近視について

かみひとえ

:入浴について感じたこと

 ある時から風呂に入ると視線を感じていた。


 特に、鏡からだ。鏡の中の自分の姿がこちらを覗いているような気がした。


 姿見に自分が映らないようにしても、それでも何かに見られている気配はなくならなかった。像としてそこにいないはずのオレの姿をした“何か”が、風呂の隅に隠れたオレを見つけてしまうんじゃないか。


 だけど、髪を洗うのもそこそこにびしょびしょのまま風呂から出れば、その視線はぴたりとなくなる。


 身体を拭いて、今出たばかりの風呂場を恐る恐る覗いてみても、湯気で曇ったそこに“何か”なんてあるはずなかった。


 一度きりじゃない、ほとんど毎日と言ってもいい。不思議と慣れてしまうことはなかった。いつだって、その視線に怯えている。


 その視線は、鏡からだけじゃない。


 ある時は、風呂の扉のすりガラス越しに。ある時は、小さな窓の外から。そして、ある時には、バスタブに張ったお湯の中からだ。


 それは、風呂から出ればなくなる。


 そして、ある時、ふと気付いた。


 視線を感じる時、オレは眼鏡を掛けていなかった。

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