天空の船は何処へゆく

神無月《カミナキツキ》

壱話:「空賊団員エトリナ:着任」

「迷い込んだだけだぁ!?」


 信じられないという顔をしてゴーグルとキャプテン帽が似合う赤毛の女性が叫ぶ。

 女性の眼の前には申し訳無さそうに目を泳がせる少年が居た。


「えっとハイ……隠れるにはうってつけだと思って……」

「だからってその隠れた荷物が空賊の物だったなんて偶然、あるわけ無いだろが!!」


 どうしてやろうかと頭を掻き毟った女性と比べて少年は空賊という単語に反応して先程の反省の顔はどこへやら、爛々と輝く目で女性を見た。


「アンタ、ほんとに反省してんのか?」

「えぁ、はい……ちゃんと反省してます……」


 しかし、そんな勢いもすぐに女性の威光に気圧され再び俯いた。


「今の目は反省してるやつの面にゃ見えなかったどねぇ? てか、んなことよりアンタ、どうやって荷物に忍び込んだんだ? 木箱は全部鍵を閉めた上で布と縄でまとめて縛り上げてたはずだ」


 訝しげに睨みを効かせる女性に対して「どうやって」という言葉に反応した少年は喜々として当時の状況を説明した。


「それはね! えっと布は普通に隙間から入ればよかったし、確かにその中の荷には鍵がかかってたけど回転ダイヤル式の錠は隙間から空気を入れて内部を壊して、僕が隠れてた荷の中の木箱は鍵式だったけど、鍵だったらピッキングで解錠すれば一瞬だよ! あ、その、一瞬でした……」


 意気揚々と語り切った直後に今の立場を思い出した少年はみるみるうちに意気消沈していく。だが、女性は打って変わって少年に興味をもったのか、俯く少年に問う。


「なるほどね、アンタの手口はわかった、だがどうして鍵式の錠も回転ダイヤル式と同じように壊さなかったんだい? わざわざピッキングなんかするよりずっと楽で簡単だ」

「それは……なるべく壊したくないからです」

「ほう? それはまたなぜだ?」


 女性は態度は変えても威勢は崩さず威厳を保った声で続けた。

 そんな女性に少年はゆっくりと身の上をともに理由を語りだす。


「僕は今まである窃盗グループに所属してました。窃盗グループと言っても僕と同じような親も家もないような子どもが身を寄せ合ってこっそりものを盗むぐらいしかしないようなものだったんですけど……僕と僕の一番の友人だけはピッキングの技術を身に着けることができたんです。それで、そこからは僕とその友人が中心となって夜な夜な民家に入り込んで金銭を盗んだり、衣服や食べ物を盗むようになりました」

「ふ~ん、道理で服装に生活感がないわけだ」

「それから少しして、ある時忍び込んだ古い屋敷で小さい空圧式削岩機エアバンカーを見つけたんです、それでそれを加工して錠前破壊器キークラッシャーを作りました。最初は勿論、これを使って忍び込んでたんです…でもそれを使って忍び混んでいた家の一つで入った盗賊がその家の家主を殺したって事件を聞いてしまって……僕らが鍵を壊さなければその家の人も生きていられたんじゃって思って……それで……それからは、これを使って家を開けるのを辞めるようになりました」


 懐から取り出した小型の拳銃のような見た目をした錠前破壊器キークラッシャーを手に少年はそう語った。

 女性は少年が持っているその錠前破壊器キークラッシャーをまじまじと見つめる。


「アンタ、これどうやって作ったんだ?」

「えっと、空圧式削岩機エアバンカーの削岩用の杭を取り除いてそこに先端がすぼまった空圧配送管エアパイプを取り付けて作りました」

「ガキの工芸品にしてはよく出来てるじゃないか、ところどころ雑さはあるが、内部にしっかり溶接されてるパイプに分解痕がわからないぐらい精巧な組み立て、アンタ、まともな職に就いてりゃ優秀な技工士エンジニアに慣れてたんじゃないか?」


 女性は少しだけ広角を上げて少年に歩み寄った。

 そして少年の肩に手を乗せて少しだけからかうように薄く笑みを浮かべた。


「でも、地龍の頭冠エルプヘッドで孤児が就ける職なんてないです……僕の周りに居た仲間の中には職人を訪ねていった者も居ました。でも門前払いでまともに話すら取り合ってもらえなかったそうです」


 少年は諦めた表情でそう語る。

 その様子をひとしきり見た女性は「ふぅー」と一息つくと立ち上がって腰に手を当てると少年に向かい合う。


「アンタ、名前は?」

「え、えと……エトリナ・コウデンです」

「ようし、エトリナ! アンタには2つ選択肢をやる。今から引き返して地龍の頭冠エルプヘッドの詰め所にアンタを明け渡すか、それとも──」


 女性は自信に満ちた力強い笑みを浮かべながらエトリナに手を差し出す。


「このアタシ、船長キャプテンエヴァ・グレイソン率いる空賊団:天翔けの鯨シエル・ケートスに入団するか、選びなさい!」


 エトリナはそうして差し出された手を僅かに眺めた。


 思えばここまで、落ち着いた生活などしてこなかった。

 その日暮らしに人から盗み、やっとの思いで手に入れた食料も手をつける前に大人に奪われ、息をするのがやっとな程に殴り蹴られた様なこともあった。

 だが、それでもこの地龍の頭冠エルプヘッドは雲に手が届くほどの標高に拓かれた孤独な都市、街を出ても行く当てなんてないからと諦めていた。


 空賊団、空船そらぶねに乗り世界を渡りながら放浪する、囚われる事なき自由の代弁者にして孤高の旅人。

 孤独な都市に生きたが故に、そんな生き方ができれば出来ればどれだけ楽しいかと思って生きてきた。

 そして、そんな憧れが今、目の前でエトリナを誘ってくれている。


 エトリナに迷う理由なんて無かった。

 エヴァの差し出された手を掴む。


「僕も、天翔けの鯨シエル・ケートスに入りたいです!」


 エヴァはその言葉を待っていたかのように、にぃっと歯を見せ笑うとエトリナを引き寄せ、よろけるエトリナの背中を音がなるほど大きく叩いた。


「痛った!?」


 突然の衝撃と痛みに手で抑え涙が出るエトリナにエヴァは満足気に言い放つ。


「よく言った! これからアンタは空賊団:天翔けの鯨シエル・ケートスの一員、エトリナ・コウデンだ!!」


 エヴァが放ったその言葉にエトリナは希望に満ちた表情で答えた。


「はい!!」

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