孤影の旅路

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1.旅の始まり【1】

 濃密な朝霧が山道を覆い隠す中、レッドは一人静かに歩いていた。

 足元の湿った土を踏みしめる感覚はあるものの、心はぼんやりとして現実感を欠いている。

 この孤独を初めて感じたのは、いつのことだったろうか?

 オルビスの町でおこなわれた祝宴の帰り道……それが最初だったかもしれない。

 町の人々の好意で催された、ささやかだが心温まる婚礼の式。

 祝われていたのは、ダーインの遺産ダインスレイフのリーダーたるメンラットと、斥候シュリィジのアリことアリスだった。


「あんなに小さい子供だったのになぁ」


 美しい花嫁衣装を身にまとったアリスを眺めて、ラトゥフがしみじみと呟いた言葉が脳裏に蘇る。

 式の間中「まさかあの二人がなぁ」と感慨深げに言い続けていたラトゥフが、メンラットに抱き上げられたアリスの姿を見て、最後にそう漏らしたのだ。

 "あんなに小さい子供" が、美しいドレスを纏い、バージンロードを歩くに相応しい女性になった……その事実に気付いたとき、レッドは初めて、おのれの外見が歳を取っていないことを自覚した。


 グランヴィーナの透晶珠リーヴィを受け入れ、萎えていた足も、不具合だらけだった体も、すっかり健康を取り戻した。

 別の "器" を選べば、再びグランヴィーナと共に過ごせたかもしれない……そんな思いもある。

 だが、自分がラトゥフに抱いていた思慕の念を尊重し、「今後の人生を幸せに生きろ」と背を押してくれたグランヴィーナに感謝して、精一杯生きることこそがおのれのすべきことだ。

 そう考え、自分にできること……すなわちおのれの知識を用いて冒険者組合アドベンチャーギルドの健全な運営を支えることを選んだ。

 日々を忙しく過ごす中、ある奇妙な感覚が芽生えていることに気付いたのは、彼ら初心者たちを指導している時だった。

 ふと、彼らの中に、姿が "ブレて" 見えるものがいることに気付いたのだ。


「乱視……か?」


 転生前、レッドは眼鏡を使っていたことを思い出し、苦笑する。

 だが注意深く観察を続けると、ブレて見えるのは一部のものだけであり、しかも時によってはしっかり見えることもあると分かった。


「まさか……見鬼眼フォルセティ?」


 この特殊技能スキルは、グランヴィーナが備えていたものだ。

 もし透晶珠リーヴィを受け入れたことで、特殊技能スキルを継承しているなら……。

 その可能性に思い至ったレッドは、すぐにもそれを確信に変えた。

 ブレて見えたのは、擬態をしている獣人族セリアンスロウだ。

 動物的な特徴を持つヒトガタ種族、例えば猫の耳や犬の尻尾などを備えたものたち。

 彼らは奴隷として扱われてきたために、、再び捕縛されることを避けるため、人間リオンの姿に擬態しているのだ。


「転生前に見た漫画やアニメみたいに、能力値ステータスが数値や文字で表示されたら楽なんだがなぁ…」


 などと、その時のレッドは呑気にそんなことを考えていた。

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