第22話 拡声の魔道具

 わたくしとパトリック様は、学園の廊下を駆け抜けた。


 背後から聞こえてくる、アンジェリカたちが食堂の扉を破壊しようとする音が、一刻の猶予も許さないことを告げている。


「パトリック様、生徒会室に拡声の魔道具があるはずです。それを使えば、生徒たちに一斉に警告を伝えられます!」


 息を切らしながらも、わたくしは声を張り上げた。


「なるほど、だがそれだけでは不十分だ。結界装置も稼働させる必要がある」


 パトリック様の冷静な判断が、わたくしの焦る心を落ち着ける。


 不審者を学園内に通さないための結界の装置は、正門や裏門の他に、何か所か設置されている。


 神殿へ向かう通路の結界を作動させれば、アンジェリカたちが生徒たちを追いかけるのを阻止できるはず。


「分かりました。拡声と魔道具はわたくしが扱います。パトリック様は職員室にある結界の魔道具を発動させてください。そして先生方にも危険を伝えて」


 彼は一瞬わたくしを見つめ、軽く頷いた。

 これだけの騒ぎになっているのだから、先生方も事件が起こっていることは把握しているだろう。


 でもアンジェリカたちに迂闊に近寄って噛まれてしまったら、先生方もゾンビになってしまう。


 アンジェリカが自分の傷を治したということは、アンデッドと違ってゾンビは自分が持っている魔法を使える可能性が高い。

 だから高威力の魔法を使える先生方がゾンビになるのだけは阻止したい。


「ヴィクトリアも気をつけてくれ」

「ええ、パトリック様も」


「呼び捨てでいい」

「え……」


「このような時だ。お互いに敬称はなしにしよう」

「……はい」


 そう言ってパトリック様は何ごともなかったかのように、職員室へと向かった。

 わたくしは、頬が赤くなるのを感じながらも、生徒会室への足を速めた。







 生徒会室には誰もいなかった。


 机の上には整然と置かれた魔道具の数々があり、その中に、目的の拡声の魔道具を見つける。


「これね……!」


 わたくしは急いで魔道具を手に取り、魔力を流し込む。

 魔道具の表面に刻まれた魔法陣が淡い光を放ち始めた。


「皆様、わたくしはヴィクトリア・コーエン。緊急事態です。現在、未知の魔物が学園に侵入しています」


 わたくしの声が学園全体に響き渡る。魔道具の拡声機能は完璧だ。


「魔物たちはアラン殿下、トーマス・ウェリントン、タイラー・ドーズ、アンジェリカ・バードレイの姿をしていますが、彼らに近づかないでください! 噛まれると、同じ魔物になってしまいます! すぐに神殿へ逃げてください! 繰り返します。現在未知の魔物が――」


 放送を続けるわたくしの手は、微かに震えていた。


 今この瞬間にも、恐怖と混乱の中で傷ついている生徒たちがいるかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになる。


 と、窓の外で悲鳴が聞こえた。


 急いで窓の下を見ると、食堂から出てきたアンジェリカたちが、逃げ惑う生徒たちに噛みついている。


「なんてこと……」


 噛みつかれた生徒たちは、一度倒れた後にむくりと立ち上がって、ゆらゆらと不安定な歩みを始める。


「こんなに早くゾンビになるの……!?」


 ゾンビになった生徒たちは、他の生徒に噛みつき、瞬く間にゾンビが増えていく。


「これってもう乙女ゲームじゃなくてゾンビゲームよ……!」


 窓枠をつかむ手が血の気を失って白くなっているのが分かる。


 これだけのゾンビを倒すには、ロケットランチャーが必要よ。この世界にはないけど。


 それか豆腐ゾンビでも倒せるくらいの達人を召喚したい……!


「ヴィクトリア!」


 そんな風に現実逃避していると、パトリック様が生徒会室に戻ってきた。

 その表情は険しく、状況がさらに悪化していることを物語っていた。


「先生に聞いたが、校内の結界装置は壊れていた」

「なんですって……」


「門に設定してある結界装置があるから大丈夫だろうと、修理されないまま放置されていたそうだ」

「では、ゾンビたちを阻止することはできないのですか」


「神殿まで行けばもっと強力な結界がある」


 確かに神殿の結界はかなり強固だ。ゾンビの侵入は許さないだろう。


「どうしてこんなことに……」


 わたくしのつぶやきは、生徒会室の静寂に吸い込まれ、消えていった。

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