【不定期更新】街道決闘ストリート・フルクラム

天狼星リスモ(StarRaiga)

Chapter 0:PRELUDE

【Stage 0-0】憧れのキッカケ

 私が車を好きになったキッカケは簡単に説明できる。


叔父――あ、この世界の人類は女性が圧倒的に多い種族だから、私の叔父さんも女の人なんだけど……とにかく、子どもの頃にその人が運転するオープンカーに乗せてもらったことが始まりなんだ。


実業家として成功した叔父さんは生まれつき子どもを産んだり相手を妊娠させることができない体質らしくて、そのせいか私を今でも随分と可愛がってくれる。


運転免許取得の記念に手頃な車を買ってくれたり、大学の学費まで全額負担してくれるのはドン引きするほどの甘やかしぶりだけどね……。


……私を育ててくれた両親のことは愛しているし本当に感謝しているけど、今の私を形作った要因に叔父さんと過ごした楽しい経験があることも事実だと言えるよ。



 一台の蒼いオープンカーが綺麗に整備された山道を走っている。


そのオープンカーはスポーツタイプの車種で、オーナーが大切にしているのかしっかりとメンテナンスされているように見える。


「ねえねえ! おいたん! もっとはやく走ろうよ!」


助手席にちょこんと座っている育ちが良さそうな女の子は、幼いながらにステアリングを握る"おいたん"を煽り立てる。


「困ったな……これでも制限速度一杯で走っているのだがね」


その無邪気な要求に"おいたん"――女の子の叔父(女性)は苦笑いを浮かべ、愛車のスピードメーターを一瞬だけ確認する。


可愛い姪っ子のためにはむしろ速度を出すわけにはいかなかった。


「わはー! たーのしー!」


しかし、緩やかなヘアピンカーブに差し掛かったところで姪っ子は喜びの声を上げる。


「(この子にとっては乗車中のあらゆる要素が楽しいアトラクションなんだろうな)」


人によってはこれだけで乗り物酔いを起こすこともあるという。


だが、姪っ子はどんな運転であっても――例えば急ブレーキを掛けたりした場合でも、気分を悪くするどころか車の挙動を感じられることの方が嬉しいように見える時があった。


「(……大きくなったら今の私のように助手席に誰かを乗せて、楽しく峠を走る日が来るのだろうか)」


"おいたん"は愛車を走らせながら思いを馳せる。


今は助手席に座っている姪っ子が成長して運転免許を取得し、彼女なりの"理想のカーライフ"を見つけてくれると信じて……。



 それから十数年の時が流れ――。


「んじゃ、私は車で出かけるから。晩御飯の時間までには戻って来るよ」


かつて"おいたん"の車の助手席ではしゃいでいた少女――ミルコ・コユキは大学生となり、自動車免許を取得していた。


彼女は土産屋兼食堂を営む実家の手伝いを終えると、両親に外出する旨を伝えてから自宅部分のガレージに向かう。


「(タイヤの空気圧と摩耗……問題無し! 走行前のチェックは忘れないようにしないとね)」


ガレージのシャッターを外から開けたコユキは水色のハッチバックの横にしゃがみ込み、その都度タイヤの状態を確認する行動を4回繰り返す。


タイヤは車が路面と接する唯一のパーツ。


当然、この部分のコンディションは走行性能に大きく関わってくる。


「(CV16エンジンの吹け上がりも異常無し……っと)」


愛車の周囲を一回りしたコユキは運転席に乗り込むとシートベルトを締め、シフトレバーがN(ニュートラル)ギアに入っていることを確認。


クラッチペダルを踏み込んだ状態でキーを差し込んで回すと、1600cc直列4気筒エンジンが勢いよく始動する。


この車が搭載するCV16型エンジンはメーカー独自の可変バルブ機構を有する、自然吸気エンジンの名機として知られている。


「(シフトレバーの感触とシートポジションもいつも通りだね)」


古典的なHパターンのシフトレバーを1速から5速まで一通り動かしつつ、シートポジション及びそこから見えるミラーの視認性も確かめておくコユキ。


もっとも、彼女以外がこの車を運転することはほぼ無いのだが……。


「(ブレーキの利き具合も良し! さて、今日もひとっ走りしようか! 私のポピュラス♪)」


ブレーキペダルを踏みながらハンドブレーキをリリース、この時に車が動かないことを確認したうえでコユキはブレーキペダルから左足を離して車を微速前進させる。


運転席から遠隔操作でガレージのシャッターを閉めると、彼女は意気揚々と愛車――ダイワ・ポピュラス SR-IIIのアクセルペダルを踏み込むのであった。


◆ 用語解説コーナー ◆

【ハッチバック】

自動車のボディ形状の一種。

セダンのように独立したトランクスペースを持たず、跳ね上げ式または横開き式のバックドアを持つ車のことを指す。

実用性重視の車種で採用されることが多いボディ形状だが、その中にあって走行性能を重視したスポーツモデルは"ホットハッチ"と呼ばれる。


【クラッチペダル】

マニュアルトランスミッション車に存在する第3のペダル(ブレーキペダルの左隣)。

通常は左足で操作し、停車時からの発進やシフトチェンジ時に踏むことでクラッチという部分を制御する。

ただ適当に踏めばいいというわけではなく、快適且つ安全な運転のためにはクラッチペダルを正しく操作できる技術が必要不可欠である。

近年はクラッチ操作を自動化したトランスミッションも幅広く実用化されており、クラッチペダル自体を知らないという若者もいるかもしれない。


【排気量】

エンジンのスペック表などに記載されている"1600cc"といった数字のこと。

エンジンが吸入できる空気と燃料の総量であり、一般的に排気量が大きいほど高出力・高トルクなエンジンにしやすいとされる。

ただし、燃料消費量も増加することから燃費に影響を及ぼす他、実際に搭載できるエンジンサイズの上限は車体側の設計に依存する。


【直列エンジン】

エンジン形式の一種で、1本のクランクシャフト(ピストン運動を回転力に変換する部品)に対して複数個のシリンダーを直線状に配置したレイアウトを指す。

6気筒以下の比較的コンパクトなエンジンに適しており、世界中の自動車メーカーの幅広い車種に採用されている。


【可変バルブ機構】

エンジンの吸排気を制御するための部品であるバルブの動作を細かく制御できるようにした物。

現代では電気自動車や余程古いクラシックカーでもない限り、可変しないバルブの方がむしろ珍しくなった。

なお、燃費向上や環境負荷低減を目的とした気筒休止システムを採用する場合、メーカーによっては可変バルブ機構を利用したシステムとすることもある。


【Hパターン】

上下二列に1~5(6)速とバックギア、中央部分にニュートラルギアを配置するマニュアルトランスミッションのこと。

自動車のシフトレバーの配置としては最も歴史ある形態の一つだが、インパネ部分への移動やオートマチックトランスミッションの普及により姿を減らしつつある。


【ハンドブレーキ】

日本語では"サイドブレーキ"または"パーキングブレーキ"と呼ばれることが多い。

別名の通り自動車を長時間停車させる時に使用する。

ポピュラスのように比較的古いマニュアルトランスミッション車ではシフトレバーのすぐ近くに配置されており、これを手で操作することから"ハンドブレーキ"と呼ばれた。

正しく操作すれば走行中でも使用可能であり、それを利用したテクニックも存在する。


【ダイワ】

正式社名は旧字表記の"大輪技研工業株式会社"。

一般的には現代語表記の"ダイワ"の方が通りがいい。

世界的にも珍しい四輪・二輪両方を製造販売するメーカーにして、その両方で成功を収めている一流企業である。

モータースポーツにおける華々しい活躍からスポーティなイメージが強く、四輪・二輪共にスポーツモデルを数多くラインナップしていることが特徴。

四輪部門は中排気量以下の前輪駆動車の開発を得意としている。

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