待ち合わせ


 西洋アンティーク調の内装に、カランカランと鈴の音が鳴った。そこから一拍遅れてウェイトレスが呼びかけ、スーツ姿の男が奥を指差す。

 そこは白透町と青岳町の境目。高層ビルが立ち並ぶ橋宿駅前のカフェであり、朝のラッシュが過ぎ去った今も、テーブルの七割超が埋まっている。


「すいません、お待たせして」


 そうしてこちら側――窓側席に向かって来た雪人が、出会いがしらに頭を下げる。

 まるで得意先に向けるかのような仰々しさであったが、店内の振り子時計は集合時間のニ十分前を指している。


「いいえ、お気になさらず。ワタクシもさっき来たところですので」


 すかさずマコトは柔らかく微笑んで返す。化けた衣装はボタンブラウスにフレアスカート。そこに貴金属のイヤリングとネックレスを沿えることによって、清楚風なお嬢様を演出している。

 吐いた言葉も当然嘘であり、本当は一時間前から待機している。そうすることが鉄板だと、ミコトから聞いていたからだ。


「では、ここは私がお支払いしますので」


「少しゆっくりしてから参りましょう。焦らなくともスポットは逃げませんわ」


 内ポケットから長財布を取り出そうとする雪人に、マコトは着席を促す。

 これもまたミコトの智謀だ。待たせたことへの罪悪感を抱かせず、懐の深さを知らしめる為であるらしい。

 

 しかし――


「今日もいい天気ですわね」


「はい」


「絶好のお出かけ日和ですわ」


「そうですね」


「…………」


「……………………」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 一言二言話すだけで、あっけなく会話が途切れてしまう。

 お前からも何か話せよ、とマコトは思った。


「き、昨日は楽しみで、うまく眠れませんでしたわ」


「そうでしたか」


「雪人さんはどうでしたか? 急なお誘いでしたが、楽しみにしてくださいました

か?」


「……それなりに」


「そ、そうですか」


 まるで暖簾に腕押し。そんな態度にマコトはガクリと肩を落としそうになる。

 分かってはいたがこの男――相当にアレな奴である。

 自分で言うのもなんだが、人間の男が好むような美女には化けられている。そんな相手に声を掛けられて、一方的に慕われて、どうしてこんな塩対応が出来ようものか? 

 改めてマコトは、厄介な相手を捕まえてしまったものだと思った。


「お待たせしましたー! アイスティーでーす!!」


 と、そこに助け船――ではなく、店員がやかましく注文の品を持って来る。

 グラスに角氷が詰まった飲み物と、頼んだ覚えのないスコーンが。


「佐渡さん?」


「おはよっ、ユキトさん! それはサービスだから遠慮なく食べていきなって」


「しかし」


「気にしないでって。あーしからユキトさんへのキ・モ・チ、だからさ♪」


 どうやら雪人と顔見知りであるらしく、ウェイトレスは随分と距離が近かった。言葉遣いも、馴れ馴れしさも、そして物理的な距離もだ。

 健康的な女だ。短く切り揃えた頭髪と、ほどよく焼けた地肌がボーイッシュ。一見すると美少年のようでありながら、制服エプロンからワガママに訴えかける胸元と、柑橘系の強いパルファムの香りが、とことん雌であることを強調している。


「あ、あの、雪人さん?」


 マコトは遠慮がちに指差し、問い掛ける。


「この御方は……あれ?」


 が、次の瞬間には店の奥。

 既に彼女は別のテーブルで接客を始めていた。


「――――ふっ」


「!?」


 そして遠くからチラリと合った横目で、ニヤリと笑われたような気がした。

 調子に乗るなと。うぬぼれるなと。たかだか人間如きが妖狐に向かって、牽制するかのように。


「~~~~~~!!」


「や、八重さん?」


「いえ! なんでもございませんわ!!」


 机をぶん殴ろうとした手を、マコトは寸でのところで堪える。

 一体どういうつもりなのかは分からない。しかし逆上しては思う壺だと思った。


「そ、それで雪人さん?」


 振り上げた手を胸元に寄せて、深呼吸をしながらマコトは言う。


「あのメ……女性はどういったお知り合いで?」


 メスブタ、という乱暴な単語を飲み込みつつ。


「佐渡コトネさんです」


 一方で雪人はニュースを読み上げるようにスラスラと答える。


「このカフェで働いている大学生だそうです」


「大学生? そのような方がどうして雪人さんに?」


「ここはよく、仕事の打ち合わせで訪れる店なのです。それですっかり顔見知りになってしまい……」


「どういう関係でして?」


「えぇと……今では良き友人だと思っています。色々と親身になってくれますので」


「『友人』ですか?」


「は、はい。友人ですが?」


「友人なんですわね? ただの、それ以上でも、それ以下でもない?」


「そうと申していますが……佐渡さんは」


「友人」


「……友人は」


 再三食い寄るマコトに、雪人は心なしか困ったように、或いは言わされたかのように答える。


「なるほど、そういうことですか」


 佐渡コトネ――その名をマコトは心の中で敵としてインプットする。

 たとえ物好きでも雪人を狙う雌は敵だ。油断すれば目的への障壁となりかねない。


「じゃあそろそろ行きましょう! もう十分に休めましたし!!」


 故にこれ以上この場にいることも得策ではないと、マコトはガタッと勢いよく席を立つ。


「え、でもまだ」


「よく見たらちょっと痛んでいるようですわ! 軽食をお望みでしたら、近くで有名店がございますので!!」


「し、しかし」


「行きましょう行きましょう! さぁさぁすぐに!! すぐにっ!!」


 スコーンを半分以上残したまま雪人の手を引く。

 そうして店から去る間際、マコトは妙な視線を感じた。 


「――あはっ」

 

 コトネが微笑んでいたのだ。それもマコトにではなく、雪人に対してだった。

 しかし当の本人は気づいた様子もなく、ポケットにしまっていた薬用ガムのようなボトルケースから、何時もの錠剤を取り出していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る