第9話
「次に、二つ目の事件ですがあ……」
一つ目の件についてはもう満足したらしく、芥子川はさっさと先に続けてしまう。
「この件についても、考えるべきは一つだけ……つまり、『犯人はどうやって、佐尻さん三人に毒を飲ませたのか』ということですう……」
「死んだのは、私の②も入れた四人だけどね」
「あれはきっと、不幸な事故……巻き添えですう……。少なくとも、犯人が確実に殺したかったのは、佐尻さん三人だけだったはず。それ以外の人間が死ぬ可能性はあったとしても、佐尻さんは三人とも確実に殺せる……そういう方法を用意していたはずなのですう……」
「まあ、それについては否定はしないわ」
犯人は、あらかじめカップ麺に毒を入れて、何らかの方法で佐尻三人にそのカップ麺を選ばせた。きっと、その「何らかの方法」のためには三つではなく四つ以上のカップ麺に毒を入れる必要があって、ハイメ②はその余分な毒入りを選んでしまって、巻き添えで死んだ。
ここまでは、私も考えていた仮説だった。
「こちらの件は、まだ、全然分かっていないのですがあ……」
ん?
こちらの件「は」って……まさか、最初の「漆代殺し」の密室については、もう分かっているってこと……?
そんな可能性に気づいて、私はまたイラッとしてしまった。
「ボクは、死んでしまった四人がカップ麺を選んだ順番に、そのヒントがあると思うのですう」
「順番……つまり、死んだ四人は最後にカップ麺を選んだ四人……カップ麺を選ぶのが遅かった四人が死んでいる、というところね?」
「そう……。なぜか亡くなった佐尻さんたちは、カップ麺を最後に選んでいるのですねえ……」
そこで、深く考え込む芥子川③。
「最後、か……」
どうやら、職員室でカップ麺の調査をしていた芥子川③は、まだ知らないらしい。
「佐尻がカップ麺を選ぶのが最後だったのはね、きっと彼女、毒に警戒していたのよ」
「警戒……?」
私は彼女に、さっき彼女の①②が佐尻の部屋で見つけた物のことを説明した。
「つまり……佐尻のPCの中には、犯人が漆代を殺した証拠の映像が残っている。彼女は、それを使って犯人を脅迫していたのよ」
「な、なるほどお……」
「あなたたちは、例の『漆代の事件は、一人しか死んでないから事故』っていう話を、佐尻たちにしなかったんじゃない? だから佐尻にしてみれば、漆代を殺した犯人は『誰彼構わず人を殺す殺人鬼』のようなものだったはず。自分のことだって、殺すかもしれないと思った」
「か、彼女たちがカップ麺を最後に選んだのは、その犯人が毒を入れるかもしれないと思ったから……。犯人が自分たちのことを毒殺しようとする可能性を考えて、ボクらに毒見をさせるために全員が選ぶのを待った……ということですねえ?」
「ええ」
そう考えて思い返してみると。
今朝の佐尻たちは三人とも、「先に他の人が選んだ種類のカップ麺」を選んでいた。さっき職員室で聞いた話だと、確か、佐尻①は「シーフード白湯」で、ハイメ②が選んだもの。佐尻②の「カレーうどん」は芥子川③、佐尻③の「きつねそば」は漆代②がそれぞれ選んだものだ。
きっとそれは偶然じゃなくて、佐尻たちが毒を警戒していたから。あえて、誰かがすでに取っていたのと同じ種類を選んでいたからだったんだ。
「た、確かにボクも、少しだけ奇妙に思ってたんですよねえ……。だってあのときの佐尻さん、選んだ麺の種類が、あまりにもバラバラだったでしょお? ボクみたいに、『カレーが好物だからカレー味』というわけでもなく。種類もカップの大きさも、共通点がなくバラバラでしたあ……。
同じ見た目で、好みも胃袋のサイズも同じはずの三人が、あそこまでバラバラな麺を選ぶなんて、不思議だなあって。でも、『自分の好みじゃなく選んだ理由があった』のなら、それも納得ですう」
「そうよね」
ただ、そうなると。彼女たち三人を全員一度に毒殺する方法を説明するのは、これまで考えていたよりもさらに難しくなる。
あのとき、一見すると彼女のカップに触れたり、食べるものを指示していた人はいなかったように見えた。でも、もしかしたら私たちには分からない方法でそういうことが出来たのかも……と思っていたのに。その可能性が今、完全に否定された。
自分が毒殺されるかもしれないと考えていた彼女たちが、誰かに指定されたカップ麺を食べるはずがないのだから。
一つ目の漆代③殺しは、密室。
二つ目の佐尻殺しは、確実に三人に毒を飲ませること。
それだけは、意味不明な超常現象が起きているこの状況で、確かに犯人につながること。私たちが、今考えるべきこと。
状況が整理されて、シンプルになったのは確かだ。ただ、その「考えるべき謎」は、さらに深まったような気がする。これまでに起きたことを説明する仮説を立てることは余計に困難になって、不可能性が高まってしまったような気すらする。
もういっそ、全部「ドッペルゲンガーだったから」でよくない? ……なんて。いつものため息とともに、自嘲してしまう私だった。
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