第42話

 米内悠樹は、南雲光凛と共に商店街を歩いていた。昼下がりの穏やかな時間、夏の名残を感じさせる暖かな風が二人の間を通り抜ける。空は青く、雲一つない晴れた日。商店街は普段より少し賑やかだが、二人の足音だけが妙に静かに響いていた。目的があるわけでもなく、ただのんびりと過ごしているだけ。そんな日常の一コマだった。


「米内くんとこうして歩くの、なんだか落ち着くな」


 南雲がふっと微笑みながら言った。その言葉に、米内は少し考え込む。気づけば、無意識のうちに彼女の隣を歩いていた。


「……そうか?」


 米内はちょっと照れくさく言った。普段から彼女と一緒にいると、何も考えずに自然に過ごせることが多い。その感覚を意識してしまうと少し恥ずかしくなった。


「うん。米内くんって、のんびりしてるから、私もなんだか気が楽になるんだよね」


 南雲はにこりと微笑む。その微笑みには、いつもの無邪気な可愛らしさと同時に、どこか安心感を感じさせる温かさがあった。彼女の猫のような気まぐれさには、ついていくのが少し大変な時もあるが、こうして落ち着いた時の彼女には、つい惹かれてしまう自分がいる。


 米内はしばらく彼女の横顔を見つめた。時折見せる無防備な優しさに、少し胸がざわつく。だが、それを素直に認めることに少し照れがあった。普段の彼は、そんな気持ちを深く掘り下げて考えることなく、何となくその場の空気に流されてしまうのが常だった。


 しかし、今日はその日常が少し違って感じる。それは、南雲との関係に変化が訪れているからだろうか。米内の胸の奥に芽生える微かな不安とともに、彼の気持ちはどこか落ち着かない。


 そんな時、不意に冷たい声が響いた。


「——あなたたち、随分と親しげね」


 振り返ると、そこには栗田碧が立っていた。いつも通りの整然とした制服姿で、まるで偶然を装うかのようにその場に現れた。彼女の顔は冷たい表情のままで、視線だけは米内と南雲に鋭く注がれていた。


「栗田……? なんでここに?」


 米内は目を丸くしながら、少し困惑した表情で尋ねる。


「たまたま通りかかっただけよ」


 と、栗田は平然と答える。その声にはまるで感情がこもっていないかのようだったが、目の奥に隠しきれない気配を感じ取った米内は、何かが違うと直感する。


「そっか。でも、せっかくだし、一緒に歩く?」


 南雲がにこやかに言うが、その笑顔には微妙な挑発的な光が宿っていた。何かをあえて隠しているような、不思議な感情を抱えた笑顔だった。


「結構よ。私は一人で歩くわ」


 と、栗田はそう言いながらも、彼女の視線は米内から離れなかった。冷たい目が彼をじっと見つめるその視線に、米内は少し不安を覚える。


「米内くん、栗田さんとはどういう関係なの?」


 南雲が少しだけ視線を逸らして、米内を見上げる。その顔には軽い笑みが浮かんでいるが、その目には探るような意図が込められていた。


「え?」米内は突然の質問に驚く。


「えっと、別に……そんな大したことないけど」


「ふぅん?」


 南雲はあくまで軽く返し、米内の腕に触れた。その仕草に、栗田の表情が一瞬だけ歪んだように見えた。微かな動きだったが、米内はその変化に気づかないふりをして、意識的に視線を外す。


「米内くんが鈍いから、気づいてないだけかもね?」


 南雲は、少し悪戯っぽくそう言って、米内の袖を引いた。


「何がだよ?」


 米内はますます混乱し、彼女の言葉の意味が掴めない。


「さぁ、何だろうね?」


 南雲はくすくすと笑いながら、米内の腕に寄り添うように歩き出した。その後ろで、栗田は無言のまま二人を見送るしかなかった。栗田の瞳の奥に、わずかな不安と、隠しきれない怒りが見え隠れしているように思えた。


「じゃあ、行こっか。栗田さん、またね?」


 南雲が軽く手を振ると、栗田は一言も発することなく、ただその場に立ち尽くしていた。米内と南雲が去るのを見送る彼女の背中には、何か決心が見え隠れしているようにも感じられる。


 商店街を後にした二人は、しばらく無言で歩いていた。米内はふと、先ほどの栗田の様子が気になってきたが、何も言わずにいることにした。南雲が不意に口を開く。


「栗田さん、なんだか気にしてたみたいだね」

「そうか?」


 米内はあまり深く考えずに答える。


「俺にはよくわからないけど」

「うーん、どうだろうね。でも、米内くんのことが気になってるのは、たしかみたいよ?」

「……まさか」


 米内は少し笑いながらも、胸の奥に引っかかるものを感じた。栗田の視線が、どこか避けられないもののように思えたからだ。


 その日の帰り道、米内は何度も振り返りたくなるような気持ちを抱えながら歩いていた。胸の中で湧き上がる不安を、どうしても消すことができなかった。そして、彼が見落としている大事なものがあるのではないかという、ぼんやりとした予感が、彼の心を離れなかった。


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