第25話 決意

 二週間後も、由紀子は英樹の家へとやってきた。

 二週間という期間を空けたのは、毎週由紀子が遊びに来ると、由紀子の母親に怪しまれるかもしれないからだ。


「またおうちデートですね」


 本当は外でデートをしたかったが、小さな田舎では知人に目撃される可能性が高く、外出できない。教師と生徒のおうせは、恋愛映画が禁断の恋と歌っているように、周囲に受け容れられることは難しい。

 この日も由紀子が料理をしてくれた。


「今日はチャーハンです」


 別の料理を習得してきたらしい。

 チャーハンを作るには少し具材が足りなかったので、英樹はひとりで買い出しに行った。

 帰ってくると、由紀子はとある本を読んでいた。


「う、うちの……?」


 きちんと隠しておいたはずなのに、どうして由紀子がそれを持っているのか。


「す、すみませんっ! 好奇心でいろいろなところを見てたら、見つけてしまって……」


 もしかして昨日使用したあとに、しまい忘れたのだろうか。だとしたら最悪だ。


「これはダメだっ」


 慌てて由紀子から本を取り上げる。読んでいたのは、いわゆる薄い本というやつで、二次元の幼いキャラクターの性的な絵が、純愛ストーリーを紡ぎながら描かれている。


「ほんとうにすみません……」

「いいって……別に怒ってるわけじゃない」


 自分の好む性的漫画を見られたことが、どうしようもなく恥ずかしいのだ。


「せ、先生はそれで性欲を満たしているんですよね……」

「……」

「描かれている女の子、私に少し似てました……」


 読まれた本は、英樹の一番のお気に入りだ。


「なんかちょっと嬉しいです」

「できれば忘れてくれ……」

「ご、ごめんなさい」


 その謝罪が勝手に本を読んだことに対してか、はたまた漫画の内容を忘れられないことに対してなのか、詳しく聞くことはしなかった。

 買ってきた食材で、由紀子が一生懸命チャーハンを作ってくれる。出来上がったチャーハンはやはり美味で、英樹のお腹を十二分に満たした。


「こういうのを通い妻って言うんですよね」


 口とお皿の上でスプーンを往復させていた由紀子が、ぼそっと呟く。


「それはなんかちょっと違くないか……そもそも結婚してないだろ」

「じゃあ、結婚しますか?」

「……言っておくが、内野の年齢だとまだ結婚できないからな」

「ならいつ結婚できるんですか?」


 こんなにも結婚について聞いてくるのは、前回見た恋愛映画の影響だろうか。


「高校卒業したらできる」

「では、高校卒業したら結婚しましょう」


 その提案には、英樹は何も言わなかった。

 午後はいつも通り、恋愛映画で恋愛について勉強した。ポジションもいつも通り、由紀子がソファで、英樹が椅子に座っている。


「私、先生のこと名前で呼んだ方がいいですか?」


 お互いを下の名前で呼ぶことに嬉々としている初々しいカップルが、テレビには映っていた。


「俺はこのままでもいいぞ」

「一回呼んでみてもいいですか?」

「おう」

「ひでき……」

「まぁ、悪い響きではないな」


 自分のことをそう呼んだ人間は過去に十人もいない気がする。


「でも、さすがに失礼なので、英樹さんと呼ぶことにします」

「ここでだけな……」


 さすがに教室でそう呼ばれたら、変な疑いを持たれかねない。


「……」


 テレビは引き続きカップルのいちゃいちゃ映像を流している。


「……」 

「……」


 この前の映画と似たような展開で、面白みがない。由紀子から質問が飛んでくることもない。


「……」

「……」

「英樹さん」

「どうした?」

「私、ずっと待ってるんですけど……」

「ん?」


 見ると、由紀子はものほしそうにこちらに目を向けていた。


「ゆきこ、って呼んでほしいです……」


 ぽっと色づく頬が、尋常じゃないほどかわいらしかった。


「……ゆ、ゆぃこ」


 緊張でぎこちなくなってしまった。


「も、もう一度お願いします」


 消化不良でだったようで、由紀子がおかわりを注文する。

 すぅ、と息を吸い込んで、はぁ、と吐き出す。こんなことにルーティンを使うとは、思ってもいなかった。


「由紀子」


 今度ははっきりと言えた。


「う、うれしいです……」


 由紀子が満足げに相好を崩す。




 幸せだった。

 過ごす日々の一秒一秒、吸い込む空気の一息一息が、幸福で満たされていた。これ以上なんてないくらい、幸せな毎日だった。自分のしてきたことは間違いではなかったのだと、切実に実感できた。

 あとは、この幸せを完成させるだけだった。


 冬休み前、最後の日曜日。

 その日は由紀子の誕生日の翌日だったので、午前中はケーキを買って祝った。たとえ禁忌とされるような欲望を持っていたとしても、すべての生は祝われるべきではないだろうか。

 お皿を片付け、地球を朝と夜にわけ隔てる太陽が落ち始めたころ。由紀子がそれを切り出した。決意の宿った目に、英樹はついに今日するのだと、確信した。

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