至誠、天に通じず
時給
第0章 終わりの始まり
交錯する悲鳴と怒号。
窓ガラスが割れ、机が倒され、床に散乱した書類が血飛沫に赤く染まる。
仙田高校の生徒会室は、暴虐の嵐が吹き荒れる地獄と化していた。
手に金属バットや角材を携えた、20人からなる私服姿の不良たちが、10人に満たない生徒会役員達を蹂躙していた。
この不良達は誰なのか、なぜ自分たちが襲われているのか、何も分からないまま、生徒会役員達は次々に打ち倒されていく。
凄惨な光景の中心に、一人の男が佇んでいた。
自らが引き起こした目の前の惨劇を、まるでネット超しの戦争のニュースを見ているかのように無感動な目で眺めていた。
「三坂……」
名を呼ばれ、そちらへ顔を向ける。
床に倒れていた生徒会長が、こちらを見上げていた。バットで額を割られ、流れる血をそのままに、苦しげな声を絞り出す。
「なんでだ。なんで統合執行部が」
最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
狂気をはらんだ甲高い笑い声が割って入る。遠柳高校の制服を着崩した、見るからに鋭利で危険な風貌の男が、手にした特殊警棒を生徒会長の後頭部めがけて容赦なく振るう。鈍い音が響き、生徒会長は再び床に突っ伏して動かなくなった。
顔を上げたその男と、目が合う。
「敵将、討ち取ったり~……ってか」
戦国武将の真似のつもりか、警棒を掲げてポーズをとるのは、宇佐美洋介。それに対して、三坂義彦は無言のまま、小さくうなずいただけだった。
「何だ何だ、ノリ悪ぃぞ? もう始めちまったんだ、楽しめよ」
義彦の反応が不満だったのか、洋介は文句を言いながら近づいて来る。
「そうだな」
「いや、だからそのリアクションがねえっつってんだけど」
「そうだな」
処置なし、と言わんばかりに肩をすくめる洋介。
義彦は意に介さず、周囲を見回した。
すでに仙田高校の生徒会役員達は全員倒れ、趨勢は決している。
「撤収する」
「だな。あーあ、なんか呆気なかったな。あんだけ準備した最初の花火だってのに、この歯ごたえの無さよ」
「あれだけ準備したからこそだ。大成功だ」
スマートフォンを取り出し、どこかへ連絡を取ろうとする。その時、小さな着信音を立てて画面にメッセージが表示された。義彦の動きが止まる。
「ん、どした?」
「……朝賀谷の方で動きがあった。俺たちの事務所の襲撃計画があるそうだ」
「ほーん。早速エサに食いついたバカがいたってわけだ。即レス助かる」
「いま分かっている事だけで、規模は10人程度。日時は来週の金曜。体育祭の調整の件にかこつけて、事務所に来るつもりらしい」
「じゃ、朝賀谷の生徒会の奴か?」
「そうだ。それで首謀者だが」
義彦は顔を上げ、洋介を真っ直ぐに見据えて言った。
「有田正幸だ」
「いや誰」
「……久峰桜香の彼氏だ」
「ひさみねおうか」
オウム返しに呟いて呆けていた洋介が、気付いた表情に変わる。
「え、それって久峰ちゃん? あの? あん時の久峰桜香ちゃん?」
「そうだ。今は朝賀谷の生徒会で会計をやっている」
「マジで! へー知らなかった。じゃあ、その桜香ちゃんが彼氏のために囮になって、俺たちの事務所に来るって話? 立派になったもんだなぁオイ!」
「と言うより、そもそも襲撃を発案したのは久峰の方だったらしい。有田はそれに賛同して、荒事だからと自分がリーダー役に立ったという形だ」
洋介は爆笑した。
「ウソだろ! 面白すぎなんだが! 何考えてんだあの嬢ちゃん、そういうキャラだったわけ? たくましく育ってくれて嬉しいわー」
ひとしきり笑い、それから真顔になって続ける。
「で? どうすんだそれ」
「これから考える。使い道は、ありそうだ」
改めてスマートフォンを操作し、電話をかける。
「春樹、こっちは片付いた。そっちの様子は……そうか。もういいぞ、撤収だ」
集合場所を再確認し、電話を切る。
「こちらも撤収だ」
「だな、桜香ちゃん歓迎会の準備しなきゃいけねーしな。オラァ! お前ら引き上げるぞ!」
洋介が声をかけると、不良たちはそれに従ってゾロゾロと生徒会室を出て行く。
全員が離脱したのを確認して、最後に部屋を出ようとして ―――――― 義彦はふと、もう一度振り返った。
割れた窓ガラスから風が吹き込み、カーテンを揺らしている。空は見事な茜色に染まり、どこからか「遠き山に陽は落ちて」の郷愁的なメロディが聞こえてくる。
外の平和な光景と余りに対照的な、室内の凄惨な光景。
始まった。始めてしまった。
もう後には退けない。もう誰にも止められない。俺自身にすら。
「………………」
義彦は小さく息をつき、今度こそ生徒会室を出て行った。
終わりの始まりであった。
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