第5話 再現

「あぶな――」


 向かいのビルの窓から網戸が落ち、下にいる社員の頭に直撃した。

 一緒にいた社員は悲鳴を上げ周囲の人も慌ただしく動いているのが見える。

 俺は何もできずその場にしゃがみ込むと恭介が「おいどうした守衛まもる!」と何事かと近づいて来るが、窓の外の騒ぎを見て「まさかまた⁉」と驚いたように俺を医務室に運んでくれた。


 なんだよ、どうしてまた目の前で事故が起こるんだよ。

 俺が何をしたっていうんだ……もう許してくれよ、頼むから。

 この日も仕事にならずに定時で家に帰るが、やはり眠るのが嫌でずっとゲームをしていた。

 だが深夜一時を過ぎた頃に限界を迎えてしまい、俺は寝落ちしてしまった。


「は! ダメだ寝ちゃ!」


 慌てて起き上がるが嫌な景色が目に入る。

 安宿のベッドの上で、ベッド脇には新しく買った革鎧と鋼の剣が置いてあった。

 

「寝ちゃったのか、俺……どうしよう」


 ベッドの上で少し悩んでいたが、困った事に全く眠くないため再び寝る事も出来ず、かといって冒険に行くのも怖い。


「あそっか、別に街の外に行かなきゃいいんだ。街の中なら外程危険な事は無いんじゃ……でも夢を見なくても事故が起きたって事は、俺が見てなくても事故が発生するって事なのかな」


 WCOの世界で事故なんて日常茶飯事だ。

 必ずどこかでプレイヤーは死んでいる。

 一時間以上ベッドの上で悩んだ結果、腹が減ったため朝食を取る事にした。

 宿屋の一階に降りるといい匂いがしてくる。

 WCOの世界の食事は意外と種類が豊富で、柔らかいパンとスープがテーブルに並んでおり、人が多い事から安宿ながら人気がある事がわかる。


 空いた席に座ると、店員が元気よくパンとスープをテーブルに置いていく。

 元気だな、俺はなんでこんな目に遭ってるんだろう、あ、スープ美味しい。

 食事をしていると周囲の会話が聞こえて来る。

「昨日のパーティーは失敗だったな」

「中堅パーティーがホッパーエイプにやられたらしいぞ」

「森の中で虫に食われた奴を見ちまった」

「死後数日たってる遺体を見つけたからギルドに報告した」


 この世界なら俺の悩みなんて大した事ない……?

 それもそうか、冒険に出れば常に危険と隣り合わせ、明日を迎えられる保証なんてどこにもないんだから。

「今日こそあいつらを見つけて助け出してやる!」

 そんな声が聞えた方を見ると、四人でパーティーを組んでいる冒険者だった。

 助け出す、か。

 俺は一体誰に助けてもらえるんだろうな。

 ……助ける? 事故が起きる前に助ければ……現実世界でも事故を無くすことが出来るのか?


 そう考えた俺は急いでギルドへ向かい、依頼書が貼られた掲示板を見る。

 森狼討伐、商人護衛、スライム討伐、薬草収集、たずね人、森林伐採、あまりこれといったものが無いな、ん、これだ!

 俺は受付で依頼を受け、急いで街を出た。

 今回は森や山ではなく湖がある方向へ向かう。


 随分と走ったけど疲れないな、体力があるのかな。

 街道から林に入り先へ進むと湖が見えて来る。

 直径一キロメートルほどの湖で、ここにはフライングゲーターが生息している。

 大きな魚だがワニの様な口をしており、湖のほとりに獲物を見つけると水中からジャンプして食らいついて来る。

 しかも陸上でも暫らく活動ができるため、大きさも相まってしぶとく湖に引きずり込もうとしてくる恐ろしい奴だ。


「こいつは倒すのにコツがあって、頑丈な網を立ててその後ろで待っていれば勝手に網に飛び込んでくれる。でも大きいから弱い網だと噛み千切るし、網の無い所から飛び出してくることもあるから注意が必要だ」


 そして俺は網を立てるのではなく周囲に冒険者がいないかよーく見回す。

 いた、結構離れているけど二人パーティーかな? 網を立てているのが見えた。

 静かに近づくと男二人のパーティーのようで、網を湖の近くに広げて立ててフライングゲーターが飛んでくるのを待っていた。

 網の太さは大丈夫そうだな、しばらく待っていると……小さな悲鳴と共にフライングゲーターが網に飛びついているのが見えた。

 突然飛んでくるからびっくりしたんだな。


 このままなら何事も無く取れそうだけど、なにせ相手はワニの様な口を持つ魚だ、油断をしたら指くらい簡単に噛み切られてしまう。

 といってるそばからさらに大きな悲鳴が上がり、見ると網から外すのに失敗して腕を噛まれている様だ。


「まずい!」


 俺は急いで飛び出すとL字型に曲がっている太めの木の棒を手に取りフライングゲーターの口に挟みこむ。

 腕は口の先の方で噛まれているから喉側に木の棒を押し込み、曲がっているのを利用して喉の奥へと木を押し込んでいく。

 喉の奥まで入るとフライングゲーターは口を開けて暴れだし木の棒を吐き出そうとするのだが俺は更に奥に押し込むと、フライングゲーターのエラから棒の先が出てきて動きが鈍くなり、少しすると動かなくなった。


「大丈夫か?」


「ああ、すまねぇ助かったぜ」


 腕からは血が出ているが、フライングゲーターが体をねじる事をしなかったため骨などには異常がないようだ。

 ただの傷ならポーションで治るだろう。

 ああ、もう一人がバッグからポーションを出して腕にかけている。

 助け……られた……のか?

 二人からお礼を言われ、二人はそのままフライングゲーター狩りを続ける様でその場に残った。

 俺は少し離れて様子を見てたけど、次は上手くいったようなのでその場を後にした。


「他にも冒険者は居たけど大丈夫そうだし、これでいい、のかな」


 不安なので街に戻る道中も周囲を注意していたが事故らしいものは起きなかった。

 そろそろ日が暮れる、今回はこれで終わりにしよう。

 安宿のベッドにもぐりこみ、不安と期待を胸に眠りについた。


 が鳴り響き、俺はイスに座ったままの姿勢で目が覚めた。

 今日は……大丈夫……だよな?

 イスから立ち上がろうとしたが足が痺れて転びそうになる。


「うわっ、くおおぉぉ、足……痺れて……動かん……昨日は……イスに座ったまま……寝落ちしたんだった」


 ひょこひょこと歩いて準備をして部屋を出る。

 あー、こんなに足が痺れたのって久しぶりかも。

 よし、今日こそは事故を目撃しても何とか防いで見せる!

 電車に揺られながら考え事をしている。

 フライングゲーターに噛まれるのをこっちで再現するとしたら相手はなに?

 犬? でも電車を降りたらオフィス街だし犬なんて見た事ないし、まさかワニが現れる事なんて無いよな? ワニ相手なんて流石にどうしようもないぞ。


 電車を降りてからも考えているが、最悪はワニ、大本命は犬と考える事にした。

 歩道を歩いていると工事をしているようで道幅が細くなっており、沢山いる歩行者は所狭しと細い道を進んでいく。

 なんの工事だろう、地面が掘り返されてるけど……ん? 小さめのショベルカーのアームの先が交換されてる、ああコンクリートなんかを粉砕するペンチというかニッパーというか、アレが付いていた。

 へぇ、あんな小型もあるんだ。


 そのまま通り過ぎようとする俺の頭に嫌な予感がよぎる。

 アレの砕く部分、フライングゲーターの口の長さと同じくらいじゃないか? いやいや流石にそれは無いだろ。

 ふとショベルカーの運転手を見ると、よそ見をして誰かと話をしており、工事の音がうるさいのか身を乗り出して聞き直している。

 その瞬間にショベルカーが旋回を始め歩道に粉砕機がはみ出た。


「まずい!」


 俺はとっさに歩道を戻ると粉砕機に当たりそうなサラリーマンは手に持ったカバンでガードしようとするが腕ごと粉砕機に挟まれ引きずられていく。


「少し我慢しろ!」


 サラリーマンの腕にしがみ付いて何とか粉砕機に挟まった腕を離すが、少し持ち上げられていたので地面に衝突するように落ちた。

 その際に工事範囲を囲っている単管パイプ腕をぶつけて負傷してしまった。


「あっ、あっ、あっ、ありがとうございます……」


「い、いえ。あ、腕は大丈夫ですか?」


「え? ああ、痛みますが大丈夫です。後で医者に行ってきます」


 騒ぎを見ていた工事の人達が大慌てで寄ってきてサラリーマンに平謝りしていた。

 同じような……状況になったな……な……でも……助けられた……な。

 俺は静かに拳を握りしめて空を見上げた。

 ……怖かった。クスン。

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