(仮)PARADOX RISING 〜ドS御坊ちゃまラッパーが切り開くダンジョン攻略の覇道〜

登美川ステファニイ

習作

 虫けらどもめ!

 この僕に楯突くとはいい度胸だ。すぐにその身の程を思い知らせてやる。現れた一〇体ほどのゴブリン、リザードマンの混成部隊を睨めつけ、僕はレイピアを抜き放ち胸の前で構えた。

 ゴブリンと僕の間にはクランの連中がいて、リーダーのアランが指示を飛ばす。

「敵の数が多い! 俺とザンで防御陣形だ! シラオンは中衛! マオイ、敵集団の中央に攻撃!」

 そう言い、アランが盾を構えながら前に出る。アランはリーダーで、前衛の剣士。火のように赤い髪と瞳をしていて、その性格も少し激しやすい。それは欠点でもあるが、戦闘においては怯むことなく前に出て、素早い身ごなしで敵を撹乱する。

「はい、ここは通しません!」

 返事をしてアランの隣に立つのがザン。同じく前衛で、こちらは重装兵だ。武器は持たず、頑丈なガントレットで殴るのが戦闘スタイルだ。タンクの役割を受け持っており、魔力集中によりモンスターのヘイトを高めて攻撃を引き付け、近寄る敵をカウンター気味に殴り倒していく。強靭な体と比類なき腕力を持つ戦士だ。

「無理はしないように、二人共」

 その後ろ、中衛として守りを固めるのが魔法剣士のシラオン。クランでは一番の長身で、冷静な判断力と戦術眼を持つ。眼鏡越しの青い瞳がゴブリン達を油断なく見つめている。手にした細身の剣は自身の魔術により強化され、得意の氷魔法を帯びた一撃は格上のモンスターすら一撃で葬るほどの一撃を持つ。

「分かったよ、僕のステラをお見舞いする!」

 シラオンの後ろ、僕の少し前でマオイが銀色の杖を構え魔術詠唱を始める。マオイは後衛の魔術師で主に攻撃を担当している。光魔法を得意としており、自らの魔法をステラと呼ぶこだわりがある。範囲魔法で機先を制しアランたちの攻撃につなげるのがマオイの役割だ。

 付き合いはそれほど長くはないが四人とも腕の立つ連中で、僕の臣下に加えてやってもいいと常々思っている。だがこいつらはそれを無礼にも辞去している。信じがたいことだ。僕に跪く栄誉を棒に振るなど……。しかし、まあいい。物事の本質を理解できない愚か者というのはどこにでもいる。時間をかけて教え込んでいくしかないだろう。

「よし。では次は僕が……」

 僕はレイピアの切っ先を前に向け、マオイの隣に立つ。

 当然知っているとは思うが、念の為名乗ってやろう。僕の名はイル・ダカン。偉大なる帝王、輝きの覇者、我が道を進む唯一の王、イル・エンペラー。それが僕だ。

 何、具体的に何なのか全然わからない? 度し難い愚か者だな、貴様は。貴様のような愚昧な輩のために時間を費やすのは時間の無駄というものだ。だが僕は寛大だ。慈悲深いと言ってもいい。脳みその代わりにプディングが詰まっているであろうお前のために少し時間を割いてやるのもやぶさかではない。

 だが今は戦闘中だ。僕の偉大さを知るには、やはりその実力を見るのが一番だろう。僕のスキルに、貴様は驚嘆し、そしてひれ伏す。

 息を吸い、唇に力を込める。体内の魔力を肺に集め、喉に通す。僕の声が、道を切り開く。

「やめろ、馬鹿! お前は黙ってそこで見てろ、イル!」

「――何だと?!」

 アランの怒声に僕は虚をつかれる。馬鹿、だと? この僕に向かってそんな言葉を使うなど、万死に値する!

 アランを罵倒しようとしたと同時に、すぐ隣で強烈な光が起きる。マオイの杖の紫の魔法石が光り、頭上にいくつもの光球が生じていた。目もくらむような明るさに、僕は思わず目を細める。そしてマオイの詠唱が終わりに近づく。

「……君の夢守るため、僕は歌うよ。星空を掴んで君に届けたい、ほら、こんな風に!」

 かなりアレンジされた独特な詠唱。しかしその威力にはなんら損するところはない。強大な殺傷力を秘めた光球、マオイが言うところのステラが敵に向かって降り注いでいく。

 ステラはゴブリン達の群れの中心で激しい閃光を炸裂させた。高熱と衝撃波をまともに喰らい、モンスターたちは吹き飛び、転倒する。小癪にも盾で身を守る者もいるが聖なるエネルギーを免れることはできない。態勢が崩れている。勝機だ!

「今度こそ僕の番だな……!」

 さっきはアランに邪魔をされたが、そのアランはリザードマンに剣で打ち掛かっていた。力ではリザードマンに勝てないが、その差を手数の多さで補う。相手の攻撃を防ぎつつ、防具の隙間を狙い確実に弱らせていく。ザンもモンスターの半数を引き付け、頑健な鎧で耐えつつ強烈な拳の一撃でモンスターを押し戻していく。その少し後ろではシラオンが長剣を振るい、時に魔術を行使して二人を援護する。マオイは次の魔術に備え力を溜めている。

 我がクランの基本の戦い方。定石通りの手堅い戦術だ。だがそれだけでは足りない。僕のクランであるならばもっと圧倒的に勝たねばならない。この程度の手勢など圧倒しなければならない。そして僕の力は、そのためにある。

「イ、イル様……手出しはしないほうが……」

 背後からの声に僕は振り返り、声の主を睨みつける。ジョンソン。吟遊詩人で後衛、元魔術師で回復の魔術も使える男だ。そして僕の執事でもある。手にしているのは木製の杖だが、上半分に弦と太鼓の皮を張った特別製で、魔術を使うだけでなく曲を奏でる事もできる。背が高く体格もいいが恐ろしく気が弱く、今も僕の視線に怯えるように身を縮こまらせている。

 みっともない。もっと僕の執事にふさわしい態度を取れと常々言っているが、この男の態度はなかなか変わらない。そのくせ僕のやることにいちいち口出しをしてくる。全く、腹が立つ。

「ジョンソン、僕に口出しするなと言ったぞ! それに奴らが戦っているのだ。僕がここで見ているだけというわけには行かない。僕には奴らを導く責任がある。お前は黙ってトラックを奏でろ! さあ、始めろ!」

「しかし……はい……かしこまりました」

 ジョンソンはアラン達を見て迷っているような顔を見せたが、観念したように杖の弦を指で弾き、皮を指で打ち拍子を取り始める。

「ちょ、ちょっと! 二人共駄目だって!」

 ぎょっとしたようにマオイが言う。だが僕はそれを無視して始める。

 己の道を進む。それがヒップホップであり、僕はその体現者、ラッパーなのだから。


虫けらが寄るな 僕の前に立つな

膝付きひれ伏す それがお前の末路

高貴な血の色 思い知らす痛みを

降り注ぐ光が僕の道を照らす


 リリックに乗せた魔力が周囲に広がり、僕のイメージ、緑色の風となってゴブリン共に吹き寄せる。

「グゲエッ!」

 ゴブリンが汚い悲鳴を上げる。それは絡みつき、その身を縛る。緑色の帯は茨のように食い込んで血をにじませ、動きを拘束し締め上げる。アラン達を攻撃するどころではなく、ゴブリンたちは苦しみに悶え始める。

 いいぞ。これが僕の力だ! 転生の女神より与えられし唯一無二のスキル、ラッパー。僕だけの力だ! トラックに乗せ、僕はリリックを続ける。


名も無き花が 断りなく咲くな

無惨に舞い散り 引くことになる幕を

諦めてそこにいろ 知れ身の程を

我が名を刻み僕の礎となれ


「ぐああ!」

 アランが情けのない声を上げた。動かなくなったゴブリンたちに攻撃を加えていたが、動きを止めて膝をついている。アランだけでない。ザンも、シオランも、マオイも。その体には僕のラップの力、緑色の茨がモンスターたちと同じように絡みついていた。またか……。こいつらには学習がないのか? あれほど僕に身を委ねろと言ったのに。

「や、やめて、イル……」

 マオイが苦しそうに言う。杖を支えに立っているが、今にも倒れてしまいそうだった。僕の強すぎる力に呑まれてしまっているのだ。僕が偉大過ぎる故に……。

「ジョンソン様、このくらいでよろしいのでは……」

 弦を爪弾く指は止めずジョンソンが言う。こいつにも僕のリリックの茨は絡みついているが、悪い作用は受けていない。僕に忠誠を誓い家臣となっているからだ。だが他の連中のことを慮ってやめようとしている。まだ躾が足りないようだった。

「僕に間違いはない! 見ろ、あの雑魚どもを! 僕の力を前に地にひれ伏している! とどめを刺すぞ!」

 僕はレイピアを掲げ、更に強く歌い上げる。


終わりだ愚かな物語

今から始まる確実に

僕の歩む覇道 鳴り響く鐘楼

世界を変える この歌と誇りで

Ruling is my birthright

見せてやろう この先にある未来

Ruling is my birthright

見せてやろう 切り開かれる時代


 緑の颶風が戦場を駆け抜けた。絡みつく茨が炸裂し、モンスターたちに打撃を与える。アラン達にはその炸裂は起こらないが、茨が消え去ったあとも消耗した様子でふらついている。

「くそ……またやりやがったな、イル……!」

 アランが力のない声で言う。立っているだけでやっとという様子だった。

「当たり前だ。僕が戦場に立つということは、僕がこの戦場を支配するということだ。見ろ、僕の力を」

 レイピアで僕が指し示す先にはモンスターの躯が転がっている。ゴブリンたちは事切れ、屍となって哀れな姿をさらしていた。僕のリリックを受け倒れたのだ。

「その力のせいで俺達まで死ぬところだっただろうが! 何考えてるんだ、お前は!」

「何度も説明したはずだぞ? 理解しがたいほどの愚か者だな。僕に身を委ね跪けと言った……受け入れる心があれば、僕の茨はお前たち愚民に力を与える。こいつがそうであるようにな」

 僕は顎でジョンソンを指し示す。ジョンソンは恐縮したように小さく頭を下げる。

「ジョンソンさんも何で止めないんですか! そんな奴その杖でぶん殴って止めてくださいよ!」

「私にはそんな、とても恐れ多い……」

 アランの言葉にジョンソンは怯えたように俯く。分かっていないな、アラン。こいつは僕の家臣だ。逆らうことはできない。

「ま、まあ……終わり良ければ全て良し、かな……?」

 シラオンは疲れた顔にほほ笑みを浮かべ言う。ザンとマオイは何かを言う元気も無いようだった。僕の力に当てられたとは言えだらしのないことだ。もっとも、それだけ僕の力が優れているということでもあるが。

 僕はレイピアを鞘に納め言う。

「先は長い。こんなダンジョンの一階でまごまごしていられないぞ。さっさとそのゴブリンたちから素材を回収して先に進め」

「進めだ? こんな調子で先に進んだら死んじゃうだろうが! やっぱりお前は連れてくるべきじゃなかった!」

「僕に意見する気か? なんという愚物……! 父様の会社に雇われている分際で僕に意見するなど一〇年、いや、一〇〇年早い!」

「社長の息子じゃなかったらお前なんかボコボコにしてやる! 一〇〇年早いのはお前だぞ、チビ!」

「……貴様っ! そこに直れ! この僕を侮辱するなどっ……!」

「おーおー上等じゃねえか! こうなったらどっちが上か分からせてやる!」

 アランが腰から剣を取り外し、盾と一緒に地面に放り投げる。僕は左手の手袋を外してアランのアホ面に投げつけてやった。

「決闘だ! お前など首にしてやる!」

「やってみろチビ!」

 掴みかからんばかりの勢いでアランが走り寄るが、それをザンが止めに入る。僕の方にもシラオンが来て、僕の行く道を塞ぐ。背の高いシラオンに前に立たれると何も見えなくなるので苛々する。

「止めるなよザン! こいつはいっぺん分からせてやらないと……!」

「どけ、シラオン! お前まで僕に楯突くつもりか?」

 押し問答する僕とアランをよそに、マオイの独り言のような声が聞こえた。

「あれ? 動いてる……?」

 僕は振り返りマオイを見ると、マオイは少し横に身を乗り出すようにして前方を見ていた。僕もシラオンの横から顔を出し様子を窺う。

「あ」

 見えたのはこちらに走ってくるリザードマンだった。全員倒れたと思っていたが、まだ生きている者がいたらしい。迂闊だった。アランたちがしっかり確認しないからだ。

 しかもそのリザードマンはでかかった。確かに群れの中に一体頭抜けて大きな個体がいたような気もするが、どうやらそれらしい。顔の様子もトカゲと言うよりワニに近く、より耐久力の高いアリゲーターマンだったようだ。それが巨大な棍棒を持って走ってきている。

「おい、アラン」

「あ?! なんだ、チビ!」

 僕の忠告に耳をかそうとせず、アランはまた僕を侮辱した。その頃にはザンもシラオンもアリゲーターマンに気づいていたが、アランだけは背を向けて僕に間抜け面を見せている。

「アラン、後ろ――」

 マオイが声を上げ、アランが咄嗟に振り返る。しかし遅い。放り投げた剣と盾はザンが拾っていたが、それを構える暇はなかった。アリゲーターマンの棍棒が真横から振り抜かれ、アランの体に激突する。

 声もなくアランの体がすっ飛んでいく。僕達はそれを見上げ視線で追った。ざっと五ターフ九メートルは飛んだろうか。きれいな放物線を描いて地上に落下して鈍い音を立てた。

「いかん、逃げるぞ! ザン、君はアランを! 私がこいつを引き付ける!」

「はい、分かりました!」

 ザンがアランに向かって走り、マオイもその後を追う。

「では僕も……」

「イル様もこちらへ」

「お、おい……! 僕に触れるな! くそ、何をする、離せ!」

 ジョンソンが無礼にも僕の体を方に担ぎ上げ丸太のように運んでいく。残されたシラオンはアリゲーターマンと戦っているが、氷結魔術で足止めして僕達の後を追ってくる。

「くそ! 降ろせジョンソン!」

「いけません。ここは撤退を」

 僕の命令を無視するどころか逆らうなど言語道断だ。それに、あの程度のアリゲーターマン、もう一度僕のリリックを受ければ今度こそ倒せる。

 だがまあ、いいだろう。アランがやられた時点でクランとしては成立していない。前衛が欠ければ基本戦術が成り立たず、そうなれば危険な戦いを強いられることになる。今日は飽くまで腕試しで、そこまでのリスクを負う必要のある戦いではない。

「僕の覇道はまだ始まったばかり……待っていろよ、パラドックスダンジョン。お前を制覇するのはこの僕だ……」

 僕の覇道。それはラップで世界を切り開くこと。そしてあのパラドックスダンジョンに挑み制覇すること。それが異世界に転生した僕の運命だ。僕はジョンソンの肩の上で激しく揺さぶられながら、まだ見ぬパラドックスダンジョンに思いを馳せた。

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