第10話 執事。
▪️ ▪️
「旦那様、どうかこちらの書類にお目を通してくださいませ」
「ああ、今年の夏は我が家は催しを控えるのだろう? 父の喪に服すと各家に書簡を送ったはずだ」
「ええ。しかしながら従来であれば夏と冬に開いていた夜会を今年だけ中止するとなれば、おかかえの業者にも損害が生じます。先代であればこうしたおりにも民草の事を慮って別の事柄として費用をお使いになるか、それこそ市井の催しに出資なさるか、そうした事を指示してくださいましたものでした」
「そんなもの、お前の裁量で何かしておけ。私にわざわざ持ってこなくても良い」
「何か、と、もうされましても」
「今まではどうしていたのだ? 父の時にもあったのならそれと同じようにすればいいではないか?」
「そういうわけにもまいりません。それこそ家内の従業員のことであればある程度裁量が任されておりましたが、こういったことには……」
「では、父が亡くなってから今まではどうしていたのだ? 他にも細々とした案件が報告だけ回ってきたことがあったと思うが?」
「報告だけ、でございますか?」
「まぁ、報告だけ、では無かったかもしれん。しかし少なくとも、どうするから許可を欲しい、といったくらいのものだったぞ? あれはセバス、お前の意見ではなかったのか?」
「それらはみな奥様のご配慮によるものだと思われます。先代が生きていらっしゃった時も、奥様がこちらにいらしてくださった後はみな、こうしたことは全て奥様を通しておりましたから」
ふむ。と。
懇願するようにこちらを見るセバスを、ジュリウスは腕組みをしつつ睨め付ける。
「それではどうして今回の件は直接私に持ってきたのだ?」
「それは……、奥様が私どもの前に姿をお見せくださらなくなってしまったからでございます……」
うなだれそう口に出すセバス。
「マリエルが、どうしたと言うのだ?」
「旦那様? 奥様がもうずっとお部屋に篭られていらっしゃるのをご存知ないのです? もう一週間になるでしょうか、日中はお部屋に篭られて出ていらっしゃらなくなってしまいました。夕方ご自分の商会の様子を見に街へお出かけにはなってはいるようですが」
(一週間と言うことは、あの別れ話からか……)
なるほど、と、納得する。
流石にあれだけはっきり言ったのだ、彼女もその気になったのだろう。
一年後この家を出ることが確定した今となっては彼女であってもこれ以上家のことに関わろうとはしないという気分になっていたとしても納得できる。
もちろんそれならそれで構わない。
彼女を突き放したのは自分なのだから。そう思いつつも。
(セバスの言うことが本当なら、今まで家の細々とした事柄に対しさまざまな案を出していたのはマリエルだったと言うことになるが……。いや、そんなはずはない。あの父が小娘であるマリエルに手伝い以上の仕事を任せていたとも思えない。だがそうすると……)
今後は自分で全て煩わしい執務をしなくてはいけなくなるのか?
そう思うと気が滅入る。
「なあセバス。お前は長年このレイングラード家に執事として尽くしてきてくれた。多分この家のことは誰よりも詳しいだろう。そのお前のこれまでの功績に報い、権限と裁量の幅を広げてやろうと思う。なんとかそれで対応願えないだろうか?」
「しかし、旦那様……」
「お前が拒否するのなら、もう一人家令を雇うまでだ。いや、領地の家臣の中から新たに抜擢して王都に連れてきてもいいか」
「ああ、旦那様……」
「とにかく、これは命令だ。お前ができないと言うなら代わりを連れてくるまで。しばらく猶予をやるから前向きに考えてくれると嬉しいな」
最後は笑顔でセバスの肩を叩き、励ましたつもりのジュリウス。
とりあえず話はこれで終わりとばかりにセバスを部屋から追いやって、手元にある招待状の束に目を通す。
夏の社交はこれからが本番だった。自家で催す会は中止にしたとしても、他家の誘いは完全に無視はできない。
「マリエルを誘うのは気まずいな」
大抵の夜会は夫婦同伴での出席が求められる。
新侯爵となった今年は今までのようにはいかないことくらい理解はしている。
「代わり、を、探す、か?」
それもいい。そう考えるジュリウスの頭には、一人の女性の姿が浮かんでいた。
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