第21話

 夏の終わりが過ぎ去り、秋の気配がそっと訪れた。朝夕の空気はひんやりとし始め、蝉の声が聞こえなくなった代わりに、鈴虫の控えめな鳴き声が響くようになった。学校への道には赤く色づき始めた葉がちらほらと混じり、季節の変化を感じさせる。


 米内悠樹はそんな秋の気配を気にも留めず、いつものように気だるそうに学校へ向かっていた。特に面白いこともなく、平穏な日常が続く――そう思っていたのだが。


「おーい、米内くん!」


 後ろから軽やかな声が響いた。その声の主を振り返ると、制服姿の南雲光凛が笑顔で駆け寄ってきた。


「……なんでお前がここにいるんだよ。」

「おはよう、米内くん。今日はたまたま家を早く出たの。そしたら君がいたから、声をかけたんだよ。」


 光凛はにこやかにそう答えると、自然な動きで米内の隣に並んだ。


 彼女のその振る舞いは、どこか「王子様」的な優雅さを感じさせる。肩にかかった髪が朝日の光を反射してきらめき、どこかキラキラとした雰囲気を纏っていた。


「別に一緒に行く必要ないだろ。」

「そう言わないでよ。私、君と話すの好きなんだ。」


 光凛の無邪気な言葉に、米内は思わず目をそらした。


 ▽


 教室に入ると、夏の暑さが引いたおかげで室内は過ごしやすくなっていた。窓を開けると、涼やかな風がカーテンを揺らし、どこか物寂しさを伴う秋の香りを運んでくる。


「米内くん、席着いたらちょっと話そうよ。」

「なんだよ、またくだらない話だろ。」

「そんなことないよ。ちゃんとした相談!」


 そう言いつつ、光凛は米内の隣の席に座る。彼女は少し背筋を伸ばし、真剣な顔を作ってみせた。


「……それで、相談ってなんだよ。」

「うん、文化祭のことなんだけどね。また装飾を少し手伝ってもらえないかな?」

「それなら他のやつに頼めよ。俺に頼む理由なんかないだろ。」

「だって、君って手が器用じゃない? 前にも作ってたの見たことあるし。」


 光凛の言葉に米内は少しだけ眉をひそめた。


「なんだよ。勝手に見られてたのかよ。」

「ふふ、そんなに怒らないで。君の隠れた才能を見抜いた私を褒めてくれてもいいのに。」


 光凛は冗談めかしてそう言い、軽く笑った。その笑顔に、周囲のクラスメートたちも目を奪われる。彼女の何気ない一言や仕草には、人を引きつける魅力がある。


「……まあ、いいけどさ。面倒なことは勘弁してくれよ。」


 米内がしぶしぶ了承すると、光凛は嬉しそうに拍手をした。


 ▽


 その日の放課後、光凛と米内は図書館で文化祭の資料を探していた。夕日が窓から差し込み、机の上には淡いオレンジ色の光が広がっている。


「ねえ、これどう思う?」


 光凛が持ってきた冊子を指差しながら問いかける。


「……まあ、悪くないんじゃないか。」

「うーん、米内くんって本当に感想が簡潔だよね。もっと感情を込めて言えないの?」

「お前が気に入ってるなら、それでいいんだろ。」


 米内のそっけない返事に、光凛は少しだけ頬を膨らませた。


「君って本当に素直じゃないよね。でも、そういうところも嫌いじゃないけど。」


 光凛はさらっとそう言うと、再び資料に目を落とした。その一言に米内は一瞬固まり、わずかに耳を赤くする。


「……変なこと言うなよ。」

「え? 私、何か変なこと言った?」


 光凛は首を傾げて無邪気に微笑む。その仕草に、米内はため息をつきながらも、心の中で何かがざわつくのを感じていた。


 ▽


 作業を終えた二人は、夕暮れの中を並んで歩いていた。空は茜色に染まり、柔らかな秋風が心地よい。


「今日はなんだか楽しかったね。」


 光凛がそう言いながら隣を見ると、米内は少し疲れた顔をしている。


「俺はただ振り回されただけだ。」

「そうかな? 私は君と一緒に作業できて嬉しかったけど。」

「お前、それ本気で言ってんのか?」

「もちろん。」


 光凛の言葉には迷いがなく、米内はそれ以上何も言えなかった。


「ねえ、米内くん。」


 光凛がふと立ち止まり、彼を見つめる。


「これからも、こうして一緒にいられたらいいな。」


 その言葉に、米内は少しだけ目を見開いた。


「また変なこと言い出すなよ。」

「ふふ、ごめんね。でも、そう思っただけ。」


 光凛は微笑むと、再び歩き始めた。その後ろ姿を見ながら、米内は心の中で何かが変わり始めているのを感じていた。


 秋の始まりを告げる風が二人の間を吹き抜け、どこか心地よい静けさを残していくのだった。


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