転生コウモリちゃんは吸血姫になりました~領地を広げて死者(私)の楽園を作りますね!~

十一屋翠

第1話 ザコザココウモリ、ごちそうに出会う

 月夜の晩、空を埋め尽くさんばかりの大きな月の光に照らされ、キィキィと甲高い鳴き声が空に響く。

 そう、私の鳴き声だ。


 私はしがない吸血コウモリ。

 魔物ではあるものの、そのランクは自他ともに認める最下位のザコザコモンスターだ。

 なんなら魔物でもない大柄の肉食獣にすら捕食されかねない。

 

 私の仕事は森に入って来る人間を撃退することと、強い人間を見つけたら報告する事。

 それがご主人様に与えられた命令だ。

 私のご主人様、吸血コウモリである私を従えていることから分かると思うけど、そう吸血鬼って奴です。

 吸血鬼と言えば蝙蝠だからね。お約束だよね。

 黒い燕尾服とマントを羽織って美女の生き血を啜るあの吸血鬼だ。

 昨今だと吸血鬼にも色んな属性が付いてバリエーション豊富だけど、ご主人様は割とスタンダードな吸血鬼。

 でも先輩コウモリの話じゃかなり強い吸血鬼なんだって。

え? 何でただの吸血蝙蝠がそんなに吸血鬼のバリエーションについて詳しいんだって?


 それはね、私が地球で暮らしていた人間だったからだよ。

 そう、私は死んで異世界の魔物に転生したのだ。


 ◆


 前世の私の人生は散々だった。

 何人もの人から裏切られ、更に家族の死など自分ではどうしようもない事態に巻き込まれても周りは誰も助けてくれなかった。

 運が悪かったと言えばそれまでだけど、それほどまでに私の出会った人間達は酷い人達ばかりだった。

 私が不幸になった原因の人間、不幸になった私をこれ幸いと格下の存在になったからと踏みにじった人達、私が得られる筈だった援助を横取りした人達。

 人間の悪意をこれでもかと見せられ続けた私は、理由は忘れたけど死んでしまった。


 で、その結果異世界で雑魚モンスターに転生したって訳です。

 でも正直こっちの方が気分は楽なんだよね。

 魔物は人間みたいに仲間を陥れたり踏みにじったりしないし。

 弱肉強食の順序や餌の奪い合いはあるけど、それでも人間世界のねっとりした悪意はない。

 悪意を満たすために悪意をまき散らすような事はしないんだ。

 本当に獣の世界なんだよここは。

 ちゃんと仕事をしていればご主人様は公平だし、ご飯は弱い獣や弱った人間を襲えば食べれるから、人間の頃より本当に心が楽ちん。


「ん? この匂いは」


 と、私は血の匂いに気付く。

 蝙蝠の体は目は悪いけど匂いには敏感なのだ。

 何より、漂ってきた血の匂いは物凄く美味しそうだったのだ。これで気付けない訳がない。


「ご馳走の気配! すぐ行かないと!」


 こんなにいい匂いなんだ。他の先輩達もすぐに嗅ぎつけてくるはず!


 私は急いで匂いの元へと降り立つ。

 するとそこには一人の人間の姿があった。


「う、うう……」


 人間は傷だらけで、体中から血を流している。

 夜の森、しかも吸血鬼のお膝元である森に居るのに鎧を纏っていない。

 代わりに彼は大事そうに一本のうっすらと青く光る剣を抱えていた。


 人間の呼吸は浅く、このまま放っておけば死んでしまう程弱っているのが分かる。

 うん、これはチャンスだね! 武器を持った人間とかとても勝てないけど、瀕死の人間ならまず反撃は受けない!

 しかもこれだけ大きいのなら、多少血を流していたとしても私の小さな体には飲み切れない程のご馳走だ!

 先輩達が来たら絶対横取りされる。だから今のうちに吸えるだけ吸っておかないと!


「という訳でいっただっきまーす!」


 私は人間の首筋に勢いよく噛み付く。


「ぐっ!? なっ、吸血、コウモリ……!?」


 人間は驚いて私を引き剥がそうとする。

 けれど不思議な事にその腕は私に届くことなく地面に落ちた。

 あれ? もう死んじゃった?


「はぁ、まぁいいか。好きにしろよ」


 どうやら諦めただけらしい。


「アイツ等に殺されるくらいなら、お前に食い殺された方が遥かにマシだ。俺の血全部やるよ」


 ふむ、何か複雑な事情がある模様。

 でも私には関係ない! だってただの吸血コウモリだもんね!

 私はチューチューと人間の血を吸う。

 その血は今まで食べた事が無いくらい美味しくて、私は夢中で血を吸い続ける。

 

「美味しい! 凄く美味しい! こんな美味しい血は初めて!」


 まるで大盛りのステーキを食べているような圧倒的満足感! 全身に栄養が行き渡るのを感じるほどに。

 っていうかなんか血以外の味もする気がするんだけど、まぁ調味料と思えばいいか。


「美味しい美味しい!」


 私は夢中で血を吸い続ける。


「ああ、感覚が無くなって来た。俺、死ぬんだな……」


 人間が何か呟いてるけどゴメン、今血を吸うので忙しいから!


「俺が無くなる、無くなっていく。ああ、いいさ。全部やるよ。お前に。俺の全部、何もかも、やるよ……だからさ。代わりにアイツ等をお前が……」


「プハーッ!」


 夢中になって血を吸っていた私は、お腹いっぱいになったところでようやく牙が人間から離れる。


「美味しかったー! ご馳走様!」


 感謝を込めて人間にご馳走様をすると、目の前にはカラカラに干からびた人間の姿があった。


「うわっ、ミイラになってる!?」


 え? 嘘、私こんなに血を吸ったの!?

 いやいやいや、いくら何でもそれはない。だって私の体じゃこんな大量の血を吸うなんて無理だよ!?

 いつの間にか他の先輩コウモリ達がやってきて一緒になって血を吸ってたのかと思ったけれど、私以外の吸血コウモリの姿は見えない。


「ホントに私一人で吸い切っちゃったの?」


 自分自身のまさかの食いしん坊ぶりに驚いていると、突然体が熱くなるのを感じた。


「な、何これ!?」


 体の中で何かが暴れるのを感じる。


「え? え? え?」


 それは私の体の中で暴れ続け、外へと飛び出そうとする。


「も、もしかして映画のアレみたいに何かヤバい生き物が私の体の中に寄生したの!?」


 ヤバイヤバイヤバイ! 折角美味しい血をお腹一杯食べたばっかりなのに、もう死んじゃうの!?

 私の体内では更に激しく何かが暴れまわり、とても立っていられなくなる。


「や、やだ。やだ。やだぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そして何かが私の中から弾けた。


 ああ、また死んじゃった。

 でも今回は物凄いご馳走をお腹一杯食べたあとだから、前世よりはマシ、なのかな?


「…………」


 こうして私の二度目の人生は終わりを告げたのだった。


「ホッホー」


「ジジジジジ」


 ガサガサ……

 サァ……


 フクロウの鳴き声が聞こえ、虫が鳴く。

 獣が動いたことによる草木の音、森木々の間を抜ける風の音。

 なにより地面の固さ。


「ってまだ死なないの!?」


 いつになったら死ぬのかと私はガバッと起きる。

するとザァと私の手の上に白色の何かが降り注いだ。


「何これ……糸? じゃない。髪の毛?」


 物凄く長い毛だ。

 でもおかしいな。私が血を吸った人間の髪の毛は真っ赤だった。それに短かかった。

 こんな地面に着く程長い白髪じゃなかった筈。

もしかしてこの人間を追いかけて来た人間!?

慌てて私は上を向くと、そこに見えるのは大きな月とその周囲で輝く星々のみ。


「あれ? 誰もいない」


 周囲を見回しても人間の姿はない。人間以外の姿も無い。


「あれぇ?」


 首をかしげるとさらりとした感触が体に触れる。


「あれ?」


 見ればさっきの白髪だ。

 私は髪の端から伝って根元を探す。

 すると髪の毛を伝っていた手は私の体に触れた。


「あ、あれ?」


 何で私に?

 私は混乱する。だって私はただの吸血コウモリだよ? こんな長い白髪は生えていなかった。

というかこんな長い毛が生えていたら、それはもう吸血コウモリじゃなくて別の生き物だよ!?

 私は自分の体をペタペタと触って自分に何が起きたのかを確認する。


 顔、普通の顔!

 鼻、口、耳……ちょっととんがってる!


「体は……胸は前世より小さ、いやつつましやかになってる。腕はかなり白い? 足はうわふともも細っ! っ! 腰! 腰細い! すっごい細い!」


 わたしの腰は物凄く細くなっていた。前世のわた……コホン、前世の私と同じくらいだね!

 足も細いなぁ。

 全体的に私の体は細かった。そして肌は凄く白い。

 髪の毛は長くフワフワな白髪。

 これはもしかして顔も物凄い可愛くなってたりしないだろうか? していて欲しいなぁ。


「っていうか、あれ? 私吸血コウモリだったよね? 何で人間の体になってるの!?」


 そう、今更ながらに、私は自分が人間の姿に戻っていたことに気付いたのだった。


「何が起きてるのー!?」

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