第3話
それから、約十分後。
崩れてしまった化粧や、乱れた髪を整えた私たちは、まだ二階の家庭科室にいた。
死んでしまった②は今も、運んできたときと変わらず、部屋の中央に横たわっている。最初は苦しそうな醜い表情だったけど、今は整えてあげたので眠っているみたいに安らかだ。
それは、確かに大嫌いな自分の姿……だったはずなのに。私は、その死体からなかなか目が離せなかった。ドッペルゲンガーとして、これから急に消えてしまうのかもしれない。②の姿を見るのが、これで最後になってしまうかもしれない。そう思って名残惜しさを感じているのだろうか……?
力強く首を振って、部屋のカーテンを閉めきる。カーテンには小さな穴や傷があったみたいで、そこから漏れる光で室内は完全に真っ暗にはならなかったけど、スポットライトのように死体が照らされることはなくなった。その行為で、ようやく踏ん切りがついた気がする。
①も、そんな自分と同じ気持ちだったようで、私たちは同じタイミングで家庭科室を出た。
「一緒にいても仕方ないから、別々に調べましょう? 何か分かったら、あとで情報共有して?」
「ええ。お互いに、自分が出来ることをしましょう」
そう言い合って、私はすぐ近くの西側階段を降りる。一方の①は廊下を歩いて、東側階段から「目的地」に向かったようだ。二人は家庭科室の前で別れて、それぞれの「調査」を開始した。
「あ、城鳥さぁん……来てくださったんですねぇ?」
「ハ、ハイメちゃん……もう、大丈夫?」
一階に降りて、渡り廊下を通って別校舎の職員室に戻ると、そこには芥子川と漆代が一人ずついた。
自分たちが移動させたハイメ②は当然として、一緒に死んでしまった佐尻たちの死体もなくなっていることに気づいた。
「あぁ、佐尻さんはぁ……」
そんな私の視線に対して、何か言おうとする芥子川を遮って、漆代がその理由を説明する。
「佐尻たちは、二日目にあいつらが目を覚ましたときの教室に運んだよ。あいつらはずっと三人一緒に一年一組にいたから、そっちのほうが楽かなって思ったんだけど。もともとの自分の部屋に戻しておけば、俺の③みたいにきれいに消えるかもしれないからさ」
「……そう、ね」
漆代③が消えたのは、二日目の朝に彼が発生した生徒会室だ。だから佐尻たちの死体も、二日目に起きたときの各自の部屋に置いておけば消える。超自然的に現れたものは、超自然的な理屈に沿って消えるのが、むしろ自然。そういうことなのかもしれない。
私も同じことを思っていたので、その行動は納得できた。
ただ……。
「脱がしたの?」
つい、聞く必要のない質問をしてしまう。
「ま、まさかっ⁉」
漆代が、慌てて首を振った。芥子川もすぐに否定する。
「さ、さっき城鳥さんに言われて、ボクも、目が覚めましたぁ……。佐尻さんのご遺体は、最大限の敬意を払って、丁重に、自室に運ばせてもらいましたぁ……。もちろん服を脱がせたり、体を調べたりもしていませぇん……」
「……あ、そう」
また、気のない返事を返す。
そもそも自分には関係ないし、気にするようなことじゃない。佐尻については三人とも死んでいるわけだから、死体を調べたとしても怒る人間はいない。自分とは状況が違う。つい、さっきの①の行動とのツジツマを取るように、過剰に反応してしまった。
「ど、どっちみち、よく考えたらボクたちは医者でも探偵でもなく、毒の知識なんてありませんのでぇ……。体にどんな異常が現れていようが、そこから何かを判断することなんて、できませんからぁ……。それよりもぉ、」
だから、そこで芥子川が話題を変えてくれたことは、自分にとってありがたかった。
「ボクたちは今、さっきの毒殺の『謎』について、検討していたのですぅ……」
「謎……?」
ハイメ②と佐尻たちが死んだ状況には、一つの疑問……謎があった。それは、「犯人はどうやって死んだ者たちに毒を飲ませたか」だ。
あのときは、誰もが自由に自分の食べたい物を取って、自分でお湯を注いでカップ麺を作っていた。誰かが、彼女たちのカップ麺に何かを混入するようなチャンスなんてなかった。つまり……。
「つまりさ……あの毒は、あらかじめ一部のカップ麺に入っていて、ハイメちゃんの②と佐尻たちは、その毒入りカップを取ってしまった……っつーことらしーんだよ」
そう言った漆代の前のテーブルには、食べかけのカップ麺が数個ずつ、左右に分けて置かれている。その片方が、死んだ四人が食べた物。もう片方が、生き残った私たちが食べていた物、ということらしい。
私がくる前に、漆代と芥子川たちで、あのとき誰が何を食べたのかについて調べていた。それによると。
現在生きている七人が食べたものと、その順番は、
漆代ルアム①が、ベースコックスープカップ「豚キムチ」。
芥子川マナオ②が、日進ポットヌードル「チーズカレー」。
城鳥ハイメ①が、日進ぼん兵衛「天ぷらそば」。
漆代ルアム②が、日進ぼん兵衛「きつねそば」。
芥子川マナオ③が、日進ぼん兵衛「カレーうどん」。
芥子川マナオ①が、日進ポットヌードル「カレー」。
城鳥ハイメ③が、日進ポットヌードル「チリトマト」。
そして、死んでしまった四人の食べたものと、その順番は、
城鳥ハイメ②が、日進ポットヌードル「シーフード白湯」。
佐尻ミエリ①が、日進ポットヌードル「シーフード白湯」。
佐尻ミエリ②が、日進ぼん兵衛「カレーうどん」。
佐尻ミエリ③が、日進ぼん兵衛「きつねそば」。
ということだった。
選んだ味の種類はバラバラ。大きさも、ポットヌードルはお湯を300ミリリットル入れて作る小さめの縦長カップ。スープカップとぼん兵衛は、500ミリリットル必要とする大きめの平たいカップだ。「シーフード白湯」だけは、死んだハイメ②とミエリ①が両方食べていたけれど、ただの偶然と言われればそう思える。他には特に、これといった共通点はない。
「というか……あなたたち、三人全員『カレー味』なのね? 二日目にカレーでお腹を壊したくせに」
「は、はいぃ……ボク、カレー自体は大好物なんですぅ。むしろあのときは、好物だから食べすぎてしまって、お腹を壊したみたいなものでぇ……」
「だ、だから、俺のせいじゃねーからなっ⁉」
「はいぃ、もちろんですよぉー」
「……はあ」
気を取り直して。
死んでしまったのは、十一人の中で最後にカップを選んだ四人ということになる。でももちろん、カップ麺の在庫が少なくて選択肢がなくなっていたわけじゃない。まだ「スープカップ」も「ポットヌードル」も「ぼん兵衛」も、全ての味が三個以上は未開封のものが残っている。今朝も、最後の一人まで自分の食べたいものを選ぶことが出来たはずだ。
カップにも傷やマークなどの目印はなかったし、誰かが死んだ四人に食べる物を勧めたりもしていなかった。
「なのに犯人は、狙った人間に毒を飲ませた、っつーことなんだよな?」
「は、はいぃ……」
「んなこと、本当に出来んのかよ?」
「う、うぅぅん……」
漆代も芥子川も、そこで行き詰まっているようだった。
「……単純に、運が悪かったんじゃないの?」
私は、思いついたことを言ってみた。
「犯人はただ、適当なカップ麺の中に毒を入れておいただけなのよ。何味に毒を入れたかを覚えておいて、自分がそのカップを選ばないようにしてね。そして、運の悪い四人が、たまたま、その毒入りカップ麺を食べてしまった……ということじゃないの?」
この仮説に、矛盾はないように思える。というより、あの状況を見ればそう思うのが普通じゃないだろうか?
でもそこにいた芥子川は、そうは思っていないようだった。
「もしも、死んだ人間もバラバラだったのならぁ……ボクもそう思いますぅ……。でも、今はそうではないぃ……。三人の佐尻さんが、一度に、同時に死んでいますぅ……。ですからこれは、佐尻さん全員殺すことを狙って行われた殺人である可能性が、高いと思いますぅ……」
「……」
それは昨日、死んでしまったハイメ②からの調査報告として聞いたことに似ていた。②が、芥子川②から聞いた言葉。
最初の事件は、漆代③――つまり漆代三人のうちの一人だけが殺されている。だから事故である可能性が高い。もしも犯人が漆代という人間に殺意を持っていたのなら、①②③の全員を殺しているはずだから。
それを裏返せば。佐尻三人が全員死んでいる今の状況は偶然ではなく、彼女を狙った計画的な殺人……そう言いたいのだ。
「じゃあ、私の②が死んでいるのは……」
「とても、申し上げづらいことですがぁ……おそらくは、犯人が何らかの方法で佐尻さんを殺害しようとした結果、本当に、運悪く、その巻き添えになってしまったのかとぉ……」
「……まあ、そうなるわね」
家族や友だちのことなら、そんなことを言われても納得出来ずに怒り狂うかもしれない。でも、もともと現実味のない「自分の分身の死」が、実は「ただの巻き添え」だったと言われても、私はどんな気持ちになればいいのかよく分からなかった。
「……」
それで、しばらく黙ってしまった。
そんな無音の時間に耐えられなかったのか、漆代が適当なことを言った。
「お、俺もさっき、マナオから同じ説明を受けて……正直、まだいまいちその意味はよくわかってねーんだけどさ……。で、でも、普通に確率から考えても、ありえねーよな? 『11人いるなかで同じ人間3人が死ぬ確率』って……3割る11で……30パーくらいか? と、とにかく、なかなか起こらないことだもんな?」
違う。
数学好きな私は、その確率について、すでに頭の中で計算していた。
11人のうち犯人が1人いるとして、それを除くと10人。その10の中から4つのものを取り出す組み合わせは、全部で210パターン。
そのうち、『同じ人間が3人とも含まれているパターン』は、イコール『4つ取り出した中に同じ人間3+他の人間1のパターン』なので、同じ人間1種類につき他の人間が7パターン――3人いる城鳥ハイメ、芥子川マナオ、佐尻ミエリの3種類で、21パターン。
つまり、「10人のうち4人が死んでしまうような方法を使ったとき、偶然3人同じ人が死ぬ確率」は10%だ。漆代のさっきの雑な計算よりも、さらに低い。こんなことが起こるとは考えづらい。
だからこれは、佐尻三人を狙った計画的な殺人で……何かトリックがある。
それは私にも、納得のいく仮説に思えた。
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