月の向こうでカラスがカア
春池 カイト
第1話 月の向こうでカラスがカア
その日、太陽系は平和だった。
少なくとも、地球の周辺は。
太陽系のメイン街道は、外宇宙への窓口である土星、いや今はド星と、人口が集中している地球の往来であって、その他の空間に動くものがいることはまれだ。
だが、今この時、そうした不毛の空間に一つの影がある。
その姿は丸くて黒い。
ところどころに突起物はあって完全な球形ではないが、もっとも大きなでっぱりは人型をしていた。
「いやあ、今日もいい天気だねえ」
「宇宙に雨は降らないっすよ。それに太陽は真後ろっす」
彼らはメインの街道、地球から小惑星帯を通ってド星に直通する道からは外れていたが、おおむね太陽から離れる方向に進んでいる。
街道を外れているのは出発点が違ったからだ。
「火星は久しぶりだったけど、相変わらずだったね」
「排他的なのは変わらないっすね。あれじゃ発展もできないでしょうに……」
遥か昔にエルフは火星に移住した。
その結果として地球では一部のもの以外にその存在を知られていない。ただ伝説や創作の中にその存在が見られるだけだ。
今、人類が宇宙進出を始めて、ようやく軌道上の宇宙ステーションが多く作られるようになった状態で、火星にも移住しようという計画はあるそうだが、環境が悪いのでなかなか踏み出せない状況だ。
もちろん、それはエルフたちが魔法を使って火星の環境を実際より劣悪に見せかけているからで、彼らの考え方ひとつで人類も火星に移住することは可能だろう。ありえないだろうが。
「直行で大丈夫? アステロイド寄る?」
「全然余裕っすよ。宇宙ヤタガラス舐めないでください」
そう、この三下口調の丸くて黒いものは宇宙船などではなく生物? であった。
かつて東洋の島国で神の使いと呼ばれていた三本足のカラス、それが宇宙に適応した形なのである。
無重力に適応したまんまるの体、そして足は五本ある。
五本脚がどう宇宙で役に立つのかはいまだに不明だが、ともかく単独で宇宙を高速で移動できる幻獣なのだ。
「なんか来たっすよ。宇宙オークか何かっすかね?」
「ええ、めんどくさいなあ」
嫌な顔をする少女……少女? いや、実際には成人だ。
生まれも育ちもド星の、れっきとした成人ドワーフ女性なのだ。
土星をドワーフが改造してド星と呼ばれるようになったのは300年以上前のことで、彼女が生まれたときにはすでにド星は今のような形をしていた。
すなわち、かつて薄いわっかだったものが、突然として巨大な岩塊のわっかとなり、ドワーフがそこで採掘をして、加工品を作り、地球や火星と商売をしている一大産業拠点である。
「ああ、やっぱりオークか……じゃあ、マルコお願い」
「ういっす、行きますよ、カアー!」
ひときわ大きな鳴き声が響き、体色と同じ真っ黒なビームがカラスのくちばしから出る。
真っ暗な真空中ではそのビームは見えにくく、宇宙オークの集団は避けるそぶりもなく、ビームに貫かれて爆発する。
「さっすがマルコ、オークの集団ぐらいじゃ相手にならないね」
「ふふ、近隣種とはいえ西洋のカラスどもではこうはいかないっすよ」
マルコのいう西洋のカラス、というのは北欧神話のフギンとムニンの子孫のことだろう。マルコは同じように宇宙進出している彼らのことをバカにしている。
実際には遠くから見たら飼い主にすら見分けがつかないぐらいなのだが、同族嫌悪というやつかもしれない。
そして西洋のカラスとヤタガラスの性能面の違いは、ビームが明るいか真っ黒かの違いぐらいなのだが、そこが宇宙では大きな意味を持つ。
視認しにくい攻撃というのは、特に街道にはびこる低級宇宙モンスターの掃討で手間が全然違い、ヤタガラスの優位は揺るがないのだ。
なお、足が二本か五本かは、性能に関係ない。
カア、と誇らしげな鳴き声が宇宙に響く。
「さあ、先を急ぎましょう」
「ヘイ」
*****
アステロイドベルトの中継ステーションを横目に見て、ドワーフ女性とヤタガラスは直接ド星を目指す。
この中継ステーションは、今は休業中だ。
地球とド星の位置関係によってアステロイドベルトのどこを通るかは変わってくる。
そんなわけで航路を外れ過ぎた中継ステーションは休業状態になるのだ。
『ドワ子ちゃんじゃない?』
いきなり念信通話が入る。
「あれ? ミサキ? なんでこんなところで……」
『今通り過ぎた中継ステーションで留守番よ。寄っていかない?』
「そうだね……マルコ、お願いできる」
「いいっすよ。ミサキさんには僕も会いたいっす」
そんなわけで、急遽寄り道をすることにした。
ぶるっと震えてクイッと方向転換をしたマルコは、中継ステーションがある小惑星に向けてスピードを上げた。
見ると、すでに建物の外に出てこちらに手を振っているミサキの姿があった。
彼女は地球人だが、すこしエルフの血が混じっているらしく、こうして宇宙航路管理局で勤務している。
ドワ子やマルコとは、地球の宇宙ステーションに立ち寄ったときに仲良くなって、彼女の家に訪れたこともある。
真空中で生身で出られたり、会話出来たりしないと地球圏を離れるのは難しいが、彼女は問題ない。「いつかド星勤務になったらいいな」なんて言っていたが、あそこは管理局の中でも一番のエリートが配属される場所なので、難しいとも漏らしていた。
しばらく前から宇宙ステーション勤務から転属になったとドワ子は聞いていたが、転職、ではないのでどこかで会えると思っていたが、まさかの場所だった。
「いらっしゃい、ここを通るってことは……あ、そういうことね」
「そう、見逃してね」
「久しぶりっす、会いたかったっすよ」
「マルコちゃんも元気そうね」
火星のエルフの存在は、管理局内部では公然の秘密だが、一般の地球人には知られていないし地球の政府や機関は知らないことになっている。
かつて、それを公開しようとしてエルフ側から激しい反撃があったらしくて、いまだに表向きには火星は不毛の大地であると思われている。
話しながらドーム型の施設の中に入る。
近くには宇宙船が係留できるような大掛かりな施設もあるが、そちらは地球人が無理をしてド星まで宇宙船で行き来をするための施設なので、シーズンが終わって休止状態になったら職員が全部引き上げてしまう。
かといって、誰もいないというのはよくないので、こうして幻獣や魔法使い用の休憩施設に職員が居残りをするということになるのだ。
「あ、ちょうどカレー作ってたんだけど食べる?」
「え? 良いの? やったー」
「僕もぜひお願いしたいっす」
施設内にはさすがに与圧されているが、気圧は低めなので料理は圧力鍋必須でなかなか大変だ。
「でも、食料は困ってないの?」
「うん、本当はもう一人残る予定だったから十分過ぎるほどあるよ」
「そうか……それじゃ仕事大変だね」
「いやいや、やることなんて毎日の報告ぐらいで、一日中映画とか見てるよ」
そういったミサキの指さす方を見ると、ちょうどガラドリエルが登場するシーンだった。
「やっぱり、そういう?」
「いやいや、たまたまだよ、昨日まで『600万ドルの男』をコンプリートしてたし、これ終わったら『ナイトライダー』か『エアーウルフ』か迷ってるところ」
あんまりエルフにこだわりがあるわけではないらしい。
「ところで、最近どう?」
「ああ、相変わらずね。メインラインはどうしても大型の宇宙船が大量輸送するから私みたいな個人勢は仕事が少なくなっている印象」
「そうだよね……中継ステーションで見ててもそんな感じ」
「だから最近は火星との往復が中心なんだよね」
「そっちの方が利益が多いんじゃない?」
「そりゃね……危険度が全然違うから……」
メインラインでは幻獣持ちによる警備の仕事もあり、安全が保たれているが、火星航路にはそういうものは無い。
自分で襲って来る宇宙生物を何とかできないと、すぐに廃業することになる。ついでに人生も廃業だ。
「ともかく、ごはんにしましょう」
ミサキが座席を勧める。
「えいっ……ああっ」
残念ながら身長的には子供レベルのドワ子は、普通の食卓の椅子に座るのに飛び乗らないといけない。
身体は頑強なので、普段は問題なのだが、低重力であることが災いして飛び過ぎてしまった。
「気を付けるっすよ」
「ありがと」
マルコがとっさに飛び立って上から抑えてくれたので、事故なくドワ子は椅子の座面に着地することができた。
気が付くとあたりにカレーの良いにおいが漂ってきていた。
「ああ、久しぶりのカレーのにおい……」
「あれ? 普段から食べてるんじゃないの?」
「いやあ、最近おじいちゃんのところだとカレーなんかは重いらしくて、作ってくれなくなったのよね」
「そうかあ、しょうがないね」
ドワ子のおばあちゃんは人間だ。
だから、父方の祖父母は地球に住んでいるのだが、昔はカレーが良く食卓に並んでいたが、最近はおばあちゃんがもっとあっさりしたものを作るようになってきた。
(地球の)年に一回は訪れているのだが、もう少し頻度を上げてもいいだろうか、とドワ子は思うのだった。
カレーはドワ子も食べ慣れた日本風のカレーだった。
マルコもドワ子も本格インドカレーはちょっと苦手なので良かったが、考えればミサキもドワ子のおばあちゃんと同じく日本出身だから当然かもしれない。
ちなみにドワ子の「ワ」は「和」であり、日本人の血が混じっているドワーフだからそのようなあだ名がついているのだ。
「うまいっす、うまいっす」
マルコも満足そうだ。
食事を終え、一同はソファに陣取って、ゆっくり近況を話しながら『ロード・オブ・ザ・リング』の続きを見る。
「今日は泊っていく?」
「そうだねえ、別に急ぎじゃないから迷惑じゃなければお願い」
今回の荷物は火星の優れた木材が中心で、急いで運ばなくてはいけないものではない。これが、薬品の材料だと鮮度が大事なので急ぐのだが、今回はそうではない。
「じゃあ、使ってない職員用の部屋を使ってよ。ちゃんと掃除してあるし」
「ありがとう」
結局『二つの塔』の終わりまで見たところで、一人と一匹は部屋で休むことにした。ミサキは仕事がちょっとあるとのことで作業デスクの方に向かった。
「意外といい部屋だね」
「長期間過ごすんだから無理もないっすね」
部屋は広くはないが、ベッドも含めて家具は良いもので、居心地がいい。これならミサキの半年の任務もそんなに過酷じゃないのかな、とドワ子は安心した。
「お先っす」
マルコは部屋の隅に寝床を決めるとそのままペタッとつぶれて寝息を立て始める。
どういう体の構造になっているのかわからないが、起きているときは真ん丸のマルコは寝るときだけ饅頭のようにつぶれてしまう。
マルコ自身も自分の体がどうなっているのかはわからないらしい。
多分骨格とか筋肉とかがあるのだと思うが、レントゲンですら見通せないので不明のままだ。
病気とは無縁の幻獣でなければ、さぞ不便なことだろう。
「ふあぁ」
ドワ子も眠くなってきた。
ベッドに入り込み、目を閉じる。
「おやすみ、マルコ」
その言葉は半ばあくびと混じって、あやふやなものになってしまい、ドワ子は眠りに引きずりこまれるのだった。
*****
「起きて、起きてよ、ドワ子さん」
「ふえ?」
電磁波を操って無双する少年になった夢を見ていたドワ子は、急に意識を現実に引き戻された。
見ると、ミサキが自分の体をゆすっている。
「……どうしたの?」
「大変なの、あっちの施設の方がおかしいのよ」
あっちの施設、とは大型宇宙船が停泊する施設の方だろう。
あそこは無人になっているはずだが……
「監視カメラをチェックしてたんだけど、ほとんど壊れていて、なんか黒いものがたくさんいるの」
「黒いもの?」
なんだろう? マルコみたいなの?
ドワ子は寝起きの鈍い頭で、マルコが分裂して施設内でたくさん跳ね回っている映像を想像した。
それだと単にかわいいだけだが、マルコは分裂したりしない。
「とにかく来て!」
「わかった」
ドワ子がミサキに付いて彼女の仕事場に着くと、そこに多数あるモニタ―の大半が何も映しておらず、いくつかのモニターに隣の施設の映像が映っていた。
そしてその映像の中で、黒いものが多数跳ね回っている。
一目見ると、ドワ子には画像の中のものの正体がわかる。
「スライムかあ……」
「スライム?」
「そう、スライム」
ちょうど、マルコの寝姿がそれに近いと思ったことを思い出すが、ドワ子にとってはなじみの深いものだった。
ド星では、あまり植物が育たないために、エルフ謹製の調整されたスライムが、有機物の分解と再利用を担っているのだ。
主には食べ物の廃棄物、生物の排泄物、そして生物の遺体を分解し、それを最終的に農業プラントの栄養として利用できる形にするのが仕事だ。
話はそれるが、そんなわけでド星では、遺体は骨だけを埋葬するということになっており、もともと土葬のドワーフの伝統からいまだに反発もあるが、日本文化に影響されているドワ子にとってはそれほど違和感はない。
「なんでそんなもの……」
「密輸かな……」
「そんな……」
これに限らず、ド星からいろいろなものを地球に密輸する商売というのは、かなりうまみがあるそうで、摘発される者が後を絶たない。
宇宙航路管理局が取り締まりをしているのだが、地球にド星のものが流れ込んで事故が起きたり犯罪に使われたりということが問題になっているのだ。
さりとて、地球とド星との交易はやめるわけにはいかない。
ド星は今や他星系への出口でもあるのだから、地球文明が独自に他星系との交易を始められるようにならない限り、ド星の価値、そしてド星からもたらされる物の価値は揺るがない。
「多分、変異して際限なく物を溶かすようになったんじゃないかな。カメラとか有機物とは思えないし……」
「そんなの、大変じゃない」
スライムは一応分子レベルでいえば、取り込んだものは必ず同量を排出する。いわゆる『スライム保存の法則』である。
だから、スライムが増えたことで資源が枯渇するということにはならないが、たとえ同じ量の金属が残るとはいえ、それが機械の形をしているのと塊になっているのでは全然違う。
「何とかスライムを駆除しないと……」
「そういう装備とか無いの?」
「自衛用のレーザーガンとスタンガンぐらいよ」
「ちょっと数が多すぎるものねえ……」
「……なんかあったんすカァ」
なんか語尾が鳴き声になっているが、マルコが起き出してきた。
「そう、マルコちゃんだったら何とかできない?」
「え? やってもいいけど施設ぐちゃぐちゃになっちゃうよ」
「ああ……」
話している最中にもまたカメラが一基つぶされた。
「えっと、上司の人とかと連絡取れないの?」
「今ここからだと片道30分以上よ。地球でも、他のステーションでも」
「そうかあ……」
正直、この状況は詰んでいる。
ドワ子とマルコがこれを解決しようとすれば、施設の破壊が避けられないが、それを許可する管理局の上層部に話が通るのに最低30分。そして、即断即決とはいかないだろうから、実際に許可が出るのは何時間後、あるいは数日後ということになりかねない。
それだけあれば、あれほどのスライムは大規模施設を破壊しつくし、この小さな待機所すら飲み込んでしまうかもしれない。
ドワ子とマルコは移動できるが、残念ながらマルコは一人乗りだ。それも、体の小さなドワ子だから何とかなるのであって、さらに成人女性一人というのはちょっと難しい。
マルコはまだ幼体なのだ。
今後成長していけば、ドワーフが複数乗っても大丈夫なぐらいの体になるのかもしれないが、そうなると今みたいな同じ部屋で眠ることなどできない大きさになるだろう。
ドワ子としてはそんな未来は来てほしくない気持ちもあって、いろいろ複雑なのだが、唯一無二の宇宙ヤタガラスであるところのマルコがどのような成長をするかは、学者でもわからない。 ともかく現状ではマルコはミサキを乗せて飛ぶことが難しいことになる。
「……うん、やっちゃって」
「え? いいの?」
「責任は私がとる。ドワ子ちゃんにもちゃんと報酬が出るようにするから、遠慮なくやっちゃって」
「でも、そんなことしたらミサキは……」
「なんかね、私もこんなところに飛ばされるぐらいだから、あんまり上司ともうまくいってないのよ。今更出世とか望めないし、もういっそ辞めさせられる覚悟でお願いするわ」
「そうなの……」
さっきの近況報告で、明言はしないがなんとなくそんな雰囲気をドワ子は感じていた。
管理局はやはり地球のための組織ということで、直接関係のあるドワーフはともかく、いまだに交流を拒否しているエルフに対しての好感度が低い。
それは、ほんの少し血が混じっているだけのミサキに対してもそうであったらしく、いろいろと嫌な思いをしていたようだ。
「私もちゃんと証言するし、何なら辞めさせられたら私のところで働く?」
「そうね、それもいいかもね」
ドワ子のの両親はド星の中でもかなり力のある商社を経営している。
娘がこんな個人勢の輸送屋をやっているのは、幻獣と仲良くなったことが原因で、両親も応援してくれているのだが、それが無ければ今頃両親について商社の支店を一つ任されていたかもしれない。
きっと、友達一人の就職先ぐらい何とかなるだろう。
「じゃあ、正式に……」
記録カメラをミサキは起動する。
「第23中継ステーションの臨時所長として、ミサキ・コウジロがアリエル・シルバーバーグに要請します。増殖したスライムの駆除をお願いします」
「了解して受領します」
なお、ドワ子はアリエルという名前が好きではない。
なんせ『リトル・マーメイド』の主役の名前だ。
リトル、というのも身長が欲しい彼女にとっては屈辱だし、水嫌いで全員金づちのドワーフにとっても人魚というのは理解の外にある存在なのだ。
だから、親しい友達はみんな『ドワ子さん』と呼ぶのだった。
こちらの方がドワ子にとって自分のアイデンティティーをよく表していると思っていた。
*****
「たくさんいるね」
「ほんとっすねえ」
ドワ子とマルコは、すぐに大規模施設の中に入った。
するといたるところ、床や壁、天井にスライムが大量に発生しており、あたりの鉄骨や床材、壁材を溶かしていて、奥の配線がむき出しになっていた。
「鉄だけみたいね……」
「その辺はちょっとありがたいっすね」
無機物全部を溶かせるように変異したわけではなく、鉄以外の配線の被覆などは無事のようだ。
とはいえ、この施設の物はほとんど鉄なので厄介なことには変わりない。
「じゃあいつも通り、ビームを……」
「あ、こういうところだとちょっと違うやり方の方がいいかもしれないっすね」
「え? なんかできること増えた?」
「ふふふふ、まあ見ていてくださいっす」
マルコはまだ幼いので、成長の余地はかなりあると思われる。
なんでも、経験値、というものがあって、それが一定貯まると新たな能力を手に入れられるらしい。
「ではいくっす」
マルコは急にブワッと体を膨らませた。
いや、これは毛を逆立てただけだ。
「鳥肌ビーム!」
全身逆立てた毛から真っ黒のビームが飛び出していく。
一つ一つは細く、だがその総数は何百、何千にもなる。
たちまち視界内のスライムはすべて撃破されてその場にべちゃッと崩れ落ちる。
「すごーい」
「感謝するっす、できればビフテキの一枚もごちそうしてほしいっす」
「するする、帰ったら一枚と言わず何枚でもごちそうするよ」
「じゃあ、移動して続きをやるっす」
「うん、頑張ろうね」
それからはマルコ無双だった。
ドワ子は、マルコが倒し漏れたスライムをパイプで仕留めていく。
そして、二時間もたったころには施設内の目に見える範囲にはスライムの姿はなくなっていた。
「ドワ子さん、すごいよ」
「あ、ミサキ。まだ安全かわからないよ、注意して」
「うん、えっと、連絡がついてメインラインからの応援が来るって知らせたくて」
「ああ、それは良かった」
「あと、できればスライムのサンプルを取りたいらしいんだけど」
「それなら、残りは放置したほうがよさそうね。奥まったところのは面倒だなって思ってたし……」
その言葉に安心したわけではないだろうが、ピョコッと床の穴からスライムが一匹飛び出してくる。
「見れば見るほどそっくりだね」
「何が?」
「マルコの寝姿とスライム」
「カアッ、なんたる侮辱」
「そうなんだ……」
「見たことあるの私だけだからね」
マルコはドワ子以外の目の前で眠らないし、マルコはマルコ自身の寝姿を見たことはない。
今度、動画にとってマルコに見せてやろう、とドワ子は愛するパートナーのくちばしによる攻撃をさばきながら思うのだった。
*****
「結局こうなるのね……」
「まあ、私としては悪くないと思うわよ。初めてド星に行けるんだし……」
「カアッ」
残っていたスライムが多すぎたのか、ミサキが暮らしていた施設の方にも被害が出てしまい、結局ミサキは施設を放棄することになった。息ができるとはいえ、天井が失われては施設としては継続が難しい。
今後しばらくは両隣のステーションで代替するらしく、施設の再建はかなり時間がかかりそうとのことだ。
ミサキは上司にかなり怒られたようだが、さらに上層部からの命令で処分は保留され、自宅待機ということになった。
「きっとうまくいくわよ。あの状況で他に方法はなかったわ」
「そうだといいんだけど……」
詳しくは調査待ちだが、ドワ子としてはもっといい方法があったとは思えない。
きっと悪いことにはならないと思っていた。
それにしても……
「マルコが進化するとはね……」
「もっと褒めてもいいんすよ。具体的にはビフテキの枚数を増やすとか……」
なんと、マルコが大型化し……たわけではなく、分身として大型の体を作れるようになったのだ。新しい分身は、内部が空洞で、ドワ子もミサキも、なんならマルコ自身の本体も乗り込める、まるで宇宙船のようなものだった。
内部はふわふわのクッションのようなもので包まれた球形で、当然真っ黒で真っ暗だが、明かりを持ち込んで快適な空間になっていた。
「やっぱり、スライムの経験値が大きかったのかなあ」
「へえ、幻獣ってそんなゲームみたいなことになってるのね」
「カアッ、そんなわけないっす」
「え? だって前にマルコが言ってたんじゃない」
「あれは幻獣ジョークっす」
結局、ドワ子がからかわれていただけらしい。
なんだかなあ、と思いながらも、ミサキもマルコも楽しそうなので、まあいいか、と流し、だが仕返しは必要なので、ドワ子さんは分身を作った影響で抱えられるぐらい小さくなったマルコに力いっぱい抱き着くのだった。
「カ……カアアアッ」
マルコの悲鳴が部屋の中に響く。
宇宙は、今日も大体平和だった。
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