第9話 初公演

 スミレの言葉を聞き、ラッシュが慌てている。視線は手元の紙に固定されていた。よほどの内容みたいだな。


「何だこれ!? 僕の部隊について、全権限を道化師カナタに与える!?」

「断っても構いませんよ。その場合は、魔導騎士様と関係なく救出が行われました。ティアリスの証言もあります。失敗続きの部隊は、どうなるでしょうね」


 まさか一つの部隊を乗っ取る気か。さては前々から考えていたな。スミレに目的があるのは気付いていた。これは、その第一歩だろう。

 気になるのは、なぜか俺に権限を渡すこと。せめて本人が矢面に立ってほしいぞ。俺の視線を受けて、彼女は少し目を逸らした。


「……私は公式記録に残るとまずいので」

「まあ、スミレには世話になっている。それくらいなら構わないさ」


 事前に説明しなかったのは、土壇場の勢いで押し切るつもりだったな。


「お前たちだけで納得しないでくれ」

「互いに、悪い話ではありませんよ。今なら、なんと大鎌型機械魔獣の討伐も付いてきます。充分な功績でしょう」


 森を通れなかった最大の要因と聞いた。多額の賞金も掛けられていたとか。充分な功績だろう。スミレの提案を受ければ部隊の権利が移るけど、首の皮一枚で繋がる。もし拒否したら護衛対象を危険にさらし、初動も部外者に負けたことになるのだ。


「分かった、分かったよ! お前たちに部隊は任せる!」

「よし、決定。カナタが隊長、私が参謀ね!」

「ところで他の隊員は?」

「いない……誰もいないのだ!」


 どういうことかと思ったけど、理由を聞いて納得。古くから仕えた家臣を冷遇する人物だ。落ち目になったとき、手を貸すような人はいなかった。

 ティアリスの護衛に就いていたのは、借り受けた人材だったらしい。


「まあまあ、これから人を集めましょう!」

「前向きだな、スミレ。いいことだ」

「はあ、本当に大丈夫なのか」


 ただ問題は予算か。仮にも七罪魔導騎士直属の部隊である。それなりの金額になるはずだったが、今までの実績が酷くて減額されていた。それも結構な額をだ。部隊の活動が認められたら、正式な金額になる。

 しばらくは自分たちで資金を調達しよう。そうなると、やることは限られてくる。魔獣退治か大道芸だ。


「三人いれば、それなりに形となる。やはり大道芸がいいな」

「それは僕も入っているのか。カナタとスミレ殿だけでいいのでは?」

「何を言っているんだ。二人より、三人だろ。お前は仲間確定だから、諦めてくれ」

「し、しかたないな。だが僕は素人だぞ。まあ、雑用くらいなら手伝うけど」


 おお、素晴らしい心掛けである。最初に会ったときから雰囲気が変わったと思う。スミレの話だと憤怒の手甲を使いこなせず、悪い面が強く表れていたらしい。彼女が影響を抑えてから、多少は良くなったとか。ただ根本を解決したわけではなく、強い心を持たなければ同じことの繰り返しになる。……大丈夫だろうか。

 そしてジーン・Мの刀も同じような危険を秘めているとか。俺も気を付けないと。


「それで充分さ」

「あと魔導騎士様には果物を頭へ乗せるという、大切な役目があるからね」

「待て、スミレ殿。それは、あれだな。頭に乗せたままで、刃物を投げるやつか!」


 なかなか察しがいいな。


「大丈夫。カナタの腕なら、止まった的を外すことはないわ」

「任せてくれ。子供のころから繰り返した技だ」

「万が一、失敗しても安心よ。私の魔法で癒やすから」


 ナイフが頭に刺さるのは、わりと危険だと思う。だけどスミレの治療術なら問題はないか。見せてもらった範囲でも、高度な魔法を使っていた。


「……分かった、やるよ。反論しても勝てる気がしない。カナタ、頼んだからな!」


 頼まれたからには、期待に応えるとしよう。だが準備や打ち合わせも必要である。実際に行うのは早くて来週だな。三人いれば、いろいろできる。楽しみだ。




 それから十日ほど経った。予定外のこともあり少し時間が掛かったけど、なんとか準備は完了。ついに今日は初公演。運良く屋外に設置された小さな舞台を借りることができた。そして客入りもなかなか。宣伝した成果が出たな。

 これから進行役の口上に合わせ、演目を行う予定だ。参加者は四人。


『大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、道化師のナイフジャグリングを開始いたします』


 進行役を担当しているのはティアリスである。公演のことを聞き付けて、手伝いを申し出てくれた。今はスミレと同じような巫女服姿をしている。片手に音を拡大する魔道具を持っていた。それから演目の参加者ではないが、裏方の手伝いで従者たちも来ている。細かな作業を率先して引き受けてもらい、感謝の言葉もない。

 さて、出番だ。軽やかに舞台へ上がり中央へ進み出る。そして一礼。言葉を発することなく、観客に敬意を示す。


『取り出したるは三本のナイフ。自在に操る妙技を、ご覧ください!』


 その言葉に合わせジャグリングを開始した。ナイフが宙を舞う。重すぎず軽すぎもしない良い物だ。しばらく続けたら、次の演目に移る。

 舞台上にある衝立の裏。観客から見えない位置に、すでに用意ができていた。


『続きまして、道化師のナイフ投げです。どうぞ!』


 最後の言葉は、裏に控えたスミレに向けたものだ。ティアリスの従者たちもいる。そして肝心の一人。磔にされた七罪魔導騎士ラッシュ。移動式の木板を用意した。

 合図と共に、スミレたちが板を移動させる。磔の人物が登場したとき、観客たちにどよめきが起こった。


「ナイフ、怖くないのかな」

「あれ、憤怒の騎士様だろ。下働きをしているって本当だったのか」

「ついに解雇されたようだ」

「巫女さん、かわいい」


 評判の悪い騎士が磔にされて、ナイフ投げの的になると噂が流れていた。どこから情報が漏れたのだろう。スミレに視線を向けると、目を逸らされた。

 磔にされたラッシュに赤色の果物が乗せられる。頭に一つ、両腕に四つずつ。


『憤怒のラッシュ様は道化師カナタのナイフ捌きに感銘を受け、ぜひとも協力させてほしいと申し出がありました』


 これは台本に記載されている。セリフを書いたのはスミレだ。嬉々として、台本を作っていたからな。今回は即興を少なくして、できるだけ予定の通りに演目をする。この国での初公演だから、慎重に進めたい。

 まずは小手調べ。二本のナイフを投げ、両腕の果物を一つずつ貫く。寸分の狂いもなく、狙い通りに命中。あきらかに投擲技術が上がっている。


「おお~!」

『放たれた二本のナイフ。貫かれる二つの果物。残りの的は七つです』


 投げたナイフの代わりを即座に補充。この道化服は異空間倉庫袋を仕込んだ特別な物だ。そしてナイフは充分に用意しておいた。

 このまま投げるだけでは、そのうち飽きられる。熱気が冷めない間に、次に移る。舞台に出てきたのは大きな玉。俺の身長と同じくらいか。


『続きまして、玉乗りとナイフ投げ。さあ、乗りましょう!』


 ゆっくりと転がる大玉。乗るときには、細心の注意が必要。まずは三本のナイフを高く投げる。すぐに玉の上へ移動。思ったように体が動く。何度も繰り返し訓練した動作だからか。無事にナイフを取り、ジャグリングを再開。

 狙いを付けて、放つ。今度もナイフは二本、同じく左右を狙う。


『二本、命中です! 今度は五本のナイフを取り出します!』


 ここから難度が一気に上がる。観客の様子を見ながら、投げる時を見計らう。このジャグリングを見慣れたころが狙い目だ。

 ――四本のナイフを投げた。頭上は残し、両腕に置いた四個の果物が標的である。もちろん外さない。


『見事、四つの果物を同時に貫きました! さあ、残りは一つ!』

「大鎌精霊、召喚!」


 唐突に大きな鎌が現れた。スミレが召喚した存在だ。


「回転斬!」


 彼女が精霊に指示を出した。勢いよく回転する大鎌。そのまま俺の足を斬りつけてくる。だが、見切った。玉の上で少し跳び、刃を避ける。よし、ギリギリ成功だ。

 大玉に着地した瞬間、体勢が崩れた――ふりをする。


『いけません、身体が泳いでいます!』


 その状態で最後の一投。無事に当たったことを確認。観客の反応を窺った。わりと好意的だと思う。


「最後はヒヤヒヤした」

「なあ、ラッシュ様の顔色が真っ青じゃないか」

「無名の一座にしては、なかなかやるな」

「巫女さん、かわいい!」


 玉に乗ったまま、一礼。下に降りると大玉が消えた。スミレが収納したのだ。俺は速やかに衝立の裏まで移動。


『この的に使った果物は、あとでスタッフが美味しくいただきます』


 スミレが絶対に必要と言っていたセリフだ。規制だのコンプラだの言っていたな。本人の拘りがあるのだろう。

 それはともかく次の準備をしないと。

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