第40話

 秋の深まりを感じる放課後の校庭。黄金色の陽光が長く伸びた影を描き、風が赤や黄色に染まった落ち葉をかすかに舞い上げていた。空気は少しずつ冷え始め、どこかもの寂しい季節の訪れを告げている。しかし、そんな穏やかな景色とは裏腹に、米内悠樹は校舎の一角で、異様な光景を目の当たりにしていた。


「南雲先輩、今度の日曜日、一緒に映画に行きませんか?」

「いやいや、南雲先輩、前に話したレストラン、ぜひご一緒に!」

「先輩! 俺のこと覚えてますか? この前、体育祭のときに……!」


 彼女を取り囲む男子生徒たちの群れ。各々が懸命に自分を売り込もうとし、熱心に言葉を重ねている。その中心で、南雲光凛は困惑の表情を浮かべていた。彼女の王子様然とした立ち振る舞いは、いつもの涼しげな微笑みの奥に戸惑いを隠しているように見えた。


「えっと……みんな、ありがとう。でも、その……急には決められないし……」


 申し訳なさそうに断ろうとするも、相手は次々に言葉を重ね、まるで収拾がつかない。彼女の人気の高さが裏目に出た格好だった。


 そんな中、米内は一歩、彼女の元へと足を進めた。


「おいおい、南雲。そろそろ行かねえと、部活のやつら待ってるぞ」


 無造作にそう声をかける。事実、米内には部活の予定などないが、そう言えば彼女もこの場を離れる口実になるだろう。南雲は一瞬、驚いたようにこちらを見たが、すぐに察したのか、ほっとしたように微笑んだ。


「……うん、そうだね。ごめんなさい、今日はもう行かなきゃ」


 彼女がそう言うと、男子たちは一様に落胆の色を見せながらも、しぶしぶ道を空ける。米内は彼女の手を引くことなく、ただ自然に歩調を合わせ、ゆっくりとその場を後にした。


 すると、少し離れたところで、能天気な声が飛んできた。


「あれ? 二人とも、仲良くどこ行くんですか?」


 堀湊だった。彼女は屈託のない笑みを浮かべ、ひょいと米内と南雲の間に入り込む。相変わらず周囲の空気を読まない性格だが、それが逆に心地よいときもある。


「いや、特にどこってわけじゃ……」

「もしかしてデートですか?」

「ちげーよ」


 即座に否定する米内。しかし、隣の南雲はそれを聞いて何か言いたげに視線を落とした。微かな沈黙が流れる。


「でも、さっきすごかったですねー。南雲先輩、大人気じゃないですか!」

「……うれしいっていうより、困っちゃうかな」


 南雲は小さくため息をついた。その肩がほんの少しだけ落ちるのを見て、米内は口を開く。


「まあ、お前がモテるのは当然だろ。あんな風に優しくされたら、勘違いするやつもいる」


 何気なく言ったつもりだったが、南雲は驚いたように米内を見上げた。淡い光の中で、彼女の瞳が揺れる。


「……米内くん、そう思うんだ?」

「そりゃな」


 照れることもなく、ただ事実を述べたつもりだった。しかし、堀がにやにやと意味深な笑みを浮かべる。


「なるほど~。じゃあ、南雲先輩のこと、どうにかするべきですかね?」

「どうにかって……?」

「例えば、米内くんが彼氏だって噂を流せば、変な人は寄ってこなくなるかも!」

「はあ!? おい、勝手にそんなこと——」

「……それも、いいかもね」

「え?」


 南雲の言葉に、米内は思わず動きを止めた。堀も目を丸くする。


「冗談じゃなくて?」

「うん。もし米内くんがそばにいてくれたら、きっと私は困らないし……」


 言葉を選びながら、南雲は静かに微笑んだ。その表情はどこか儚く、しかし決意がこもっているようにも見える。


「バカなこと言ってんじゃねえよ」


 米内はわざとぶっきらぼうに言った。だが、心なしか耳が熱い気がする。堀は相変わらず楽しそうに笑っていた。


「まあまあ、とりあえずこれで少しは落ち着くといいですね! それじゃ、私は先に帰りまーす!」


 そう言って、堀は軽やかに去っていった。


 残されたのは、米内と南雲。秋の風がまた二人の間を吹き抜けた。


「……ありがとう、米内くん」


 南雲が小さく呟く。米内はそれに対し、ただ肩をすくめるだけだった。


 遠くで、夕焼けに染まる木々が静かに揺れていた。


 彼女の心の奥底に何があるのか——それを考えるには、秋の夜はまだ長かった。



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 ここまでご覧いただきありがとうございます。

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