第53話

 十一月も終わりに差しかかり、冬の気配が本格的に濃くなり始めた。空は早くに暗くなり、夕焼けが消える頃には風が骨の芯まで冷たさを運んでくる。街灯が灯り始めた通学路を、俺と南雲光凛は並んで歩いていた。


 「寒いね。」


 南雲が小さくつぶやいた。吐息が白く宙に溶けていく。彼女のいつもの王子様然とした姿も、今はどこか儚く見える。


 「まあな。冬ってのはそういうもんだろ。」


 俺は両手をポケットに突っ込みながら答える。風が吹くたびにコートの裾が揺れ、無意識のうちに肩をすくめてしまう。光凛の横顔をちらりと盗み見ると、彼女は視線を少し遠くに投げていた。


 「もうすぐ今年も終わりかぁ……。」


 彼女の声はどこか感傷的だった。普段は飄々としている彼女が、こうしてふと物思いに耽るのは珍しい。


 「そうだな。今年は色々あった。」


 俺がそう言うと、南雲はくすりと笑った。


 「悠樹にとっては、どんな一年だった?」


 足を止め、ふと振り返る。学校から続く坂道の向こうに、夕暮れに染まる街並みが広がっている。家々の窓には温かな光が灯り始め、煙突のない家の屋根からは白い湯気が立ち上るのが見えた。


 「そうだな……。」


 俺は少し考える。今年の初めは、こんなふうに光凛と並んで帰るなんて想像もしていなかった。


 「お前と関わるようになって、なんか騒がしい一年だった気がする。」


 俺がぶっきらぼうにそう言うと、南雲は「ふふっ」と嬉しそうに笑った。


 「それって、良い意味?」

 「まあ……悪くはない。」


 素直に肯定するのは少し気恥ずかしくて、言葉を濁す。光凛はそれを見透かしたように、口元に小さく笑みを浮かべた。


 「私にとってはね、すごく楽しい一年だったよ。」


 南雲の言葉には迷いがなかった。


 「悠樹と話すようになってから、いろんなことが変わった気がする。」


 そう言って、彼女は自分の胸の前で指を組む。


 「今までね、私は……誰かに頼るのが苦手だったんだ。周りからはなんでもできるって思われてて……それが当たり前みたいになってた。」


 冬の冷たい風が吹き抜け、彼女の髪がさらりと揺れる。普段の彼女なら、そんなことはおくびにも出さないだろう。それを、俺にだけ打ち明ける。


 「でも、悠樹はそんな私を普通に見てくれた。背伸びしなくてもいいって思えたんだ。」


 俺は黙って南雲の言葉を聞いていた。こんなに素直な彼女を見るのは、なんだか不思議だった。


 「ありがとね。」


 光凛が小さく笑う。俺はなんて返したらいいかわからず、鼻を鳴らすだけだった。


 「……礼を言われるほどのことはしてねぇよ。」

 「そんなことないよ。」


 南雲は首を振り、ゆっくりと歩き出す。俺もその後を追いながら、ポケットの中で手をぎゅっと握りしめた。


 冷たい風が吹く。街灯が点るたび、歩道に影が浮かんでは消えていく。


 「私ね、今すっごく幸せなんだ。」


 光凛がつぶやく。その声は柔らかく、まるで羽のようだ。


「……そうかよ。」

「そうだよ。」


 彼女はそう言って振り向く。その黒髪が揺れ、大きな瞳が俺を見つめる。


「だって、悠樹のことが好きなんだもん。」


 俺は思わず足を止めた。頬が熱くなるのを感じながら、南雲の目を真正面から見つめ返す。


「だからね……今年もよろしくね、悠樹。」


 彼女はそう言って微笑んだ。その笑顔に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。


「ああ……よろしくな、南雲。」


 俺はぶっきらぼうに応えると、再び歩き出した。彼女は少し小走りになって隣に並ぶと、俺の手を握ってくる。その手は小さく、冷たかった。


「今年はもっと仲良くなりたいな。」


 南雲はそう言って、俺に体重を預けてくる。


「……それは遠慮しておく。」

「なんでよ?」

「なんとなくだよ。」

「何それ。」


 俺たちは顔を見合わせ、同時に吹き出した。冬の寒さも忘れさせるような温かさが、そこには満ちていた。


 俺と南雲は、そのまま他愛のない話を続けた。学校のこととか、最近読んだ本のこととか、本当にどうでもいい話ばかりだ。それでも、彼女と過ごすこの時間は心地良かった。


 二人の声は、冬の夜風にそっと溶けていった。

 冬の夜が、静かに深まっていく。

 そして、二人の影は並んで、街の明かりへと続いていた――。



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