第16話 オナニストの悲哀

 ……女が喘いでいる。

男の大きな肉の剣から繰り出されるピストン運動によって。男は無表情で如何にも仕事上仕方なくやっているという雰囲気が漂っていた。

 このアダルト動画のタイトルは、『オクまで愛して♡挿れてイカシテ♡マイダーリン♡』というのだが、女を愛している感じはこの男優にはまるで無い。つまり私はこの作品に没頭できないのだ。これは好みのアダルト動画ではない。

「……顔はイケメンなんだけどなあ……、なんだかなあ」と、私は局部に宛てていた手を外してポテトチップスに齧りついた。この男優の局部にも齧りついて引き千切ってやりたいと思った。湧き上がる憎悪。そこに私が居なくてよかったな!!男優うううぅっ!!……等と無言で怒りをあらわにしているとそこで電話が鳴った。

 電話の相手も無言だった。番号は知っている相手のもの……というよりは元カノのものだった。私は決してビアンではないのだが、元カノの可愛らしさにはマジで一目惚れで、目を虚ろにして惚けていると、元カノが「あー!!お姉さん超タイプー!!カレシとかカノジョとかいますぅ?!!」と大声で言い、私は「いないよ」とだけ答えた。すると、元カノは「付き合ってください!!」といきなり告白してきたのだった。私は付き合った。あの日までは。


「……どうして黙ってるの?」

私は冷たく電話越しにそう言った。

「…………。」


返事はない。


「今更なに?ホントは男が好きなんでしょあんた」

「………。」


返事はない。が、嗚咽のような声が聞こえる。私はこれでも耳が良いのだ。


「泣いたってね、許さないよ。」

私は先程まで怒りの矛先だった男優の事などすでにどうでもよくなっていて、冷静に突き放すように彼女に言った。


「違う……違うの!!ホントはあなたにもっと構ってほしくてイトコのお兄ちゃんにカレシ役をやってもらって眼の前でセ◯クスまでして…そのっ!!違うの!!!お願いします。許してください!!!」


元カノは叫ぶように事実を告白してきた。

私は、正直な彼女を許すことにした。


「今から会えるかしら?」

私がそう言うと元カノは「もちろん!!」と言った。そうして私達は復縁することとなったのだった。


………、………、………。

「つっまんねえスケベ小説もどきの作品だなあ!!!払った金返せよ!!ショボ作品制作者ぁっ!!!!」

 男は独り怒鳴る。そう、彼は小説を読んで興奮しようとしていたのだ。どうやら食指に合わなかったようだ。男は下半身丸出しの恰好をしていた。そう、これでヌこうとしていたのだ。

 「私」と「元カノ」はフィクションの中の登場人物だったし「男優」も「女優」もフィクションの中の登場人物だった。男はスマホに手を伸ばすとアダルト動画の再生を始めた。最初からこうすればよかったのだと、彼は激しく後悔した。【了】



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