ハゲ「かみは死んだ」

トマトルテ

ハゲ『全人類の髪を滅ぼし、真の平等を実現する』

 男はハゲだった。

 別に悪事を働いたわけでもなく、不摂生な生活を送っていたわけもない。

 だというのに男はハゲだった。


 『ねえ、ハゲ。どうしてあなたはハゲなの?』と問われても知るかとしか答えられない。

 ハゲに罪はないというのに『このハゲー!』と罵倒される毎日。

 何故自分がこのような目に遭わねばならぬのだとハゲは世界を呪った。


 そもそも人の遺伝子は必ず禿げるように作られているのだ。

 ハゲでない人間は所詮、禿げる前に寿命が訪れているに過ぎない。

 そうだ。本来ハゲとハゲでない人間に違いなどないのだ。


 だというのに、人間は愚かにも自らの優位性を示すために持たざる者を見下す。

 いずれは皆同じ存在ハゲになるというにも関わらずにだ。

 おかしい。これは絶対に許されるべきことではない。


 故に男は激怒した。

 天は人の上に人を作らず。神は全てを平等に作ったはずだ。

 ハゲが差別されることなど本来ならばあってはならない。

 差別は排除しなければならない。世界は平等であるべきだ。


 だが、いつの世も平等を叫ぶ者は力によって弾圧されてきた。

 それに抗うには力が必要だ。しかし、たった1人の髪すら失った男に何ができると言うのか。

 己の力の無さと髪の無さに打ちひしがれる男。天へと慟哭の声を上げるが意味などない。

 男はただのハゲとして人々に蔑まれたまま、無念を抱きながら人生に終わりを告げた。


 はずだった。



 ―――力が欲しいか?



 男の前へと神を名乗る者が現れた。

 神は混乱する男に自身の依頼を受けてくれるならば、力を与えて異世界へと転生させてやると伝えた。もちろん男は不思議に思い理由を尋ねる。何故自分なのかと?


 神はその質問に答えることはせず、ただ頭に被る帽子を取ってみせた。

 それだけで男は全てを理解する。何故ならばそこに在るはずの頭髪が。


 ―――1本たりとも生えていなかったからである。


 そう、神もまたハゲだったのだ。始めはその事実に驚いていた男であったがすぐに納得を見せる。何故ならば聖書にも記されていたある話を思い出したからである。


 ある所に1人のハゲが居た。それを見かけた子ども達は口々に『このハゲー!』と罵った。

 普通であればハゲが泣き寝入りして話は終わりだっただろう。

 しかし、神はこの悪逆を見逃さなかった。子ども達をクマに食らわせハゲを守ったのである。


 この話は普通の人から見ればやり過ぎのようにも見えるが、ハゲからすれば妥当な行為だ。そして何より、神がこうも怒りを露わにしたのも、神もまたハゲだったからだとすれば辻褄が合う。神はハゲ故に同じハゲが罵倒されるのが許せぬのだ。


 皮肉なものである。かみかみを持つ人間に微笑むことはせず、かみを失った人間に微笑むのだ。


 全てを察した男は感涙の涙を流しながら神託を受けると告げた。

 神もまた今までの同類の苦しみを理解するように涙を流した。

 2人の頭皮よりもなお輝く涙が地面に流れ落ちる。

 それは全世界、全宇宙のハゲの痛みと苦しみを流すための雨となるだろう。

 神が髪を失ったハゲに使命を与える時、全人類は生まれ変わる。

 その輝かしい未来を掴むための神託が今、下される。




 ―――神は言っている。全人類の髪を滅ぼし、真の平等を実現しろと。






全知全能の神デウス・エクス・マキナを狙う男が現れたって本当か、カリン?」

「マジよ、マジも大マジ。流石にこんな情報でボケはかまさないわよ。そもそも私の八百万やおよろずの索敵が間違っていると思うの、カエデ?」

「いや、オモイカネが敵を見違えるわけがないもんな」


 高校生程度の見た目の少年と少女が真剣な顔つきで話し合っている。

 男の名前はカエデ。端正な顔つきに頭に巻いた赤のバンダナが特徴の少年だ。

 女の名前はカリン。スレンダーな体つきにシルバーブロンドの髪を腰まで伸ばした少女だ。


 そんな彼女の隣にはオモイカネと呼ばれた八百万やおよろずが宙を漂っている。

 八百万やおよろずとは正式名称が『八百万やおよろずかみ』というこの世界の住民の大半が持つ守護霊のようなものである。強さや能力などは個人によって異なるが、人々の生活と切っては離せないものであることに違いはない。


「……よし、すぐに俺が迎撃しよう」

「頼むわよ。デウス・エクス・マキナは手に入れればどんな願いも叶えられる存在。まともな人間ならともかく、ヤバい人間の手に渡ったらホントしゃれになんないわよ」


 真剣な声で告げるカリンの言う通りに、デウス・エクス・マキナは誰にも渡してはならない。デウス・エクス・マキナは突然変異の八百万やおよろずであり、現在は特定の人間についておらず人の欲望を叶えるためだけの装置と化している。


 今は聖地の奥に封印されているデウス・エクス・マキナであるが、かつて悪用された時は冗談抜きで世界を滅ぼしかけたのである。その世界の滅亡を食い止めたのがカエデとカリンであるのだが、デウス・エクス・マキナそのものを抑えられたわけではない。


 あくまでも使用者を倒しただけだ。つまり、彼らの力を持っても扱いきれるものではないのだ。


「任せてくれ。これでも英雄なんて言われているんだ。守り切ってみせるさ」

「信じてるわ。じゃあ私は封印の強化に向かうから、負けるんじゃないわよ!」

「ああ、俺とカグツチのコンビは最強だからな!」


 そう言ってカエデは、自らの八百万やおよろずであるカグツチを出現させる。

 カグツチは炎を司る八百万やおよろずであり、圧倒的な戦闘力を主であるカエデに与える。


「行くぞ、カグツチ」


 カリンと別れ、炎の噴出する推進力を利用して敵の下に向かうカエデ。

 彼はこれまでも幾度となくその炎で世界を救ってきた紅蓮の英雄だ。

 しかし、その顔には幾ばくかの不安が見て取れた。


「……正体不明の力を使いデウス・エクス・マキナを狙う男か。いやな予感がするな」


 件の男は能力、素性、素顔全てが不明であった。

 分かるのはデウス・エクス・マキナを求めているということだけ。

 その正体不明の不気味さが彼に言いようのない不安を抱かせているのである。


「考えてもしょうがないな。会ってみればわかる」


 戦闘前に考え過ぎるのは良くない。

 そう頭を切り替え、カエデは男がいるという場所に向かうのだった。






「あんたか、デウス・エクス・マキナを狙う男は?」


 カエデが男の前に立ちふさがり、その容姿を観察する。

 頭まで覆う黒いローブに身を包み、なおかつ頭部全てを覆う仮面を被った姿。

 明らかに男は顔を見られることを嫌がっている。

 

 もしかすると、それがデウス・エクス・マキナを求める理由かもしれないとカエデは思う。

 だが、実際の所はハゲを隠すためにつけているだけだ。


『……お前は紅蓮の英雄か』

「まずはこっちの質問に答えてもらおうか」

『私がそうだと言ったら、どうするつもりだ?』

「止めさせてもらう。あれは人間の手に負えるものじゃないんだ」


 体中から高熱の炎を噴出し、脅しをかけるカエデ。

 だが、男は微動だにすることなくその威圧を受け止める。

 やはり引かないかと、内心で呟きながらもできるだけ対話で解決できるように話を続ける。


「なぁ、あんたはデウス・エクス・マキナで何を願うつもりなんだ?」


 その問いかけに男はこの世全ての憎悪が混じったような声で返す。


『知れたこと。全人類のかみを滅ぼし、真の平等を実現するのだ』


かみを滅ぼす…だって?」


 余りの衝撃にカエデの脳は一瞬硬直してしまう。

 彼にとってのかみとは八百万やおよろずのことである。

 八百万やおよろずとは人間にとっての家族であり、盟友であり、信仰対象である、

 それを滅ぼすと言われたのだから混乱もひとしおであろう。


 だが、悲しいかな。男の言うかみとはそのままの意味で頭髪である。

 いや、誤解なく理解したとしても混乱は免れないであろうが。


「な、なんでそんなことを考えるんだ…?」

『全ての人間を平等にするためだ。そのために髪は邪魔なのだよ』

「なぜ、平等にすることと神を滅ぼすことがつながるんだ?」


 食い違ったままに進む会話。しかし、どちらも気づかない。気づけない。

 何故ならどちらも大真面目なのだから。


『……髪の有無。本来であればただの個性であるはずのそれを人は容易く差別へと変える。

 髪を持つ者は髪を持たぬものを下に見る。己がそのものよりも優れていると錯覚する。

 例え髪を持っていても(毛根が)強い者が弱い者を差別することに変わりはない。

 持つ者が持たざる者を虐げるなど愚かにもほどがある。

 髪がこのような悲しき現実を生み出すのならば―――皆が髪を失えばいい!!』


 絶望と憎悪の籠った声に思わず気圧されてしまうカエデ。

 それに彼にも心当たりがあったのだ。

 この世界にも八百万の神を持たぬ者は少なからずいるし、持っていても力の弱い者も居る。


 実際に彼自身は幼少の頃はカグツチの力を引き出せずに、雑魚と呼ばれていた。それでも自分は神を持っているが故に乗り越えることが出来た。だが、最初から神を持たぬ人間がこのような目に遭っていたとすれば乗り越えられるだろうか?


 いや、そもそも乗り越えるという言葉自体がおかしい。

 何も悪くないのだ。神を持っていないだけで何も悪いことはしていないのだ。

 だというのに人々に虐げられる。それは一体どれほどの絶望なのだろうか。


『紅蓮の英雄よ。お前には分かるか? 髪を待たぬ者が背負わされる痛みが、苦しみが!?

 ただ髪を持たぬというだけで虐げられてきた憎悪が貴様に理解できるか!?』

「あんた…! やっぱり神を持っていないのか…」


 神を持っていないにもかかわらず謎の強さを誇る男に、カエデは驚くがすぐに納得する。

 先程の怨嗟の声は神を持つ者が出せるものではない。全てを奪われた者だけが出せる感情だ。


『そうだ。私は欠片たりとも髪を持っていない。だが、別の力を得てここに来た。

 私が望むものは破壊ではない。真の平等だ。

 誰もが髪を持たざる者になれば、差別は無くなる。誰もが笑い合える世界になる。

 紅蓮の英雄よ。私の意見に賛同してはくれまいか?』


 男がカエデに手を差し出す。

 カエデはその手をじっと見つめていたが、やがてポツリと言葉をこぼす。


「俺も以前は神が弱かったんだ…」

『……そうか、お前も』


 男はバンダナの下にあるカエデの髪を想像し、寂しげに笑う。

 きっとあのバンダナは後退し始めた前髪を隠すためのものだろうと誤解しながら。


『ならば私達は手を取り合えるはずだ。共にデウス・エクス・マキナに祈るのだ。髪をこの世から消し去り、誰もがハゲ平等になるようにとな』


 一歩、男が踏み出す。だが、しかし。カエデはカグツチの炎を強めることでそれを拒絶する。


『……何故だ。何故理解できない!? お前もまた(薄毛に)苦しんだ者なのだろう!』

「確かにみんな平等ってのは魅力だと思うよ」

『ならば、なぜだ? 髪を消しさえすればそれが達成されるのだぞ』


 何とか説得しようと男の声に力がこもる。

 しかし、カエデはゆっくりと首を横に振るだけだ。


「俺はさ…平等ってのは心の在り方だと思うんだ。確かに持つ者と持たざる者は不平等で酷いと思うよ。でもさ、仮に神を消してみんなが持たざる者になっても、また別の何かで差別しないって言いきれるか?」

『それは……』


 カエデの言葉に男は黙り込む。確かに同じハゲであっても、スキンヘッドが似合う連中には世間の風当たりは弱かった。仮に髪の消滅に成功したとしても平等にはならないのではないかと言われれば、違うとは言えなかった。だが。


『……だとしても私は髪を滅ぼす。そうせねばこの胸の内に宿る怒りの炎が消えてはくれんのだ』


 ハゲと罵られて来た悲しみと怒りを無くすことは出来ない。

 この手でこの世全ての髪を滅ぼすその時まで男の足は止まりはしない。


「そうか……なら俺が受け止めてやるよ! それが神を持つ俺達の責任だ!!」

『貴様の髪もまた消してやる。それこそが真の平等なのだからな!!』


 カエデと男が向かい合い、拳を握り締め―――ぶつかり合う。


『髪よ、滅びよ! お前のようなものがあるから差別が生まれるのだッ!!』

「違う! 神はそれだけじゃない。希望を与えてくれる存在にもなるんだッ!!」

『ならば、それを示してみるがいい! 髪を持たぬ俺にも示せるというのならばなぁ!!』

「見せてやるさ、行くぞカグツチィイイッ!!」


 髪を持たぬ男と、神を持つ少年の戦いがどちらの勝利で終わるかは誰にもわからない。

 ただ1つ分かることがあるのならば、それはこの戦いが。



 ―――かみを賭けた戦いであるということだけだ。


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