第5話 農地開拓

いつものように、一人ぼっちの朝食だった。


2月も半ばを過ぎたが、壁の隙間から吹き込む冷たい風は容赦なく、体だけでなく心の奥底にまでじわじわと染み込んでくる。


「戦国時代の朝って、こんなに静かなんだな……」


令和の頃なら、スマホを片手にニュースや動画を見ながら朝食をとっていた。家族と会話することは少なくても、情報の流れが途切れることはなかった。だが、ここにはスマホもないし、ネットもない。


あるのは、寒さと静けさ、そして俺を見守る人々の視線だけだ。


「ご馳走様。今日も美味しかったよ」


俺は食事を用意してくれたおとせに軽く頭を下げる。彼女は優しく微笑んだが、その表情に少しの心配が滲んでいるのを感じた。


(俺は本当にこの時代で生きていけるのか……?)


そんな考えが頭をよぎるが、答えはまだ出ない。


俺は小姓たちに天守まで来るよう伝言を頼んだ。


しばらくすると、武郎をはじめとする五人の小姓たちが元気よく集まってきた。


「今日はみんなに手伝ってほしいことがある。二日前に頼んでいた農具とテーブルが出来上がってるはずだから、それを引き取りに行こうと思う」


俺が号令をかけると、小姓たちはすぐに荷馬車の準備に取り掛かった。


移動中、隼人の軽快な話術が場を和ませる。


「そういえば、武郎。お前、気になってた娘に告白したんだろ?」


「……ああ」


「で、なんて断られたんだよ?」


隼人がニヤニヤしながら聞くと、武郎は渋々答えた。


「『あなたの笑顔がどうしても父にしか見えなくて』って……」


「お前、貫禄ありすぎなんだよ!」


小姓たちは大爆笑し、武郎は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。


俺もつられて笑ったが、ふと、武郎を見て思う。彼はまだ十二歳なのに、すでに責任感のあるリーダーとして行動している。 それが、彼の成長を早めているのかもしれない。


鍛冶工場に到着すると、治五郎が笑顔で迎えてくれた。


「お殿様、これが完成した品でやす」


彼は鍬や鋤、鶴橋を指し示した。


俺はそれらを手に取り、刃の鋭さや握りやすさを確かめる。軽く振って重心のバランスまで確認し、満足そうに頷いた。


「さすがだな!素晴らしい出来だ」


俺が賞賛すると、治五郎は少し照れたように笑いながら答えた。


「ですが……実は、最初は苦労したんでやすよ」


「苦労?」


「刀と違って、鍬は土を耕すための道具でさぁ。刃の角度が違えば、土に食い込みすぎたり、逆に弾かれたりする。何度も試し打ちして、ようやくちょうどいい形を見つけたんでやす」


職人の手を見ると、細かな傷がいくつも刻まれていた。


「……ありがとう。お前たちの努力のおかげで、農民たちはもっと楽に働けるようになる」


俺は心からの感謝を伝えた。


さらに、俺は50セットの追加注文と、新たに鍛冶師を増やす計画について話した。


「鍛冶師を増やすことは可能でやすが、その資金や仕事が必要でやすね……」


「報酬は3点セットで100文、職人の最低生活費は月1貫(1000文)と聞いている。5人増やせば毎月10貫以上の仕事を保証する」


「それなら、すぐにでも職人を集めてきやす!」


治五郎は嬉しそうに答えた。


俺は50セットの料金とは別に、支度金として10貫を渡した。そして、彼の功績を称え、特別な褒美を贈ることにした。


「治五郎、お前に新しい名を授ける。今日からお前は鉄山鋼太郎と名乗るがいい」


治五郎は目を大きく見開いた後、地面に頭を擦りつけるようにして感謝を示した。


「ありがとうごぜぇやす!鉄山の名を背負い、必ずや優秀な鍛冶師を育て上げてみせやす!」


周囲の職人たちもどよめき、鉄山鋼太郎の名は、この工房の象徴となるだろう。


次に向かったのは、権兵衛の工房だった。


到着するや否や、彼は満面の笑みで迎えてくれた。


「さあ、お殿様、これを見てくれだっぺ!」


権兵衛が指し示したのは、見事な掘りごたつだった。


天板には繊細な草花の彫刻が施され、その精巧なデザインは春の訪れを感じさせる。


「この彫刻、すごいな!まるで命が宿ってるみたいだ!」


俺は思わず声を上げた。


権兵衛は少し照れくさそうに笑いながら言った。


「ちょっと彫りすぎちまったかもだっぺ……」


彼の声には、不安が滲んでいた。


「頼まれてもねぇことをしちまったんじゃねぇかって……」


俺はふっと笑い、彼の肩を叩いた。


「いいや。この彫刻は国の宝だ。芸術は、人の心を豊かにするものだからな。 いい仕事をしてくれてありがとう」


権兵衛は、嬉しそうに顔を綻ばせた。


そして、彼にも新しい名前を贈ることにした。


「権兵衛、お前には新しい名を授ける。今日からお前は、丸上木蔵と名乗るがいい」


木蔵は目を輝かせながら、深々と頭を下げた。


「ありがとうございやす!この名に恥じないよう、さらに励みやす!」


こうして、新たな技術と名を手に入れた者たちは、戦国の世に確かな一歩を刻んでいくのだった。


翌日、鋼太郎が作った農具を携え、俺たちは城下の外れにある開拓予定地へ向かった。


澄んだ阿賀川が静かに流れ、その背後には荘厳な林が広がる。遠くには広大な大地が広がり、ここには手つかずの自然しかない。


俺は馬から降り、土を手に取って指で揉みながら確かめる。


「……水持ちがいいな。稲作に向いている」


武郎が興味深そうに俺を見つめる。


「土が違うと、そんなに変わるものなんですか?」


「もちろんだ。砂地じゃ水が流れすぎるし、粘土質だと根が張りにくい。このくらいの粘り気なら、田んぼにちょうどいい」


俺は周囲を見渡し、木々の配置を確認する。


「このエリアを開拓するぞ!まずは1町(約1ヘクタール)を切り開く。」


武郎と隼人は目を輝かせ、期待に満ちた表情で頷く。一方で、ほかの小姓たちはどこか心配そうだった。


「田畑を増やせば、それがそのまま国の力になる。石高を上げるのが、俺たちの第一歩だ!」


俺は川を指さしながら続ける。


「だが、ただ木を切るだけじゃない。阿賀川の水を利用するために、ここから水路を掘る必要がある。木を切った後は、土をならし、水路を作る。この土地に村を作るつもりでやるぞ!」


小姓たちの目が輝いた。開拓の意味が、彼らにも伝わり始めたのだ。


俺は斧を手に取り、視界に入った一本の樹木を狙う。そして、全力で振り下ろした。


「ガツン!」


……思ったよりも手が痺れる。衝撃が腕に響き、簡単に刃が食い込むわけではなかった。


(これは……想像以上に硬いな)


もう一度、慎重に刃を当てる。しかし、少しずつ削れるものの、木はびくともしない。


「斧って、こんなに力がいるのか……」


後ろを見ると、小姓たちも同じように悪戦苦闘していた。


「うわっ、斧が跳ね返った!」

小姓の一人、幸吉がバランスを崩して尻餅をついた。


「焦るな。刃の角度を木目に合わせるんだ」


俺が手本を見せると、幸吉は慎重に斧を振るう。


ガツン!


「……やった!少し入った!」


彼の顔が明るくなる。


隼人が感心したように言った。「さっきよりずっと上手くなってるな!」


しかし、作業を続けるうちに、皆の手は赤く腫れ上がり、痛みが増してきた。斧の刃も鈍くなり、作業効率が目に見えて落ちる。


日が沈みかけたタイミングで俺は手を上げた。


「今日はここまでだ。一旦城に戻るぞ!」


帰り道、俺たちは鍛冶工場へ寄った。鋼太郎に新たな斧の改良を依頼するためだ。


「刃がこぼれにくい加工と、手が痛くならないように柄に縄を巻いてくれないか?」


鋼太郎は顎に手を当て、少し考え込む。


「普通の鉄じゃダメでやすね……もっと粘りのある鋼を使わねぇと、木の硬さに耐えられない」


俺は興味を引かれた。「粘りのある鋼?」


「刀に使う鋼は硬すぎるんでやす。あれだと刃こぼれしやすい。だから、炭素の割合を少し減らした鋼を使いやす。そうすれば、硬すぎず、しなやかに食い込む斧になるはずで」


「なるほど……農具には、剣とは違う工夫がいるわけだな」


鋼太郎はニヤリと笑う。


「へい、お殿様!腕が鳴りやす!」


さらに翌日、完成した新しい斧を手に取った俺たちは、再び森の開拓に挑んだ。


試しに振り下ろすと、前とはまるで違う感触だった。


「……すごい。刃が食い込む」


隼人が目を丸くする。


「本当だ!昨日よりずっと楽に切れる!」


小姓たちも驚き、次々と斧を手に取って試し始める。


「良い道具は効率を上げるって本当だな」


武郎が感心したように呟くと、隼人をはじめ小姓全員が大きく頷いた。


俺は木々が倒れていく様子を眺めながら、次の計画を練る。


(木材の活用方法も考えなきゃな。これだけの木を無駄にするわけにはいかない)


「おい、倒した木はまとめておけ!橋を作るか、建物の材料に使う!」


「なるほど、開拓ってただ切るだけじゃないんですね!」


武郎がしみじみと語ると、隼人も同意するように小さく頷いた。


こうして俺たちは、農地の確保だけでなく、資材の活用という視点も持つようになっていった。


日が沈むころ、俺はふと空を見上げた。


「天下統一するにも、まずは生産だ。地味だが、これが国づくりの基礎になる」


斧を手にしたまま、俺は胸の奥で決意を固めた。


戦国の世で生き残るには、戦だけではない。国の土台を作ることこそが、長く繁栄するための鍵なのだ。


俺たちは新たな一歩を踏み出した――国を豊かにするために。そして、いつか信長や謙信と戦う日のために――

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