激アツじゃ!~パチスロ中毒のロリババアが更生するまで~

春雨 蛙

パチスロリババア

GOATを打つロリババア

 2019年夏。


「今月の小遣い、全部スッてしもうた……」


 派手な電子音が鳴り響く店内で儂は項垂れた。

 今日は座れば勝てると言われておった程の激アツ日じゃったのに……。

 いや、台の挙動自体は決して悪うない。色々と噛み合っておらぬだけじゃ。このまま打ち続ければ遠からず起き上がってくるであろう。


 問題は軍資金じゃ。早くも今月の小遣いは尽きてしもうた。

 どうする? へそくりを取りに家に戻るか?


 いや、店内は既に満席じゃ。

 先程から儂の打っておる台に目をつけたハイエナが通路を頻繁に徘徊しておるし、ベガ立ちでじろじろと観察してくる不届き者までおる。

 儂が離席しようものならすぐに財布や煙草を投げ入れて席を確保するであろう。


 店の者に食事休憩を申し付けるか?

 駄目じゃ。食事休憩などせいぜい40分。家まではどう見繕っても往復1時間はかかる。


 なれば……。


 「あるじよ、すまぬ」


 これだけは使うまいと思っておったが、背に腹は代えられぬ。

 儂は懐から茶封筒を取り出した。


 これは主が家電を買うためにコツコツと貯めておった金。いわゆる使ってはいけない金というやつじゃ。


 いざという時のためにと持ち出して来たが、そのいざという時が来てしもうた。これに手を付けてしまえば儂は正真正銘の外道となろう。


 じゃが……。


「ひひひ、勝利と快楽のためなら理性などくれてやるわ」


 ドルルルルン。


 儂が札を投入すると台が息を吹き返した。

 まだ金があったのか、と言わんばかりにハイエナ共が苦々しい顔をして去って行った。ひひひ、良い気味じゃ。


 主よ、金は儂が倍にして返してやるからの。旨い物もたらふく食わせてやる。じゃから楽しみに待っとれよ……。


 1時間後。


「あぁあ……あぁぁぁ、何でこうなるのじゃ……」


 金が掃除機のように吸い込まれておる。

 状況は依然として絶望的じゃった。


「この愚か者めが!」


 儂はうんともすんとも言わぬ台に向かって拳を繰り出した。

 気合を入れてやるためじゃ。


「お客様! 台を叩くのはお止めください!」


 すると店の者に叱られてしもうた。


「ちっ」と儂が舌打ちを返した。


 こんなことをしてもどうにもならぬことは分かっておる。

 もう終わりやもしれぬな。

 かような状況でこれまでに捲れた試しなど数えるほどしかなかったではないか。


 じゃが……。


 のう、神よ仏よ。

 せめて主の分だけでも返してはくれぬか?


 儂はどんな罰でも受ける。

 じゃが、主は何も悪いことはしておらぬ。

 悪いのは全部儂じゃ。

 

 じゃから主の分だけでも返してはくれぬか?


 頼む。お願いじゃ……。


 その刹那、それは起きた。


 ――ぷちゅん――


「おっ゛!?」


 台の画面が暗転しおった……。


「メェぇぇえええええええええええええええええええええええ!」

 

 山羊たちの鳴き声。

 そして山羊飼いの少年が笛を鳴らしておる。


 これは……1/8192の確率で成立するGOAT揃い。


「はぎ!」


 ドクン、と動悸が激しくなるのが分かった。


 落ち着け、落ち着くのじゃ。こんなものはただの1500枚役じゃ。せいぜい主の分の金が戻ってきたに過ぎぬ。


 今となっては主の金などどうでもよい。

 儂の分もキッチリ返してもらおうではないか。


 さて、ここからが肝心じゃ。


 儂は高鳴る胸を手で必死に押さえつけながら再びレバーを叩いた。


――ぷちゅん――


「あぎっ!?」


「真ん中を押してください」

「メェぇぇえええええええええええええええええええええええ!」


 再びGOATが揃いおった。

 いわゆるGOATinGOATというやつじゃ。


「おっ……」


 今度こそ儂は駄目じゃった。

 強烈な刺激と興奮のあまり白目を剥いた儂は、そのままフッと意識を飛ばして筐体に頭をぶつけた。


「お客様!?」


 すぐに店の者が飛んできおった。


「お客様!? 大丈夫ですか! お客様!」


 筐体に頭をぶつけ、口からよだれを垂らして恍惚の表情を浮かべる儂に店の者が必死に呼びかけておる。

 じゃが、今の儂には子守唄のようにしか聞こえんかった。


 ああ愉快。愉快じゃ。

 儂は勝ったのじゃ……。



「帰ったぞ―!」


 帰宅すると夜の11時を回っておった。

 結局儂はその後9000枚のメダルを叩き出し、投資分を差し引いて12万もの大金を手にした。災い転じて福となすとはこのことじゃ。儂の足取りは自然と軽かった。だのに……。


「……」


 居間に入ると、主が俯いて座っておった。

 ちゃぶ台にはサランラップに包まれた食事が用意してあった。律儀な男じゃ。メシも食わずに儂の帰りを待っておったのか。


「なんじゃ、おかえりも言わずに。儂が帰って来たのじゃぞ? 三つ指をついて出迎えるのが礼儀じゃろうが」


「……」


 儂が軽口を叩いても主は無反応じゃった。


「相変わらず不景気な面じゃのう。ほれ、土産の菓子をやるからその陰気な顔をどうにかするのじゃ」


「土産……? 余り景品のお菓子だろが」


「なっ!?」


「タバコの臭いがする。またパチンコに行ってたな?」


 バ、バレておる。

 じゃが主は一つ大きな言い間違いをしておった。


「パチンコじゃのうてパチスロじゃ! 間違えるでないわ!」


「それはどっちでもいいんだよ!」


 儂が声を張り上げると、主も負けじと言い返してきた。


「なぁ、行くなとは言わないが少しは控えてくれないか? これで5日連続じゃないか」


「5日連続じゃのうて6日連続じゃ! 間違えるでないわ!」


「余計にタチが悪いだろが!」


「ふん。勝ったのじゃから問題はあるまい。今までも儂はとーたるでは勝っておる」


「パチンカスは大体そう言うんだよ!」


「じゃからパチンカスじゃのうてスロッカスじゃ! 間違えるでないわ!」


「自分で言ってて虚しくならないのかよ……。てかお前今日も俺の金を勝手に持って行っただろ!?」


 うっ……。

 後でこっそり返そうと思っておったのに、バレておったか。


「ふん、ちと拝借しただけじゃ。ほれ返すぞ」


 儂は倍にして返してやるという誓いなどとうに忘れて、持ち出した同額を主に手渡した。


「お前これで何回目だよ。もう10回は超えてるだろ」


「まだ9回目じゃ! 間違えるでないわ!」


「大差ないだろうがよ!」


「いいや! 一桁と二桁とでは大違いじゃ! 勘定は正確にせねばならぬ! お主は適当が過ぎるぞ!」


「言われてみればそれは確かに……って、何で逆に言い包めようとしてるんだよ。この泥棒が!」


 主が儂のことを泥棒と言いおった。

 そして敵意に満ちた目で儂を睨んでおる。

 

「ど、泥棒……。儂がかえ?」


「他に誰がいるんだよ! 人の物を勝手に盗るなんて泥棒のすることだろうが!」


「ああ……儂はなんということを……すまぬ、すまぬ」


 目に涙を浮かべて、しゅんとした顔で儂は項垂れた。


「少し言い過ぎたか……悪い。とにかく今後はしっかりしてくれよ」


「……うむ。心得た」


 ひひひ、主は儂のこの仕草に弱いのじゃ。案の定、態度が急激に軟化しおったわ。


 じゃが、儂もちと反省せねばならぬ。

 近頃はパチ屋に入り浸ってばかりで主との時間を全然過ごしておらぬ。この家に来た頃は四六時中一緒におったのにのぅ。


 なぁに、大丈夫じゃ。所詮パチスロなんぞ戯れの趣味に過ぎぬ。その気になればいつでも辞められるのじゃ。


 どれ、明日は一つ主と共に過ごすとしようではないか。

 儂はそう決意して眠りに就いた。


 じゃが……。  


 『朝10時より新台一斉開放! 本日もお待ちしております』


 馴染みの店からのメぇるを見た儂は、気づけばいつものように朝一の抽選に並びに行っておった。

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