第32話 女王との茶会

 俺は今、王城の地下にいる。ごく一部の者しか入れない特別な区画だ。目の前では女王――コノハ姉さんが優雅に茶を飲んでいる。サクヤとミアも一緒にいた。ミアは座らずに、立ったままだけど。この場には、あと一人。


「怠惰の魔導騎士エクネだよな。久しぶり」

「殿下に置かれましては~、ご機嫌麗しゅう~」


 間延びした返答。女王の前とは思えない態度である。俺も人のことは言えないが。


「とりあえず聞きたいのだけど、殿下ってなんだ?」

「王族に対する敬称だな。私の弟だから、おかしくはないだろう」

「できれば普通に呼ばれたいぞ。エクネも畏まった言い方は苦手じゃないのか?」

「それならカナタ様と、お呼びしますね~」


 話が早くて助かる。殿下よりはマシである。ミアが何か言いたそうな顔をしているけど、俺の希望だからか口を開くことは無かった。エクネとは違って、彼女は礼儀に厳しそうだよな。


「ところでカナタ。しばらく公表を控えるとはいえ、お前は私の血族。王位継承権を持つから覚えておいてくれ」

「めんどうなことだ」

「そう言うと思って、すでに手続きは完了しておいた。ちなみに返上は難しいぞ」


 手際が良すぎるだろ。というか本人の意思を無視して進めないでほしい。


「ずいぶん強引だな」

「私は女王だ。民の幸福を考えなければならない。ルークス捕縛の一件で、隣国との関係が悪化することも考慮した。王候補が複数いれば牽制になる」


 そういうことなら仕方ないか。今いる王族は姉さんとサクヤの二人だけ。これでは心配するのも分かる。


「ま、分かった。順当にいけば、俺が王になることはない。形だけ承知しておく」

「それでいいさ。話は変わるのだが、道化特務隊は王都を離れると聞いた。カナタも行くのだろう?」

「同行するよ」

「兄上、一つ聞きたい。……ラッシュも一緒に行くのか?」


 話を聞いていたサクヤが問い掛けた。俺は首を横に振る。


「あいつは行かないぞ。責任者は拠点に残った方がいいしな。その間は別行動を取る予定だ。迷惑を掛けた人たちに謝りたいってさ」

「そうか、頑張っているのだな」


 元婚約者のことが気になるのだろう。それとなく話を聞いたことがあるけど、まだ復帰は難しいみたいだ。


「ということで行くのはティアリスと従者たち、大賢者の爺さん、それからスミレ」

「精霊術師スミレだな。その正体を知っているか?」

「本人に聞いたよ」


 正体と言うと、少し大げさに聞こえる。ムゲン国にいる偉い人の娘くらいだろう。いや、大げさじゃないのか? 国が動くことにもなるのだから。


「やはり隠すつもりはないのだな。互いに利用価値があるならば、滞在を認めた方が得だと考えている。ただ何か秘密を抱えているだろうけど」

「それは皆、一緒さ。姉さんも隠し事あるよな。サクヤの父親とか」

「……まあ我が国に害をなすなら、そのとき対処しよう」


 なんだか思ったより固い話になったな。土産の希望を聞きつつ、世間話を振った。無事に話を軌道修正。なごやかな時を過ごす。


「女王さま~、お聞きしたいことがありま~す。よろしいでしょうか~」


 あいかわらず間延びしたエクネの声を気にせず、姉さんは鷹揚に頷く。


「構わぬぞ」

「国名の由来について、聞きたいで~す」

「それは俺も気になるな。どうしてカナタなんだ?」


 エクネの言葉を聞いて、以前からの疑問を口に出した。俺と同じ名前にした意図を聞いておきたい。


「この名前ならば、弟が興味を持つだろう。さらに大道芸人を優遇していれば、必ず王都まで来ると思った。いつ、どこに現れるか分からなかったからな」

「納得した」


 俺の性格を読んで、国名をカナタにしたのか。もっと他に方法がありそうだけど、いろいろと考えた結果だろう。それに俺が気付かなっただけで、別の動線も用意していた可能性がある。


「ありがとうございます~。それから~もうひとつ。なぜカナタ様がマシンリュウと一緒に時を越えたのでしょう~?」


 そういえばマシンリュウは正式名称になったのだな。こちらでは機械魔獣に特定の名前を付けない。専門家によると、恐怖を分散させるためらしい。そして機械魔獣と戦った者の名前も記載しない。剣聖や盗賊王の名が知られていない理由だ。


「希望者を集めて試合をした。それで勝ったのが俺だから」

「……お前が参加すると聞いて驚いたよ。あのときは理由を言わなかったな。今なら教えてくれるか?」


 姉さんからしたら2000年も前の話だろうに。よく覚えているものだ。


「大それた理由は無いさ。強いて言えば、新しく生まれる国を見たかったからかな。マシンリュウがいたら、それも叶わない」


 正義や自己犠牲という言葉は好きじゃない。道化には少し荷が重すぎる。それから姉さんと思い出話が始まった。エクネやサクヤも興味深そうに聞いている。

 茶を飲み終わったころ、席を立つ。もう夜も遅い時間だ。そろそろ戻らないと。


「さて、俺は帰るよ。お茶、ごちそうさま」

「そうか、気を付けてな。仕事が終わったら、必ず顔を出すように」


 姉さんの言葉に、片手を振って応えた。


「カナタ様、お見送りいたします」

「大丈夫、一人で帰れるさ」


 ミアの申し出を、やんわりと断った。今日、彼女の声を初めて聞いた気がするな。たまにエクネとは会話したけど、ミアは立ったまま護衛に徹していたからだ。ねぎらいの声を掛けつつ、その場を去った。




 そして出発の日が訪れる。また精霊馬車の出番だな。あのときと同じように御者は爺さんが担当してくれる。

 ティアリスの故郷には、山を越える必要があった。精霊馬車で飛ぶことも可能だ。しかし緊急でない限り、飛翔能力は使わない。というより使えない。国内の飛行には多くの制限が課せられるためである。


「皆、準備は大丈夫か?」

「さっき確認したけど、問題ないって。そういうカナタは忘れ物しないでよ」

「ああ、気を付けるさ」


 スミレに答えながら、あたりを見回した。どうやら出発の準備は終わったようだ。ラッシュ以外の皆が荷物を積みながら、馬車の中に入る。


「くれぐれも安全には注意してほしい」

「任せろ。ラッシュも頑張ってな」

「ありがとう。せめて誠意だけでも見せたいと思っているよ」


 王都へ帰ったときに、謝罪が認められていたらいいけど。そこまで簡単な一件ではないよな。


「カナタ様。侍従長と従者たち、乗り込み完了しました」

「了解。ティアリスも乗ってくれ」


 ちなみに従者は全員じゃなくて、一部の者だけ。拠点の管理もあるからな。そしてラッシュと一緒に、見送りに来てくれている。さっきまで、次々にティアリスの身を案じる声を掛けていた。


「それでは、お先に失礼します」


 ティアリスの声を聞き、従者の居残り組みが一斉に頭を下げた。統制されすぎて、ちょっと怖い。侍従長が満足そうに頷いているけど、見なかったことにしよう。


「それじゃあ、出発する。爺さん、任せた!」

「若い頃の血が騒ぐわい!」


 なんか似たような台詞を聞いた気がする。スネイユと一緒に、村へ向かったときのことだったと思う。それと最近、御者が趣味になっていないか。

 とにかく出発である。ティアリスの故郷までは、順調に行けば一週間ほどらしい。しっかり護衛をしないとな。




 数日後。何度か魔獣に襲われながらも、滞りなく旅は続いている。今日は少し早いけど、休息を取ることになった。休憩所に辿り着いたからだ。手持ちの地図によると次の休憩所まで遠い。ここで一泊した方がいいと判断した。懸念は結界の効力が弱いということ。


「これから交代が来るまで、俺たちが見張りだ。よろしく、ティアリス」

「よろしくお願いします! 結界は任せてくださいね!」


 本人の強い希望により、彼女も警戒役に就く。今までの道中もそうだった。今回の仕事は、ティアリスの護衛である。護衛の対象が見張りをするのに反対意見も出た。主に従者の人たちからだ。最終的に侍従長が認めたので、一緒に見張りをしていた。

 しばらく二人で話をする。寝ている人の迷惑にならないよう声量に気を付けた。


「山越えの途中にある休憩所。初めてカナタ様を見たときのこと、思い出します」

「――待った、魔獣の気配だ」

「え!?」


 会話の途中で異変に気付く。ティアリスに結界の強化をしてもらった。ほぼ同時に魔獣が姿を現す。やたらと目が大きい、猿型の魔獣が数体。それぞれの個体が、手に武器を持っていた。人から奪った物だろう。

 できれば時間を掛けたくない。一気に決める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る