第36話

 秋が深まり、街の色彩が濃くなっていく。文化祭の喧騒が嘘のように過ぎ去り、日常は穏やかな流れを取り戻していた。空気は澄み、木々の葉は赤や黄金に染まり、風に吹かれて舞い落ちる。夕暮れが早まり、ひんやりとした空気が肌を刺すようになった。


 米内悠樹は、静まり返った校内を歩いていた。文化祭が終わってから数日、あの華やかな時間が幻だったかのように、日々は淡々と過ぎていく。そんな折、校舎の角で彼は立ち止まった。


「ようやく見つけたわ」


 涼やかな声が、ひと際冷たく響いた。振り向くと、栗田葵が壁に寄りかかってこちらを見ていた。彼女の黒曜石のような瞳には、どこか拗ねたような色が宿っている。


「……何だよ」

「何だよ、じゃないわよ。ずっと会ってなかったわね」


 米内は心当たりがあった。文化祭中、彼女と過ごした時間は確かにあったものの、それ以降はほとんど接触がなかった。南雲との時間が増えたせいかもしれないが、特に意識して避けていたわけではない。しかし、栗田にとってはそうは映らなかったのだろう。


「別に避けてたわけじゃねぇよ」

「そうかしら?」


 栗田は細い指を顎に添え、じっと米内を見つめる。冷ややかな表情の中に、どこか寂しげなものが混じっているのを、彼は見逃さなかった。


「……かまってくれなかったわね」

「……いや、その……」


 米内が口ごもると、栗田はゆっくりと距離を詰めた。靴音が静かな廊下に響き、ふわりと秋の乾いた空気が二人の間をすり抜ける。


「ねえ、あなた、私と文化祭であんなに一緒にいたのに、その後はまるで何事もなかったみたいに過ごしてるのね」

「そんなこと……」

「嘘ね」


 彼女の声は静かだったが、確信に満ちていた。細く白い指が、米内の袖を軽く引いた。


「……何でそんなに私を避けるの?」

「避けてねぇよ」

「じゃあ、なんで会いに来なかったの?」


 米内は言葉に詰まった。理由を考えようとしても、適当なものが思い浮かばない。南雲との時間が増えたからか? それとも、栗田のことを意識しすぎていたからか?


「……特に理由はねぇよ」

「またそうやって誤魔化すのね」


 栗田はわずかに眉をひそめた。彼女の整った顔には、どこか翳りがさしている。


「私のこと、どう思ってるの?」


 米内は目を逸らした。秋の風がふっと吹き、枯葉が二人の間を横切っていく。


「……嫌いなわけじゃねぇよ」

「じゃあ、なんでこんなに寂しい気持ちになるのかしら?」


 栗田の声は、少し震えていた。彼女は普段、冷静で完璧な少女だ。だが、今の彼女はどこか脆く、無防備だった。


「私は……あなたにもっと、私を見てほしかった」

「……そうか」


 米内は言葉を探しながら、彼女の瞳を見つめた。そこには、普段の冷たさはなく、ただひたすらに純粋な感情が宿っていた。


「……悪かったよ」


 栗田はふっと息をついた。そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……いいわ。許してあげる。でも、これからはちゃんと私のことも考えてくれる?」


 米内は困惑しつつも、ゆっくりと頷いた。


「……ああ」


 栗田は満足げに微笑むと、袖を引いていた手をそっと離した。


「……じゃあ、今日は少しだけ付き合ってもらうわ。いいでしょ?」

「……仕方ねぇな」


 二人の足元には、秋の落ち葉がふわりと舞い落ちた。秋の深まりとともに、二人の距離もまた、わずかに縮まったのだった。


 そのまま、栗田は米内を連れて校舎の外へ出た。風が冷たくなり始めた空の下、並んで歩く二人の間には、どこかぎこちなさが漂っていた。歩くたびに足元の落ち葉がかさりと音を立てる。


「久しぶりね、こうやって二人で歩くのは」

「そうか?」

「ええ、あなたは気づいてないでしょうけど、私は結構気にしてたのよ」


 米内は、ちらりと栗田を見た。彼女は横目でこちらを見つめ、唇の端を少しだけ持ち上げていた。しかし、その微笑みの奥には、まだどこか納得していないような影がある。


「……だったら、もっと早く言えばよかっただろ」

「言わなくても気づいてほしかったのよ」

「無茶言うなよ……」


 栗田は少しだけ頬を膨らませ、視線を前に戻した。米内は思わず苦笑する。普段の彼女らしくない仕草に、少し安心した。


「まあ……とにかく、今日は付き合うよ。どこ行くんだ?」

「ふふ、決めてないわ。でも、歩いているうちに行きたいところが見つかるかもしれないわね」

「お前な……」


 そんな風に話しながら、二人は秋の街を歩いていった。風は冷たいが、どこか心地よい。街路樹が並ぶ歩道をゆっくりと進みながら、米内はふと、栗田の隣が不思議としっくりくることに気づいた。


 そして、そのことに気づいた瞬間、彼の胸の奥で小さな違和感が芽生えた。それが何なのかは、まだはっきりとは分からなかった──。


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