お前の嘘は笑えん
「おらぁ!!」
「なにさぁ!!」
第一ラウンド。
金剛力士像VS毘沙門天像。
五メートルはあろうブロンズ色の巨体が、その筋骨隆々な剛腕を交差し合っている。
ジャブによる牽制。ガード越しのストレート。隙を伺ってのアッパーカット。互いの身体がぶつかる度に、ドシンドシンと周囲に地響きが起こる。
「くたばれやぁ!!」
「アンタが死ね!!」
第二ラウンド。
虎VS竜
互いの身体にしがみ付き、その喉笛に噛みつかんと、ドッグファイトを繰り広げる。
とは言ってもスケールは合戦レベル。転がる度に木々がなぎ倒され、押し倒す度に土煙が舞い上がり、逃げ遅れたシマリスの親子はガタガタと隅っこで震え合う。
「アホ狸!!」
「バカ狐!!」
第三ラウンド
ルシファーVSミカエル。
互いの胸倉を掴み合って、ガード無用のガチンコバトル。ごつんごつんと鬼のような形相でパチキを入れ合い、額から雨のような鮮血が飛び散る。それを浴びたシマリスの親子が失禁する。
さて、どっちが悪魔かな?
きっと端から見れば同じようなものなんだろう。
「アホ! ボケ! カス!!」
「バカ! ゴミ! グズ!!」
第四ラウンド。
ネッシーVSイエティ。
幼稚園レベルの罵り合いに、世界の終わりレベルの暴れっぷり。
もう何処もかしこもメチャクチャ。既に周囲一帯は禿げ散らかしている。
「あんぎゃあああああああ!!」
「おんぎゃあああああああ!!」
第五ラウンド
ゴ〇ラVSメカゴ〇ラ。
でも結局やってることはステゴロ。
せめて炎くらい吐けよと、もう色々と諦めたシマリスの親子が、死んだ魚の目で見つめていた。
第六ラウンド。
第七ラウンド。
第八ラウンド……と、そんな風に変化合戦が続いた末に。
「ぜぇ……! ぜぇーっ……!」
「はぁ……! はぁっー……!」
流石の二匹も底が見えてきた。
何処もかしこも傷だらけで、息は乱れ切っている。かろうじて人間の姿を保ってはいるものの、ついた尻が中々地面から離れない。
「バカ狐の……それも三本尾の、分際で……!」
と、それでも敵意を宿したコトネが口火を切る。マコトの尻から飛び出た尻尾を指しての発言だ。
「はっ……お前は一本しかないやろが……アホ狸め……!」
同じく途切れ途切れにマコトが言い返す。
「バカ……あーしらは、狐共みたいに、歳の数だけ下品に尻尾を増やさないっての……。あーしは、佐渡の狸よ……? あんたらみたいな雑種じゃなくて……血筋
も立派な、今もイケてる妖狸の家系の」
「知るか……! クソ狸の家系なんぞ、クソの尻紙ほどの価値もないわ……! そないなこと言うんやったら、うちかて、江戸の八尾狐やぞ……? 当時の人間の、一番偉い奴の腰を、抜かしてやったんや……!」
「はぁ? 江戸の、八尾バカって? 八回馬鹿やって、人間を呆れさせたって?」
「殺す、ぞ?」
「あーしの、セリフだっての」
睨み合って、言い合って、やがて乱れた息も落ち着いていく。
コトネはすーっと深呼吸をして長い息を吐く。それだけでもう彼女の汗は収まっていた。
「――で? 随分とあーしの邪魔をしてくれたみたいだけど、最期に言い残したい言葉はある?」
「言いたいこと、か」
対するマコトは、未だにバクバクと心臓が悲鳴を上げている。疲弊を悟られぬ為に、深く考え込むように口元を隠す。
「解毒剤、持っとんねんやろ?」
「さぁ?」
「誤魔化しても無駄や。死降を企む奴は穴二つを恐れて、自分用の解毒剤を持ち歩くもんや。大人しく渡すんなら、これ以上痛い目には合わせへん」
「なにそれ? これ以上痛い目に合わせないって、それはあーしが言うことでしょ? まだ呼吸も戻ってないくせして」
「っ……!」
バレている。ギリギリのところで拮抗していないことが知られている。
この線は駄目だと、マコトは咄嗟に話題を変える。
「じゃあもう一つ……お前は何で雪人を、あの男を狙っとるんや? なしてあの男の命を取ろうとした?」
「何でって、そんなの決まってるじゃない? アイツ山持ってんじゃん。なのに使おうともしないし、だったらあーしらが有効活用した方が建設的ってやつでしょ?」
「なら最初からそのつもりで近づいたんか? あの男がよう言わんのを良いことに、自分の身分を偽って、何食わぬ顔で毒を飲ませたってことか?」
「え……なにその言い方? ひょっとしてアンタ、あんな男に情が湧いたの? 趣味わるっ」
「んなわけあるか。うちかてあんなしょうもない男はお断りや」
マコトは否定しつつも思う。
確かにしょうもないことは否定しないが――
「喋らんし、何考えとんのか分からん」
だけど無口でも気は利いてて、不器用ながら自己表現をしようとしてて。
「何をしたって仏頂面で、母ちゃんの腹の中に表情筋を置いてきたみたいで」
それでもたまに笑ってくれた時は、気を許してくれたような気がして。
「石頭で、コミュ障で」
真面目で、子供が好きで。
「朴念仁で、唐変木で」
理性的で、それでいて臆病で。
「ほんまは独りぼっちが寂しいって、そう思うとる癖して……それを口に出せへん、そないなどうしようもない男や」
そうやって何も考えぬまま、吐き散らした後になってマコトは思う。
なんやこれは? 自分で言っといてなんやけど、うちはとんでもなく恥ずかしいことを言ってんやないか? だなんて、かぁっと頬が熱くなってくる。
「きっしょ」
が、それでもマコトが正気に戻れたのは、返すコトネの一言だった。
そこに熱っぽさなどない。ただひたすらに冷たく、こちらを侮蔑するような声色であった。
「アンタだって――同じことをしてた癖に」
或いは冷や水と言うべきだったのかもしれない。
否定はできない。その通りだ。マコトは確かに――心の奥底では嫌がっていても――最後にはそうしようとしていた。
妖狐と妖狸。
互いに人を化かす存在であり、その点はどれだけ否定しても似通っている。
「お前な……あの男と随分親し気にしてたみたいやけど」
されどマコトの心は落ち着いていた。
「どっかに連れてったりしてやかったか? 気ぃ引く為に食いもん作ったりとか」
自らの天敵にそう言って、ひょっとしたらだなんてと、確かめるように。
「はぁ? なんでそんな面倒くさいことしなきゃいけないのよ?」
が、コトネは容易に裏切ってみせる。
「人間の雄なんて、どうせシモだけで生きてる連中でしょ? 色仕掛けをして、そういう行為が出来れば一丁上がり。あの男はアッチがアレなのか、未だにサッパリなんだけどさ。ってか前にアンタも見てたでしょう? あんだけあーしがしてやったのに、手の一つも出さないとかあり得なくない? 男としてマジで終わってるよ」
「…………」
「ま、それならそれでいいけどね? あーしもあんな男に触られるなんて御免だしぃ。暗くて、度胸もなくて、面白くもない。いっつも一人でいたけど、それも当然って感じっていうか?」
「…………」
「あ、それでもさぁ? 結局あの男にはいい人生だったんじゃない? ツマンナイ人生の最後に、あーしみたいなとびっきりの女に関われたんだから。騙されたってハッピーエンドだよ。ゴミみたいなちっぽけな人生の終わりに、よもやもしかしてって、ありもしない可能性をあーしから感じ取れたんなら、それで――」
「もう十分や」
マコトは吐き捨てる。聞くだけ無駄だったと。
そして自分のしようとしていたことが――どれだけおぞましい行為だったのかと後悔しながら。
「お前は何も分かっとらん」
「……は? アンタはあーしと同類でしょ?」
「抜かせ。うちとお前如きを一緒にすんな。うちの嘘とお前の嘘では月とスッポン。天と地の差ほど違うわい」
言いつつ、マコトは思い出す。
『楽しい嘘なら、その限りではありません』
『あんたは楽しい嘘をつく妖狐なんやろ?』
『どうせ騙すなら楽しい嘘や! そうは思わんか?』
かつて言われた言葉と、自らが宣った言葉が脳裏を巡って、全身に行き渡る。
あぁそうだ――自分はずっとそうしたかった。たとえここが故郷でなくとも、何処にいようと自分らしくありたいと願っていた。
だからこそ、
「アホ狸――お前の嘘は笑えん」
コトネの嘘を堂々と切って捨てられた。
「しょうもない。くだらん。そんなもんで人間を化かすやなんて片腹痛いわ。うちからすれば三流もええところや」
「…………」
「要はウィットが、脳味噌が足り取らんねん。どうせ騙すなら、そこんところもちゃんと考えてみろや」
「…………へぇ」
ピシッと張り詰める空気。コトネの毛が逆立っている。頭髪から丸みを帯びた耳が伸び、目元にクマのような黒い模様が浮かび上がる。
まごうことなきタヌキ顔だった。彼女は激情のまま、変化が解けつつあった。
「なんや。怒ったんか?」
それでもマコトは顔色を変えず、
「随分と余裕がないんやな? 『佐竹』の狸っちゅうもんは」
と、あからさまな挑発を続ける。
「佐渡だって……言ったでしょ?」
「佐々木? ほー? 何処にでも有り触れとる苗字やのぉ」
「佐渡!! 団三郎を祖先に持つ、佐渡の狸だって、そう言ってんでしょうが……!!」
「知るかボケ。それになんやねん、そのダッサイ名前の祖先は。しわしわねーむって知っとるか? あん? まぁ見た目ばっかに気ィつこうて、中身がスッカスカなんは、如何にも狸らしいっちゅー有り様やけど」
「…………殺す」
「お? やっぱ怒ったか? プンプンきたか? それともポンポンってか? たしかポンポコポンポコ腹太鼓を叩いて、そのまま腹が潰れて死ぬっちゅーアホな昔話があったっけなぁ? ひょっとすると、そいつがお前の」
「證誠寺のバカ狸と――あーしらを一緒にすんなあああああああああああ!!!!」
ついに激昂したコトネが、殺意を剥き出しに飛び掛かる。
全身からワサッと体毛が飛び出し、大きく開いた口から鋭い犬歯を伸ばす。
その反応はマコトの予想通り。
軽い振舞いと砕けた口調をしつつも、プライドが高いことは何となく分かっていた。
――時間は稼いだ。後は練習通りにするだけ。
振り下ろされるはヒグマの爪。コトネの変化は、かの三毛別羆でも模しているのだろう。
しかし同じような変化で応戦して防ぐだけの余力は、もう今のマコトには残されていなかった。
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