃西側に行ったロッスヴァイセ達も雑木林に入ったころだろう。


 隊長はジークルーンよりも遥かに強い。しかし、特殊な武器ゆえに短期決戦型であり、今回のように数が多いとなると長期戦になりかねない。そうなったときのために自分がいるのだが、こちらの隊を任された以上、他所事を考えている暇はない。


 頭の片隅にべっとりと油のように不安がこべりついていたが、何とか思考を切り替えて後ろに控えている二人のヴァルキリーに命令する。


「それでは、ここから真っすぐに進んで合流地点である湖まで向かいます。あまり離れずに進み、何か気配や痕跡を発見した場合は速やかに報告すること」


「了解!」


 二人のヴァルキリーははきはきと答えて敬礼した。





          *






 ロッスヴァイセは、銀の剣を抜刀していた。


 目の前には、二メートルはあるだろう四本腕のモンスター。その腕は丸太のように太く、血管が浮き出ている。報告にあったミノタウロスだ。


「グオオオオオ!」


 草木がざわめくほどの咆哮が耳を劈く。


「威勢がいいな」


 笑みを浮かべて振り返る。


 数十メートル後方では、一体のミノタウロス相手に二人のヴァルキリーが戦闘を繰り広げていた。数で有利な分、二人が負けることはないとロッスヴァイセは確信していた。


 対するこちらは、一体一である。しかしロッスヴァイセの辞書に敗北の二文字はない。


 抜刀した銀の剣は一般的な刀などに比べて刀身が倍ぐらい太い。その中央には数ミリ単位の隙間が空いており、僅かな煙を吐いている。それはロッスヴァイセしか扱えない稀有な代物であり、類をみない至高の逸品だった。


 眼前で鼻息荒く足踏みをしているミノタウロスは丸腰で、何も装備していない。


 自分の記憶を確かとするならば、棍棒や、手斧などを持っているものが標準的だ。ただ単に繁殖しすぎて武器の調達が間に合っていないのか、それとも余分に生えているように感じる太い腕が、急ごしらえの武器よりも勝る威力を誇っているのかもしれない。


 瞬きをするあいだにそれだけの思考を済ませたロッスヴァイセは腰を低くして、銀の剣を構える。ふーっと息を吐いたあと、足に力を入れて思いっきり地面を蹴った。


 ミノタウロスとの距離は一瞬にして詰められ、同時に四本の腕のうち二本が振り下ろされる。そのあまりにも大振りな動きに、ロッスヴァイセは思わず口角を上げる。


「――遅い!」


 拳をすり抜け、銀の剣を薙ぎ払う。


 だが、余っていたミノタウロスの巨大な二つの手が、白刃取りのように刀身を掴もうとする。


 触れるか触れないかの瀬戸際、刀身が加速した。

 

 瞬く間に、二本の腕が付け根から真っ二つに斬り離される。


 その腕が地に落ちるよりも早く、ロッスヴァイセは二の太刀で、残る二本の腕も斬り落とす。


 全ての腕を失くしたミノタウロスは血を撒き散らしながら、前かがみに倒れる。


「他愛もないな……ん?」


 突然、真横から手斧が飛んできた。


 剣で軽く弾く。目を向けると、もう一匹のミノタウロスがこちらに向かってくる。


 すぐに落ちた手斧を拾い上げて、やや左側に投擲する。


 ミノタウロスがそれを察知して避ける。だがその動きは、こちらが誘発した動きだ。回避先を読み切っていた凄まじい一閃が、ミノタウロスの右腕を斬り落とす。


 どうにも太い腕が邪魔で心臓を狙えない。面倒だな、と思いながら剣を構えなおす。


 この特殊な剣は持ち手にトリガーがあり、作動させることで加工された魔法石が小さく爆ぜる。小さいとはいえ爆発的な威力を糧に、目にも止まらぬ一閃を繰り出せる業物だった。


 とはいえ、誰でも扱えるわけではない。瞬間的加速に耐えうるには相当な鍛錬がいる。そしてその威力に身を委ねるしなやかな柔軟性も求められる。使い方を誤れば諸刃の剣ともなるこの特殊な剣を扱えるものは、ロッスヴァイセただ一人だった。


 片腕を失くしたミノタウロスが吠える。それを気にせず、後ろにいる二人の仲間に気を配る。すでに一体倒し終えて、更に現れたもう一体を倒しきるところだった。


「こちらも蹴りをつけようじゃないか」


 対するミノタウロスに残っている腕は三本。アシンメトリーは、彼女の好みではない。


 地を蹴り、間合いを詰める。


 振るわれた拳を一刀両断して、背後に回り込む。そこに生えていた木の幹を足場に高く跳躍して大きく剣を振りかざす。


 ミノタウロスはそれが習性なのか、残った両腕で再び剣を受け止めようとしてくる。


 だが、あまりに遅い。


 スチームが迸り、剣が流星のように瞬いた。


 ミノタウロスの体が、縦にぱっくりと割れた。まさしく、左右対称シンメトリー



「ふぅ……」


 刀身は熱を帯び、今なお蒸気を発していた。あまり長期戦向きではない剣だが、まだまだ余裕はある。


 仲間のヴァルキリーを見ると、すでに新手のミノタウロスも片付けたようだった。流石はジークルーンが選んだ精鋭だけある。二人とも無傷でまだ力も有り余っている。


 しかしその背後に、再び一匹の影。


 同時に地鳴りが聞こえる。


 ロッスヴァイセの方にも、またしても増援が鼻息荒く現れる。


「本当に群れを成しているようだな」


 新たなミノタウロスは棍棒を持って立っていた。どう料理してやろうか、と動きを見ていると不意に横から物体が飛んでくる。


 虫を払うように剣を振るうと、鈍い音がして拳ほどの大きさの岩が砕けた。飛んできた方向にもう一匹ミノタウロスがいた。


(一対二だが……遠目にみれば、スリーオンスリー)


 ロッスヴァイセは剣を握る手に力を込めて走り出す。一応、ジークルーンたちに命令した指示を反故にしているわけでない、と自分に言い聞かせた。


 棍棒を持ったミノタウロスが、規則性のない動きで縦横無尽に棍棒を振るう。的外れな棍棒が木に直撃し、大きな音が鳴ったかと思うと木の葉が舞い落ちた。木の葉が目くらましのように視界を覆う。そこに余った拳が、目の前に振り下ろされる。


 瞬時に身を屈めてやり過ごす。だが、相手の腕はまだまだ沢山ある。次なる一手を視界に捉えた。


 しかし同時に、もう一体のミノタウロスが横から両腕を広げてタックルしてくる。まさに捨て身の一撃だった。

 

 二匹同時の攻撃。避けるよりも有効な手段を、ロッスヴァイセは持ち合わせている。


 息を大きく吐く。同時に剣から蒸気が噴き出た。


 空間を裂くような三連撃。


 きん、と剣が鞘に収まると同時に二匹のミノタウロスが地に這いつくばった。


 少々無理をしたせいで、剣は熱を帯びはじめていた。少しクールダウンしてからでないと、武器の耐久に問題が出る。


 そこへ、仲間の声が飛び込んできた。


「ロッスヴァイセ隊長! 四体のミノタウロスが奥に見えます。どうやら最初の咆哮をきいて、他の仲間が集まってきているようです。一時撤退しましょう!」


 仲間の指さす方向に、確かに四つの影が見えた。こちらは三人なので、つまり同数以上。戦略的撤退だ。


 単体のミノタウロスはそれほど脅威ではなかったが、数が多いと話は別だ。無理をして仲間を危険にさらすわけにはいかない。それに、万が一ということもある。


「よし、一時撤退だ。ついてこい!」


「了解!」


 来た道を戻り、ペガサスを待機させていた場所へ向かう。


 しかしそこへ、回り込んできていたのか新たな影が立ち塞がるように現れた。


「チッ」


 思わず舌打ちする。最初に対峙したミノタウロスよりも一回りは大きい。しかもその手には、見たこともない紋様の描かれた巨大な盾があった。


 更に巨体の両脇から、子分のように二匹のミノタウロスが現れる。左右の木々の隙間にも、こちらの様子を窺う視線を感じた。


「……囲まれたか」

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