1「エルフと龍」
王有迷宮付属騎士養成高等学校。
街の宿屋の倅として生まれた俺は現在ここに通っている。
十歳の時に前世の記憶に目覚め、それから六年はこの学校に入ることを目標にしていた。
この学校の優れる点は国王が所有する魔術型迷宮を訓練施設として付設しているところだ。
魔術型迷宮とは魔術師が故意に空間を歪めて造る結界魔術の一種である。
歪められた空間には瘴気が集まり魔獣を発生させるが、魔力を帯びた物品が発生することもあり『迷宮』は国を支える重要施設に数えられる。
この魔術を使える宮廷魔術師の数が国力に大きな影響を与えることも付け加えておこう。
俺も一応その魔術は使えるが、勝手に作ったら地主にフルボッコにされるから迷宮を用いた訓練は行えなかった。
しかし剣術を極めるためにはより実践的な訓練が必要なのは明らかだ。
だからこの学校に入学することを決めた。
しかし家の稼ぎでは全く学費が足りなかったので特待生として選ばれるべく努力した。
前世の修行の成果もあって問題なく特待生に選ばれた俺は一年を騎士養成学校で過ごし、二年生へと進級していた。
授業と迷宮における実践的で充実した剣術ライフに俺は満足していた。
しかし最近、そんな生活が脅かされそうになっている。
「奇遇ね」
「本校舎から迷宮に続く門の前で待ってて奇遇な訳ないだろ」
金髪に金と赤のオッドアイ。尖った耳。
この学校には人間とは別に王国と懇意にしている種族の留学生が通っている。
エルフだ。
この女はそのエルフの一人にして俺と同じボッチ生徒。
名前は……えっと……あぁ……
「名前なんだっけ?」
「リアファエス・ステラクセルロディア・ブライドリグレ・アーテリアスライティア……って何度言ったら分かるのよ!」
「そんな長ぇ名前憶えられるわけねぇだろ!」
「エルフの中じゃ普通くらいだもん!」
「知るか! 人間国家でエルフの常識押し付けてくんな!」
「こんの下民が、折角ボッチのお前を気遣って私が一緒してあげようと思ったのに調子に乗って」
「へぇへぇすんませんすんません。俺平民なんで、俺下民なんで、あんたら貴族様とは根本的に合わないと思う訳でごぜぇやすよ。だからほっといてくれませんかね!?」
「え……ごめん、下民は言い過ぎよね。そんな差別する気なくてその……友達いない同士一緒に迷宮に行こって誘いたかっただけで……」
くそ……いつもの空気に巻き込まれた……
最初は威勢がいい癖に反論するとすぐナーバスになりやがる。
顔を隠すな涙を手で拭うな、つうか泣くなよ。
五度の人生で分かったことだが、男というのは成長と共に性的欲求が増して行く生き物だ。
それが最高潮になるのが大体13から17くらいまでだ。
この間は、面の良い女に泣きつかれると断るとか無理になる。
つまり、今の俺の状況だ。
「分かったから。泣くなって。一緒に行ってやるから」
女に気を取られた人生が堕落に満ちた経験がある。
まだそんなに女慣れしてなかった二度目の人生。
魔術集めに旅をしていた頃、ある女に惚れて、普通に振られて、別の女でその寂しさを紛らわせてってのを繰り返した時期がある。
その時は魔術集めって本題が全く進展しなかった。
だから、基本的に女に構うのはやめておこう、というのが俺の人生設計……だったはずだ。
「ほんどぉぉ? 嫌いになっでな゛い゛ぃ゛!?」
「なってないなってない。だから泣かんでくれって」
つうかこいつは何なんだ。
学校での交友関係なんて必要最低限しかない俺に急に寄ってきたエルフ。
通ってるのは貴族がほとんどのこの学校で俺なんかに構う奴は少ないはずなんだがな。
「うぅ、街にできたチョコレイトってお菓子、一緒に食べに行ってくれたら許すわ」
「え? なんで俺が……」
「やっぱり嫌いになったんだぁぁぁああああ!」
「あぁ、うるせぇなぁ! 行ってやるから泣き止めって!」
「泣き止んだ。約束ね」
スンとしやがって、今のはウソ泣きだな?
「迷宮行った後な」
「えぇ、それでいいわよ」
「あ、そうだ。リアとリファ、どっちがいい?」
「え? なにそれ」
「お前の名前長いからさ」
「ふーん。まぁお前って呼ばれるよりはマシね。好きな方でいいわよ」
「じゃあリアで」
こいつに絡まれ始めたのは四日ほど前からだ。
それから毎日こうして門の前で待ってる。それから毎日こうして仕方なく同行させられる訳だ。
昔からあった洞窟に魔術を掛けることで構築された迷宮に入る。
薄暗いが『発光石』が岩壁に混ざってるから見えない訳じゃない。
だが、しっかり目を凝らさないと相手の動きを追えなくなる時はある。
レッドウルフという赤毛の狼を相手取りながら、俺は直剣を振るう。
あの時の師匠の剣の思い出す。
【終奥・龍太刀】というあの技は未だ再現できていない。
身体の動かし方はあっているはずだが魔力の流し方が上手くいかない。
というか自分の身体を魔力がどう流れているのかがよく分からない。
視覚で捉えた師匠の魔力の流れを、感覚でしか分からない俺の魔力で再現するのは結構難しい。
「お前、本当に無駄に強いわよね」
「どうも。けどお前はお前って呼ぶのな」
「だってお前の名前知らないもの」
レッドウルフを倒した俺にタオルを投げながら、リアはつまらなそうに俺を見ている。
「ネルだ。俺の名前」
どういう原理か定かではないが、俺は五度の転生の全てで同じ名前を親から授かっている。
「ネル……へぇ、人間は名前が短いのね」
「呼びやすくていいだろ。リアスティーゼ」
「リアファエスね。次間違えたら殴るから」
そう言って腰に差したレイピアをカチャリと揺らすリアの目はマジだった。
リア以外の名前を言うのはやめよう。
「はぁ……どうして毎日迷宮に入るの? お前くらいよ、休みの日以外毎日迷宮に来てる奴なんて」
「強くなりたいから」
「もう結構強いじゃない。特待生の名に恥じず、同学年じゃ剣術の成績は一位とか二位とかでしょ?」
それは前世の五年の修行というアドバンテージがあるからだ。
俺は器用な方じゃない。一つの技術を磨くのにも時間が掛かる。
だから時間を無駄にできない。
剣聖の下で五年学んだアドバンテージがあって、常に学年一位でもなければ学園一位にはなったこともない。
それが俺の剣術の練度だ。情けないったらない。
「朝だって毎日素振りしてるらしいじゃない」
「なんで知ってるんだ? 俺が住んでるの男子寮だぞ」
「風の噂で聞いたのよ。エルフは耳がいいの」
「へぇ」
「ねぇ、なんでそんなに頑張るの? 人間なんて短命種、どれだけ頑張ったってエルフみたいな長命種に及ぶ技巧は身に付けられないでしょ」
「上から目線でどうも」
「嫌味なのは分かってるわよ。でも事実でしょ?」
確かに何百年もの時を生きるお前たちは、個人的な技能の強度を比べれば人間より圧倒的に強いのだろう。
エルフの魔術師は人間の魔術師より強い。
エルフの剣士は人間の剣士より強い。
技術者も料理人も商人ですら、長命種には圧倒的なアドバンテージがある。
知っているさ。
だから俺は転生なんて魔術を開発したのだから。
だがな、俺は五度の人生で確信したんだ。
「寿命が短いとな、お前等にはどうでもいいようなことに命を懸けなくちゃならなくなるんだよ。命を懸けてやる練磨は、そうではない全ての修行の上を行く。俺はそう信じてるよ」
きっとだから、俺は寿命を延ばす魔術ではなく『転生』の魔術を選んだんだ。
「よく分からないわ」
「だろうな。俺もお前に聞きたかったんだけど、なんで魔術師をやめたんだ?」
俺がそう聞くと、睨むような視線が俺に刺さる。
「…………なんで、分かったのよ?」
魔力を見れば一目瞭然……なんて言うと面倒なことになりそうだな。
「所作が魔術師っぽかったから」
「何よそれ……でもアタリ。お前は魔術師と剣士ってどっちが強いと思う?」
「そりゃ色々状況によるだろ」
例えば剣士一人と魔術師一人のタッグと、剣士二人のタッグが戦えば多分前者が勝つ。
それに集団の規模が増えれば増えるほど、剣士よりも魔術師の方が大きな被害を与えることができる。
「一対一で戦ったら?」
「力量が同じくらいなら九割剣士が勝つな」
「なんで?」
「剣士は魔術の避け方を知っている。だけど、魔術師は剣術の凌ぎ方を知らない」
魔術師に求められるのは殲滅能力だ。
相手を沢山倒す方法と言い換えてもいい。
対して剣士に求められるのは対応力だ。
目の前の相手に負けない力とも言える。
要するに用途が違う。
無論卓越した存在であれば双方の弱点を克服している場合も多いが、学生レベルじゃそんな奴は殆どいないだろう。
「だからよ。一人で強いのは剣士だから、私は剣士になることにした」
「それは違うだろ」
「何が違うって言うの? 貴方だって剣士の方が勝つって言ったじゃない」
「魔術師と剣士が戦ったら有利なのは剣士だ。けどどう考えたって、一番強いのは両方極めた奴だよ」
「そんな理想論……」
「ま、確かにそうだな。そろそろチョコ食いに行くか?」
「……そうね」
迷宮に潜る時間は放課後の一時間と決めている。
普通の授業や修練をした後だから、あまり時間を長く取ると思わぬことで足をすくわれかねない。
俺はリアを連れて商店街の方へ足を延ばした。
寮に住む俺が街に行くことはあまりない。
だから少し新鮮だ。
それに横に美人連れてるってのも……いかんいかん。
「おいしっ! ん~~~」
糖質か……いや、これくらいならいいか……
剣術は肉体作りから始まる。それは師匠の言葉だ。
堕落してるな、俺も……
「ちょっとお花摘みに行ってくるわね」
「はいよ」
はぁ……もうちょっとブスだったらなぁ……
「よぉ特待生……」
対面のリアが座っていた席に一人の男が腰を下ろす。
金髪ロン毛の……こいつもエルフだ……
「なんだよ?」
「いや、騙されかけてるお前に良いことを教えてやろうと思ってな」
「リアのことか?」
同じエルフが相手で、リアと一緒に居る時に声を掛けられて、それくらい察せないほど馬鹿じゃない。
俺の問いに男は気味の悪い笑みを浮かべて語り始めた。
「あいつはな俺たちの里の族長候補なんだよ」
エルフは人間と違って国を持たない。
生殖能力が弱く、そんな規模に発展できるほどの数が居ないからだ。
そんな彼等は集落に集まって生活している。
族長ってのはそこの長のことで、実質的な王様だ。
俺が住む国の国王も、その集落と交易を行い留学生を受け入れ、族長とは懇意にしているだとか新聞で見たことがある。
「俺たちの族長はもう歳でな。多分あと百年以内に死ぬ。だからそろそろ次の族長候補たちが次期族長の座を狙って勢力拡大に動いてる訳」
随分と気長な種族だな。
百年後の跡目争いをもうやってるのか。
「リアもその候補の一人か……」
エルフの中では貴族みたいなものなんだろう。
だから俺と同じ学校にも普通に通えてる訳か。
「あぁそうだ。伝統的な風系魔術家の当主だからな。だがあいつはもう既にほぼ負けてる状態にある」
「なんで?」
「騎士が死んだのさ。風系魔術の一族を主と仰ぐ剣術一族の従者。それがセットだったからあいつ等は強くて権力を持ってた。けど片方だと、どうなるか分かるだろ?」
まさか個人的な力量で次の長を決めるのか?
いや、エルフは長寿の種族。
だからこそ人間個人など及びもしない技能を持っている。
それを重視して王を決めるってのは寧ろ自然なのか?
そしてリアが魔術師をやめて剣士を目指す理由もそれか……
くだらねぇ。
「まぁ話はだいたい分かったよ。それでお前は俺に何をして欲しいんだ?」
「あいつは君の学校で騎士を探してる。強い騎士だ。例えば特待生とかね」
百年以内に長老が死ぬ。
ってことは人間でも寿命を持たせられる可能性がある。
無理でも五十年ほどは現役の剣士として発言権の強化に繋げられる。そんなところか……
「けどあれはもう泥船だ。敵も多い。だから協力なんてやめた方がいい」
「別に、俺はあいつの騎士になったりしない。これでいいか?」
こいつは多分別の候補者の仲間ってところだろう。
リアが騎士を見つけて復権すると困るから俺に釘を刺しにきた訳だ。
「あぁ、それを聞けてよかったよ。けどそれだけじゃダメだ」
「あ?」
「もうあの女と迷宮に行かないでくれ」
俺が答えるのを待つことなく、一方的にこいつは言った。
「もし君が共に迷宮に行くのなら、こちらは相応の対処をしなければいけなくなってしまうから」
そう言って男は席を立ち、店を出て行った。
「どうしたのネル? 怖い顔して」
「いや別に……長かったな? おっきい方か?」
「セクハラすんな」
俺の脳天をチョップしながら席に座ったリアは、笑顔を浮かべてチョコを使ったスイーツを頬張り始める。
「こんなに甘いの初めて~!」
呑気な奴。
「ねぇ、明日も一緒に行ってくれる?」
可愛い笑顔を浮かべてそんな問いをされてしまえば、俺に返せる答えは一つしかなかった。
◆
「忠告はしたはずだがな……」
あの時の男と、横に別のエルフの男が二人。
エルフって美形だよなぁ。美形過ぎて顔の違いわかんないや。
翌日、俺は普通にリアと迷宮に入った。
その次の日も。
そして今日、チョコを食べに行った日の三日後。
こいつ等は、迷宮に居た俺たちの前に現れた。
「で、どうするんだ?」
「悪いがお前には死んで貰う」
「あんたたちふざけないでよ。こんなこと長老が許す訳……!」
「長老に知られればな」
「は?私が報告しないとでも思ってるの!?」
「違うだろリア。こいつ等の狙いは最初からお前の命だ」
男どもが笑みを浮かべ、リアの表情が凍り付く。
「邪魔な芽は確実に摘む。それが我等の主が意向である」
二人のエルフが真剣を抜き、くっちゃべってたリーダーみたいな奴が杖を構える。
剣士が二人に魔術師が一人か。
「エルフと殺し合うのは初めてだよ」
やっぱり命のやり取りがないとな。
日々の修練も重要だとは思う。
けれど、その修練を実戦で発揮できるようになるには、やはり実戦を沢山経験するしかないんだ。
この迷宮に現れる魔獣もずっと前からそこまで苦労せずに倒せる相手に成り下がっていた。
けどそんな余裕のある戦いじゃダメなんだ。
今でも前世でオーガロードと戦った時の記憶は頭から離れない。
それほどの体験だった。それほどの経験だった。それほどの成長だった。
「お前たちは俺をどれだけ強くしてくれる?」
俺も直剣を抜く。
だが俺の剣術の腕だけでは、この三人を倒せるほどの力量じゃない。
魔術を解禁する。これは殺し合いだ。
「訳の分からないことを。行けお前たち!」
その声に呼応して剣士二人が突っ込んでくる。
「――付与【溶鉄】」
俺の剣の刀身がマグマのような色合いへと変化する。
その剣を持ってしてエルフの剣と打ち合えば、その圧倒的な温度によって敵の剣が溶けて切れる。
「はっ?」
そう驚いた次の瞬間には、俺の剣がエルフの首を断ち切っていた。
頭がボールのように宙を舞う。
高温の剣によって切断面を焼かれたことで、鮮血が舞うことはなかった。
刎ねた首に見入っていたもう一人の剣士の懐へ一瞬で潜り込む。
縮地。体内の魔力を一部分に集め爆発させ、それを推進力として移動する体術である。
「はやっ……!?」
その両膝を切断。
倒れた背より心臓目掛けて刀を突き刺し、殺す。
「さて、後はお前一人だな」
「なんだ……お前……なんなんだお前ェェェェ!!!!」
発狂しながら放ってくる炎の球を前面展開した魔力障壁で防ぐ。
後ろにはリアもいるから避ける訳にはいかない。
「クソ、クソクソクソクソ!」
最後に少し威力の高い火球が防がれたのを確認した最後のエルフは、背中を見せて走り去って行く。
「もう終わりかよ」
指に火を灯す。
あいつの使っている火球と同じ魔術だ。
しかし、その稚拙な精度と同じにしてくれるなよ。
指を回して投げるように放ったその火球は、弧を描き、その頭に命中した。
防御どころか、こちらを全く見もせずに一心不乱に逃げていたエルフは頭を吹っ飛ばして死んだ。
「終わったぞリア」
何故か俺を見ながらまだ表情を凍らせるリアにそう声を掛ける。
しかし、リアは自分の身体を抱き締めて腰を抜かした。
「大丈夫か?」
「大丈夫……だけど、殺したの?」
「あぁ、見ての通りだ」
「そう。いや、うん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。寮の近くまで送ってくよ」
「ありがとう」
エルフを土に埋めた後、震えながら腕に抱き着いたリアを女子寮の前まで送った。
◆
エルフの死体を土に埋めた翌日。
俺とリアは相も変わらず迷宮に入っていた。
「へぇ、それじゃあリアが狙われてる理由はその目も関係してるのか」
「そうよ。私の【精霊眼】は魔力の流れを見れるの」
ちなみに俺もそれとほぼ同じことができる。
しかし、自分の魔力の流れは良く見えない。
鏡の前に立っても魔力は光じゃないから反射しないしな。
だが待てよ……それなら……
「リア、俺の魔力の流れを見てくれないか?」
「いいけど、なんで?」
「修めたい技があるんだ。けどどうにもうまくいかなくてな」
そう言いながらあの時の師匠の動きと魔力を思い出して剣を振る。
上段に剣を振り上げ、体内で魔力を渦巻のように動かす。
そのまま回転の力を腕から剣に伝え、前に放つ。
パン、と破裂音がして俺の前方に旋風が巻き起こった。
「どうだ?」
「何……今の……?」
「終奥・龍太刀。剣聖の奥義だよ。これを習得するのが俺の目標なんだ」
「習得って、今のじゃだめなの?」
「あぁ、俺が見た本来のこの技と比べると全く別物だ」
あの時の師匠の技は、体内の魔力を龍のように操り剣に乗せていた。
だが俺はただ回転させた魔力を剣に乗せてるだけだ。
龍には程遠い。
そのイメージをリアに伝えて、俺の魔力のイメージをリアから聞いて、何がダメなのか一緒に探してもらう。
◆ そんなことをしながら一月が経った。
「お前が何の容赦もなく私を襲って来たエルフを斬り殺した時、正直怖いって思ったのよ。でもお前、私のそんな感情全然分かってなかったわよね」
俺の【龍太刀】はリアのお陰でかなり進歩した。
それでも完成はしていない。
「そうだったのか。悪い、全く察せなかった」
「いいわよ今更。ちょっとネジが飛んでるところがあるけどね、でも殺されかけたんだから、殺し返すのはそんなに不思議なことじゃないのよね」
「いや、俺にはそんな発想もなかった」
殺し合いをすることが、俺が一番経験を積める方法だと思った。
だから殺した。
本当にそれだけだった。
「リアは良い奴だな」
「臆病なだけよ」
「それでも俺はお前がそこそこ好きだよ」
「そこそこ? まぁいいわ。ねぇ、私の騎士になってくれない?」
それも悪くはないのかもしれない。
こいつの騎士をしながら剣術を磨く。
できなくはないだろう。
女に現を抜かして……それでも修行くらいできるだろ……
きっと。多分。
「騎士になってくれるなら毎日キスしてあげる」
「えっマジで!?」
顔を俺の目の前に近付けて、リアはそんなことを言ってくる。
俺が逃げないように手を握って。
やばい、顔が熱い。手汗かいてないよな……?
「リア、俺は……」
お前が好きだ。そう言おうとしたその瞬間――
「――【
呟くようなその詠唱。
振り向いたその先に水で形作られた青い龍が顕現し、俺たちに向かって大口を開けていた。
咄嗟にリアを抱き締め、俺とリアを包むように魔力障壁を展開する。
突撃と共に発生した津波に押されて魔力障壁に亀裂が走る。
「ケホッ……」
「リア、大丈夫か?」
「うん、ちょっと水飲んじゃっただけ」
水が流れていくと共に、その魔術を使った男の姿が露わになる。
水色の髪に尖った耳。
こいつもエルフかよ。
タクトのような魔術媒体を持ち、俺たちを見ながら笑みを浮かべている。
「まだ三百歳にも満たないエルフを倒したくらいで調子に乗らないでくれないか? 目ざわりなんだよ」
「誰だお前?」
「アルクス……ネル、あいつは私と同じ候補者よ」
「はぁ、なるほどね。ボス猿って訳か」
「猿は貴様等人間だろう。僕は長老になって人間なんて下等種族との交易なんて断絶してやらなければならないんだ」
「あっそ」
「その為ならなんだってしてやる。人間、今すぐに後ろの女を渡すなら生かしてやるぞ?」
「馬鹿言うな。それよりさっきの魔術、もう一回使ってくれよ?」
あぁ、頭が冷えた。
俺は一体何を考えていたのだろう。
俺は剣と魔を極めるのだ。
そのために転生したんだ。
これからもそのために転生し続ける。
あの龍の魔術を見た時に何かを感じたんだ。
龍太刀を俺のものにするための何かを……
剣を抜き、リアから離れる。
「さっさと見せろ。じゃねぇとその前に死んじまうぞ?」
「よかろう。では我が最大の魔術で死ぬがいい。【
圧倒的な質量によって形成された龍の魔術。
その魔力の流れに俺は魅入られていた。
あぁこれだ。これこそが龍太刀を完成させるための流れ。
「避けて!」
体感したい。
その思った瞬間には、俺は水に飲まれていた。
水の中で、溺れながら、流されながら、俺は魔力を感じていた。
龍を象るその魔術、魔力の流れを体感していた。
これだ。これを俺の身体の中で再現する。
それこそが龍太刀を完成させる方法。
「馬鹿な人間だ。まともに食らって生きていられる訳がない」
「ネル? ネル!? 起きてよネル!」
「来い。お前の目には価値がある。お前を薬漬けにして僕の嫁にする。そうすればお前の目は僕のものだ」
「いや、離して、やめて!」
そんな声が頭に響いている。
けれど体に全く力が入らない。
まるで死んでいるようだ。
けどまだだ。
まだ試せていない。
まだ完成していない。
魔力を練って、魔力を身体の中で蠢かせる。
廻れ。身体を回るんじゃない。魂の中を廻すのだ。
さながら輪廻の輪を辿るように。
あぁ、この感覚だ。間違いない。これこそが――
「ぁ――」
「ネル!?」
「人間、何故立てる?」
魔力が自然と動く。
身体が勝手に動く。
全細胞が告げている。ここであれを完成させろと。
「だが無駄だ。僕の魔術は水属性最強――行け【
魂を廻る魔力の流れを刀身にぶち込む。
すると、まるで龍のようにうねった魔力が刀身へ乗った。
目前には水の龍。
そしてクソったれのエルフ。
はっ。まとめて真っ二つだ。
「――【終奥・龍太刀】」
力は要らない。
流れるように放つその剣戟は、刀身の届かぬその先までも一閃する。
水の龍は頭から尾の先まで断絶し、その奥に居たエルフの男も……
「え?」
自分の顔を抑え、切れる身体を支えようとするその様は哀れ極まりない。
無論、そんなことは最高位の治癒魔術でも不可能で。
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だァァァァァァァ!!!!!!!」
悟った死を拒絶すように絶叫しながら、エルフは真っ二つになって死んだ。
そして、俺もその場に倒れる。
まともに受けた水龍の魔術が致命傷だった。
内臓も骨もボロボロだし、血も結構出てる。
四度の経験から悟る。こりゃ助からんな。
「ネル! ネル! ダメよ!」
リアのそんな悲痛な声を聴きながら、俺は絶命した。
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