【閑話】宴(フェス)の前日のとある会話

 いよいよ明日は宴の初日です。

 忌部氏いんべうじの方々のお陰で宴の準備はどうにか間に合いました。

 元々、忌部氏は祭事を行い国家に奉仕する事を生業とする方々なので、飛鳥時代のイベント運営にかけては随一を誇る専門家プロフェッショナルなのです。


 素人アマチュアとは違うのだよ。素人アマチュアとは。


 ***** その頃のとある場所にて *****


「いやぁー、何とか間に合ったなー」


「いきなり、讃岐へ行けって言われた時は何言ってんだー、って思ったけどな」


「にしても讃岐国造さぬきのくにみやっこって豊かなんだな。竹簡ちくかんを持って頼みにいけば何でも用意してくれるし」


「ああ、あの竹簡はここで用意されたものだったな。あれはよく考えられたものだ」


「そうなのか?」


「単に書き入れる木簡ならばその辺でもよく使われておる。しかしここの竹簡は、支出の種類と書き入れる場所が定められておる。だから分類ごとに仕分けて並べれば、舞台の設置、食材の手配、我々が滞在するために必要な経費など、何処にどれだけ掛かったのかが明確になる仕組みであろう」


「本当か?それ」


「四隅に空いた小さな穴がその証拠だ。迂闊に上乗せ請求でもしようものなら後が怖い。この仕組みは我がやしろでも是非導入したいものだ」


「しかし出納がキチンと管理されているだけで、支出を渋られた事は一度もありませんでしたな。ケチられたら、何処かで妥協しなければなりません。思う存分腕を振るう機会を得られた事は、私にとってもやり甲斐を感じられました」


讃岐造麻呂さぬきのみやっこまろ様がそれだけ姫殿を可愛がっておられるのであろう。実際に見たが、幼子ながら可愛い童子わらしだった」


「確かに将来が楽しみな見目麗しい童子だったな。氏上様はあの姫様が下界に降臨された天女様だと言ってたが本当か?」


「間違いなく天女様だ。オレは姫様の御力を見た」


「どうゆう事だ?」


「うむ……オレが舞台の袖で作業している時、ヘマして腕をやっちまってこりゃあ暫く動けねえって事があったんだ。その時舞台で舞の指導を受けていた姫様が駆け寄って、手を取ってくれたんだ。そしたら痛みがスーッと引いてケガが治っちまった」


「あ、私も舞の途中、転んで足を挫いた時、その場にいた姫様が痛いところに手を触れたんです。そうしたら痛みが嘘みたいに引いたわ」


「噂じゃ、萬田様のあの歯を治したのは姫様だって話だ」


「萬田様、最近すっかり変わって全然怒らないんです。以前はちょっと舞を間違えただけですごい剣幕で怒られましたのに。この一月、怒っているのを見た事が無いわ」


「萬田様は最近御美しくなってますね。あれも姫様の御力をのお陰か?」


「そうかも知れぬな。姫様は人の身体だけでなく中身せいかくまで治してしまうのかも知れぬ」


「でも天女様の割に下々に対して全然偉ぶっている様子はないですよね。寧ろ我々に対しても目上の者に対する礼節を持って接してくれてます」


「姫様なのに高慢さが全く無いよな。なのにそこいらの貴族様に及ばぬ程の気品がある」


「ははは、隣の国造の所のトコの姫様は気品も無ければ礼儀も空っきりだもんな」


「そーそー、この前の社の宴の席で、魚を手掴みでガツガツ食べてたのを見た時にゃドン引きだったぜ」


「ハックしょーぃ、うぅっ」


「何だ、風邪か?」


「ああ、楽隊はずっと吹きっさらしだからな。寒ぃったらありゃしないよ」


「舞台の上は遮る物がないからさぞ寒いだろう」


「ええ。でも舞の巫女全員に萬田様からの下に着用する衣を姫様から頂いたのですが、それがすごく暖かいのです」


の下に衣? そんなもの何の役に立つのじゃ?」


「私も最初何に役に立つのかって思っていたのですが、もう手放せません。これのおかげでの下がスースーしないのです。これを身につけると腰の周りがものすごく暖かくて、吹きっさらしの舞台の寒さも我慢できます。いえ、これがなければもう我慢できません」


「どれオレにどんな物か見せて見ろよ」


(バッチーン!)


「私も同感ですわ。天女様ともあろうお方が私どもの様な下々の者にまで心を砕いて下さるだなんて、感謝の言葉も御座いません」


「私達が使っている扇子?っていうの。これも姫様がお造りになったって聞いたわ」


「なんと、この様な物までお考えになるのか?」


「それだけではないわ。二日目の舞では見た事もない神具を用意されると聞きました」


「なんだ、それは?」


「昨日、届いたばかりなのでよくは分からないの。今、それを使って萬田様と稽古をしているみたい」


「そう言えば、なんかいい音がしてたな」


「舞台の演目でも、舞を二人、四人で舞うのを萬田様に提案したって聞きました。最初は何を言っているのかと思ったあけど、改めて見ると斬新で素晴らしい見栄えの舞になってました。幼子に考えつくことでは無いですわ。大人でも無理です」


「最終日の最後の演目は姫様、萬田様を含めて全員で舞うと聞いたが?」


「ええ、何と申しましょうか……全員が一体となって舞う緊張感がここまで心地の良い物だとは思いもしませんでした。これこそが神様に奉納すると言う気持ちなのでしょうね。今から舞うのが楽しみでなりません」


「ふーむ、此度の宴は後々の世まで語り継がれる宴になりそうだ。姫様の門出に相応しき盛大な宴を成功させよう! 気合を入れて向かおうぞ!」


「「「「「「「「「おおぉーーーー!!!」」」」」」」



【天の声】

 宴を盛り上げて、そのどさくさに紛れて自分はささっと舞を舞って有耶無耶のうちに終わらせてしまおうと考えていたかぐや。

 欠員を出さない為に不可視ステルス回復ヒールしたり、舞を盛り上げるための現代の知識エンタメで演出に加担したり、皆に気分よく仕事をして貰いたい一心で贈物ワイロを贈って、作業員うらかた踊子ダンサー雑務係アシスタントに分け隔てなく接して努力した結果……。

 途轍もなく士気モチベが高まってしまい、全員が一丸となってかぐやを盛り立てる事で一致した。


 ……いや、一致してしまったのだった。



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