自供

 小虎さんは表情を変えずに、冷子を見つめていた。


「まず、村にいた人間全員には、山を一往復するアリバイしかありませんでした。しかし、今回の犯行には、潜水に必要な道具を運搬する往復と城仙さんを殺す往復の二往復が必須です。なので、村にいた人間はに全員犯行が不可能です。


 また、村の外にいた新色さんは時間があったため、それらの運搬にかかる時間を気にする必要はありません。しかし、新色さんがロープを用意できないことに加えて、潜水道具の用意を必要とするので、なおさら不可能です。


 よって、残った容疑者は小虎さんだけになる。


 小虎さんは車で雪崩の近くに行きましたから、車に潜水の道具を積んでおくことができるでしょう。そして、城仙さんが山の捜索を始める前から動き出すことができるので、運搬の一往復を事前に行うことができる。


 これらの点から、二件目の殺人については、小虎さんが行ったと考えるしかないわけです」

 冷子は小虎さんの方を見つめた。小虎さんは白衣のポケットに手を入れ、ライターと煙草を取り出す。小虎さんは古ぼけたライターをしばらく見つめた。


「認めるよ。二件目も一件目も」

 小虎さんは苦笑いを浮かべながら、そう言った。小虎さんは煙草を取り出し、口に咥える。そして、咥えた煙草に、ライターで火を着けた。小虎さんは煙草の煙を吸い込み、溜息のように煙を吐いた。


「タバコから吸いこむ空気には、ぬくもりがあるからいい。


 この時期の空気は吸い込むたびに冷たくて、あの時の記憶を思い出してしまう」

 小虎さんは手のひらのライターを見つめながら、もう一度火を着けた。ライターから出る火柱は激しく燃えていた。


「このライターは私が信也にプレゼントしたんだ。こんなに寒くて、風の強い所じゃあ、ライターの火はうまく着かないから、あいつはいつも苦労してた。だから、私があいつの誕生日にプレゼントしたんだ。


 まあ、その四日後にあいつは山から滑落するわけだけどな。信也の死体から、荷物を回収した時に、このライターも混ざってたんだ。たった四日でプレゼント返却だ。年甲斐もなく、一生懸命に選んだんだけどな。それに、あんなにあいつは喜んでたのに……」

 小虎さんの目からは涙が溢れ出していた。


「……一年前、残間さんがこの村にやってきた。演技をAIに読み込ませるガンマ計画ために、所長が招待したらしい。もちろん、私は嫌だった。


 直接的な原因でないにしろ、信也の死に関わっている人だ。そんな人と同じ村で過ごしたくはなかった。それでも、所長は、一度間違いを犯しても、挽回の機会を与えられる社会でなくてはならいとか言って、無理やりこの村に残間さんを滞在させることを決めた。


 そこで、残間さんのSNSを見たんだ。SNSでは、残間さんが女優としての露出が減ってしまったことで議論が起こっていた。もちろん、残間さんの女優として露出が減ったのは、矢岳での炎上だ。その炎上で、仕事が無くなっていったわけだ。


 SNSでは、残間さんを許そうって意見ばかりだった。残間さんが無理やり人を矢岳に登らせたわけではないから、仕事ができなくなるまで責められる必要はないとか、社会的制裁は十分受けたから、もう許すべきだとかの投稿ばかりで溢れていた。


 おそらく、当事者でない人の意見として、それは正しいのかもしれない。それでも、残間さんの行動で、大切な人間を失った者からすれば、そんな意見は到底受け入れられるものじゃない。


 確かに、直接手は下していないかもしれない。それでも、間接的には大切な人が死んだのに、簡単に許せなんて、どれだけ人の命を軽く考えているだよって話だ。もちろん、私みたいな意見を持つ人もいたけど、過半数は擁護派だった。


 私はそのSNSの意見に何もできずにいたんだ。だって、信也の事故を言えば、研究ができなるから。それは私の弱さでもあるけど、ただ残間さんの行動が肯定されて、私達のような被害者が否定されている気分は、ただただ腹立たしかった。


 誹謗中傷は許されないなんて言われるけどさ。誹謗中傷されることで、救われる人間もいるんだよ。


 それでも、私がすぐに残間さんを殺そうと思わなかった理由は、このAIの研究があったからだと思う。ハインラインにディック、アシモフと言った私が開発したAIロボットが目覚ましい進化を見せるたびに、信也の意志を守っているように感じていた。


 この研究をし続けることが私の使命だって思えた。


 だから、残間さんを殺さなかった。残間さんを殺してしまえば、信也の意志を引き継げなくなってしまうから。


 だから、どれだけ残間さんが肯定されて、私が否定されようとも、研究さえ続けていれば、いつか報われる日が来るって思ってたんだ。


 でも、もう昨日の朝になるのかな? 監視カメラの修理のついでに、あの山の頂上にある電熱線の調子も見に行くことにした。そこで、私は残間さんに出会ったんだ。その時、残間さんは何をしていたと思う?」

 小虎さんは歯を強く食いしばった。


「山の頂上で、雪山の景色を背景に自撮りしてたんだ。


 私は気が付いたら、残間さんの首を絞めてた。首を絞めている間、結局人は変わらないんだって思ったよ


 AIは学習して変わってくれるから、より一層、人間の無価値さに気が付いた。こんな奴らのために、信也から受け継いだ研究を使われたくないって思った。


 残間さんを殺した後は、何も感じなかった。その後すぐに、所長を殺さなきゃって思った。所長を殺せば、私達の研究はまた発表が先延ばしになるだろうから。私はすぐに、雪崩を起こすために電熱線のスイッチを押した。


 もともと、残間さんのための殺人計画は立ててた。もちろん、最後には踏みとどまっていたけれど、もうその必要はないと思った。


 雪崩を起こして、新色さんを閉じ込めてる部屋の窓を開けておいて、逃げ出すように仕向けた。まあ、失敗したら、また次の機会にしようと思ったら、上手いこと村の外に、所長を一人おびき出すことに成功した。


 だから、その機会を無駄にしないために、殺した。


 別に後悔はしてない。だって、これで信也の意志は守れたから」

 小虎さんは少し笑みを浮かべていた。小虎さんは完全に最初に出会った時とは、全く別の人間だった。小虎さんの中で、ふつふつと溜め込んでいたものが、解放されたのだろう。


 そんな小虎さんに新色さんが近づいていく。新色さんは縛られた両腕を大きくひねり、小虎さんの頬に向かって、両手を握った拳を振り抜く。小虎さんは新色さんの一撃に、畳に倒れこんだ。


「随分、命を軽く扱うのね。まるで、誰かさんが嫌っていたSNSの輩のよう」

 新色さんは倒れこんだ小虎さんを睨みつけて、そう言った。


「狼谷君の死から、その程度しか学習できないなら、あなたは無価値よ。狼谷君はAIを使って、人を救いたかったんじゃないの? その思いが先走って、彼は死んでしまったのだけれど、その思いをあなたが引き継がなくてどうするの?


 あなたのせいで、この村の研究が社会に活かされる日が遠くなってしまうかもしれないのよ。あなたの行為は、一刻も早く研究成果を社会に出したかった狼谷君の意志を踏みにじる最低の行為よ」

 新色さんがそこまで言い捨てると、小虎さんは目を腕で押さえ、泣き始めた。


「……そんなこと分かっていたけど……、分かっていたけど……。


 どうしようも……、どうしようもなかった……」


 大広間には、しばらく小虎さんのむせび泣く声が響いていた。

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