ハッピーニューイヤー

海湖水

ハッピーニューイヤー

 この神社の周りも変わったものだ。私が小学生の頃は、柏餅などの和菓子を売っていたりしたのだが、すでにシャッターが閉まっているものがほとんどだった。

 そんなことを言う私もあの頃とは大きく変わっている。身長は大きく伸び、趣味や好きな食べ物なんかもあの頃とは全く違う。

 都会に出てきてから、私は大きく変わったと思う。別に悪い変化ではない。たくさんの他人に触れて、私の心身が進化したと考えたら、まあ良いことだろう。


 「ベビーカステラ一つください」


 私は近くの屋台に並ぶと、1000円を差し出した。

 ベビーカステラ一袋で1000円。法外な値段のようだが、今日は年明け、1月1日。釣り糸に餌を付けずとも、数が多ければ針は引っかかる。しかも、年明けの初詣という味付けも加えられている。

 1000円で買ったベビーカステラ片手に、私は神社の方へと向かっていた。田舎の神社ではあるが、この地域にあまり神社がないこともあり、周辺から人々が沢山来る。もちろん、車は遠くの駐車場に停めねばならず、自転車も入って来れない。足が痛くなるのも風物詩だ。

 私は人混みに揉まれながら、都会での暮らしを思い出した。満員電車と違い、ストレスの溜まりにくい人混みに半ば押されるような形で、私は前へと進んでいく。

 一瞬、知り合いが見えた。私は、そこから目を逸らす。地元を離れてから、旧友たちとはあまり連絡を取っていなかった。正直、話すとなると気まずい。

 見えた知り合いも私のことには気づかず、私から離れていく。私のことが見えていなかったのか、それとも私と同じような心境だったのか、はたまた私のことを覚えていなかったのか。とにかく、危機は過ぎ去った。

 地元に帰ってきて初めて見た知り合いである。思っていたよりも、知り合いには出会わなかった。まあ、1月1日は混むと見越して、2日や3日に初詣に行く人も多い。多分その類がほとんどなのだろう。

 気づけば、手元のベビーカステラが既になくなっていた。早い、早すぎる。私の口はウサイン・ボルトか。

 私は袋をくしゃくしゃに丸めると近くのゴミ箱に押し込んだ。周囲にはゴミや空き缶が散らばっており、外であるにも関わらず、かつての散らかった私の部屋のことを想起させる。

 私は財布を取り出し、中身を確認した。まだクリスマスのバイトで得た金が残っている。私は再び、近くの屋台に並ぼうと、周囲を見渡した。

 ベビーカステラ、焼き鳥、りんご飴、唐揚げ、唐揚げ、唐揚げ、唐揚げ、唐揚げ……。


 「いや、唐揚げ多すぎだろ」


 あまりにも長い唐揚げラッシュ、これが全て別の店だというのだから驚きだ。配置する時に何か思わなかったのだろうか。

 とりあえず、私はここまであるのなら、と唐揚げを回避してりんご飴に並ぶ。いや、唐揚げとか太りそうだし、ここまであると一周まわって並びたくないじゃん?

 列は意外にも早く進んでいく。前に並ぶ子供やカップル達はりんご飴を取ると、幸せそうに食べている。いいな、私もカップルとか欲しかった。

 私の前の人がりんご飴を買ったことで、私へとバトンが回ってくる。私は、りんご飴を一つと頼むと、財布から紙幣を取り出そうと、財布を覗き込んだ。


 「あれ?白菊じゃん」

 「へ?……え⁉︎」


 私は変な声を出すと、りんご飴を買うために覗き込んだ財布から目を上げて、声のした方、りんご飴の屋台の方を向いた。

 まさか、いやそんな、彼が私の名前を覚えているなんてこと。

 目の前には、かつてのクラスメイト、そして私の初恋の人、倉敷くんが立っていた。


 「へー、白菊も初詣来てたんだ。向こうで済ませると思ってた。あ、りんご飴どうぞ」

 「あ、ありがと……」

 「……あ、ちょっと待ってて」


 そう言うと、彼は屋台の運営を他の人に任せて、外に出てきた。

 あれ?どういうことだ?私は半ば困惑、半ば絶望しながら彼を見つめていた。いや、そりゃ初恋の人に帰省したら会うとか恥ずかしすぎて顔から火が出るわ。

 私の顔にガソリンが投下されていることもつゆ知らず、倉敷くんは私に話しかける。


 「白菊、1人で来たの?」

 「え、うん……家族は明日行くらしいし、私は帰る準備もしないとだから」

 「じゃあ、俺と一緒に神社まで行かない?」

 「ほへっ⁉︎……ッてえええええええ⁉︎」

 「え、どうしたの?」

 「いや、彼女とかいないのかなって」

 「いないけど、どうしたの?顔赤いよ?」

 「いやいやいやいやいや何でもないから。……じゃあお願いします」


 いや、断れるわけねえだろ。初恋の人から、初詣デートしようぜ、みたいなこと言われてんだぞ。なぜ私は誰かと来ていると言わなかった、というか、倉敷くんイケメンだな……。

 そんな、さまざまな私の思いが飛び回る中、私と倉敷くんの初詣デート(仮)が始まったのだった。



 「そういえばさ、白菊は〇〇市に行ったんだろ?どう、やっぱり都会は違う?」

 「まあ、結構違うかな。なんか、ここよりも騒がしいし、忙しい」

 「そっか……まあ結構、白菊変わったもんな。なんか、都会ッ、て感じ」

 「変わったっていうか、変身っていうか。昔の私って、それこそ髪の毛とか染めてなかったし。というか、倉敷くんはよく私のことが分かったね」

 「うん、まあ雰囲気があの頃のままだったから。見た目っていうか、芯の部分が。なんか、ふわっとしてる感じかな」


 私の顔が赤く、熱くなっているのがわかる。何だよ、ふわっとしてる感じって。私はそんなに可愛くないって。褒めんなよ、照れるから。

 その後は特に何もなく、初詣は終わった。別にその後、交際が始まる、とかそういうこともなく、神社で彼氏ができることを願って、初詣は終わった。

 気づけば、私たちはりんご飴の屋台の前に戻ってきていた。楽しい時間はすぐに過ぎ去ると言うが、それは本当らしい。


 「じゃ、俺は店戻るわ」

 「あ、うん……」


 楽しい時間はすぐに過ぎ去る。

 学生時代にはあり得なかった、そんなひと時。まるで、私にはなかった青春が帰ってきたかのような。いや、なかったから帰ってきたというよりは、来たと言うべきか。


 「あ、そうだ、白菊。また来年」

 「……うん」


 私の初詣はすぐに過ぎ去った。

 来年もまた来よう。その時にはまた唐揚げの屋台が乱立する中のりんご飴の屋台に並ぶのだ。

 私は帰路に着いた。

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