在りし日の最強陰陽師が往く妖怪道中ハル栗毛

そこいち

悲哀慟哭女鬼 啜り女

第1話 自業自得?


 粉砕された下駄箱の木片が飛び散り、壁には大穴が空いた。

 下校のチャイムが鳴る放課後の学校で、幾重もの下駄箱を薙ぎ倒しようやく吹き飛ばされた体が停止する。

 呼吸ができなくなるほどの衝撃、骨に異常がないのは幸いだった。

 今し方オレが突き破った大穴の中からは青白い肌の少女が宙に浮きながらこちらを睨んでいる。


「おいこら花子、殺す気か!?」


 白いシャツにサスペンダー付きの赤いスカートを履いた女児が眉間に皺を寄せ、とても子供とは思えぬ鬼の形相に切り替わる。

 

 ──トイレの花子さん。

 

 学校にまつわる怪異としては有名で、よく子供の肝試しの相手をさせられていると嘆いていた。

 普段は人間に友好的な妖怪なのだが、今はその面影を残していない。


「全く、何があった……」

『あんたが大和で飲んだ時の代金を踏み倒したからでしょうが!? 返済期限はとっくにすぎてんのよ! この甲斐性無しのクソ陰陽師!』

「あっ」


 花子が怒り心頭の理由を述べた時、

 ──え、とか細い声が聞こえたと思ったらまた怒声が飛んできた。


「もしかして学校が襲われたのって無明さんのせいなんですか!?」

「違うわ!?」


 依頼主である美亜までもが花子と同じような顔をしてオレに向かって吠えてくる。

 今しがたトイレから下駄箱まで壁ごと吹き飛ばされたのはオレのせいだと納得しよう。

 しかし事件の発端となった男子生徒が病院送りになった件はオレが依頼を受ける前の話で、冤罪も甚だしい。

 ていうか、そもそもこんな痛い思いをするなんて全く想像していなかった。


「クソ、なんて日だ」


 簡単な依頼だった。そう、簡単な依頼のはずだったのだ。

 学校に現れて友達を襲ったトイレの花子さんを退治してくれと、女子高生の一条美亜から依頼を受けた。

 

 報酬に提示された金額は一万円。

 

 これでも陰陽師歴は長い。この体は今年で三十六になるが幼少より人生の大半を陰陽師として過ごしてきた。そうなれば多少、人に近い妖怪とも交友が生まれる。

 花子とは酒を酌み交わすほどに親交のあるオレからすれば、ちょっと説得するだけで解決できるに違いない……と。

 あまりに美味しい仕事に飛びついて、美亜に案内されるがままに学校に行けば、現れたのは怒髪天を突く勢いでキレ散らかし、言葉が全く通じぬ花子であった。


『挙句にあたしの縄張りにこんなものまで放り込んで……っ』


 こんなものとは穴の空いた壁の向こう側、半壊したトイレの個室に座るミイラ遺体のことだろうか。

 花子が怒っているのはオレの過去の所業だけではなかったようだ。


 ──ああ、本当に面倒なことになった。


 遺体の衣服は真新しく、ブレザーとやらを着用したままだ。

 綺麗なネイルも遺体の指にくっついている。

 であれば自然乾燥でミイラになったのではなく、殺されてミイラになったのだろう。胸にはぽっかりと穴まで開いている。

 つまり妖怪が関わっていると見て間違いない。


「な、なんということでしょう! ここにきてまさか新たな遺体まで見つかるなんて!? これはもう陰陽師に解決してもらうしかありません! ね、無明さん!?」

「オイこら美亜……」


 依頼主である一条美亜がとんでもなく下手な驚き方で、態とらしくオレを見る。

 こいつ、最初からこれが狙いであったのか。


「……よし、帰ろう」


 この身に宿る霊力はかつてと違い、搾りかす程度にしか残っていない。

 そんな状態で人を干からびさせるような危険な妖怪と戦うのは御免被る。

 三十六計逃げるに如かず。過去の人間は素晴らしい言葉を残したものよ。

 諦めてさっさとこの現場から逃走しようと腰を上げた時、和服の袖を幼い力で引っ張られる。


「むみょー、ずっとお仕事してない。ご飯ない。帰っちゃ、め!」


 切り揃えられた前髪からクリっとした大きな瞳がオレを見る。

 旅の連れであるハルが、もっちりとした頬を膨らませながら叱ってきた。

 ここ最近は携帯食しか食べさせていなかったのを根に持っているのか、ご立腹のようだ。

 いや、ていうか……。


「ハル、危ないぞ。あとそなたに花子の敵意が向けば、少々ややこしく……」


 ハルが着る紫紺の着物が少しだけ紅色に染まり始めている。

 早くせねば花子が──。


「──凍つけ、雪因幡ゆきいなば!」


 ハルを抱えて避難させようとした矢先、花子の開けた大穴が氷によって覆われた。


『きゃああ!?』

「ぐふっ──!?」


 咄嗟に身を躱した花子が涙目になりながらこちらに飛び込んでくる。

 せっかく立ち上がったのに、花子を受け止めてまた倒れ込んでしまった。

 痛めた背中が、またズキズキと主張しだした。


「っっ、今度は何だ……」


 氷を作った犯人、和服の胸元が空いた黒髪の美女が今にも溢れそうな豊満な胸を見せびらかすように、呪符を片手に高らかに宣言した。


「そこまでよ人に仇なす妖怪め! この信濃が誇る最強の朝廷陰陽師、倭文撫子しどりなでしこが直々に……って、なんでここにがいるのよ!?」

「すでにややこしかったか!?」


 挙句に朝廷陰陽師まで現れるなんて。

 数刻前に安請け合いした自分を呪いながら、この収集がつきそうにない状況を前にオレは今後の身の振り方を考えていた。

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