ホテル千秋 ~そのホテル幽霊専用です~

知恵舞桜

第1話 プロローグ

思い返せば全ての始まりは一匹の金の蝶だった。


初めて幽霊を見た日も、妖怪と出会ったのも、不思議なオーラがみえるようになったのも。


そして今、森の奥で妖たちに出会ったのも。


私の人生が変わったのは、全て金の蝶が現れたときだった。


今回はどんな風に自分の人生が変わるのだろうか。


悪くなるのか、良くなるのか、それとも両方体験するのかはわからないが、なぜかこの出会いは私の人生を大きく変えると確信していた。



そして、これは遠い昔から決まっていた出会いなのだと感じた。






※※※





『あなたは目に見えない存在を信じますか?』


今話題の霊媒師番組が始まった。


私は十歳の頃から幽霊や妖怪が突然見えるようになったので霊媒師の言葉に心の中で「もちろん、信じている」と答える。


だが、父親の茂雄(しげお)と弟の蓮(れん)は信じていないため白けた目でテレビに映る霊媒師を見た。


母親の千紗子(ちさこ)と姉の遥(はるか)は「信じてます!」と元気よく答えたが、本当に信じているのか怪しいものだ。


これは二人に限った話ではないが、この霊媒師は芸能人に引けを取らないくらい顔が整っていて、身長は185センチ以上あり、アスリート顔負けの体をしている。


例えどんなに胡散臭くても、顔がいい男はモテる。


ひどい話になるが、顔が不細工でも金があればモテるものもいる。


この霊媒師は顔でモテているだけで、実際に心の底から信じてテレビを見ているのは少ないだろう。


番組の人たちだって、霊媒師の話を信じているからこの番組を作ったわけではない。


金になるから作っただけだ。


そして予想通り、いや、予想以上の結果になったため、土曜日の20時に番組が移動した。


あほらし、と思うものの、見えるものからしたら藁にも縋る想いでテレビを見てしまう。


世の中に見える人間は本当に一握りしかいない。


そんな人たちを探すのは時間と労力と金が必要になる。


小さい頃は無鉄砲で同じように見える人を探していたが、一年が過ぎた頃には無理だと諦めた。


例えテレビに出ている男が偽霊媒師だとしても、幽霊や妖怪に巻き込まれないために一つでも多くの情報が欲しいのでテレビを見ないという選択肢しはない。


だから、私も母親と姉の隣で大人しくソファに座ってテレビを見ていると、後ろから「あんな胡散臭い男の何がいいんだ」と文句を言う父親の言葉を無視して霊媒師の話を黙って聞く。


今日の内容は前回とは違い、本格的だった。


見えないものが絶対知らないような話ばかりで、もしかしたら本当にこの霊媒師は見える人ではないかと思った。


直接話をしてみたいと思ったが、もし違ったら、それに霊媒師に会うための大金はもっていない。


会いたいと思った数秒後に現実的な問題に直面し諦めるしかなかった。


「……寝るか」


番組も終わり、急にドッと疲れが押し寄せてきて今日はもう寝ることにした。


「もう寝るの!?」


  が私の言葉を聞いて驚きのあまり信じられないといった顔をする。


「うん。疲れたからね」


おやすみ、と家族に言ってから部屋に戻り、そのままベッドに倒れこむ。


そして、そのまま夢の中へと落ちていく。





目を開けると、そこは真っ暗な世界だった。


怖くてすぐに目を閉じた。


だが、少しして目を開けた。


何故怖いのに開けたのか自分でもわからなかったが、そうした。


ここがどこで、なぜ自分がここにいるのかもわからなかった。


ただ、暗闇にポツンと一人でいるのは怖くて、寂しくて、孤独だった。


誰でもいいから会いたいと思ったそのとき、どこからか声が聞こえてきた。


何を言っているのかはわからなかったが、誰かいる。


一人じゃない。


そう思うと安心して、声のするほうへと向かった。


近づくにつれ、次第に何を言っているのかはっきりと聞こえた。


――こっちにおいで。いい子だから。おいで。ずっと、一緒にいおう。私がいてあげるよ。


それを聞いた私はもう孤独じゃない、寂しくなくなると思って駆け足で向かう。


急に走ったからか、平たんな道なのに転んでしまう。


「痛い」


ゆっくりと立ち上がり、自分を呼ぶ声の方へ向かおうと足を出そうとしたそのとき、目の前に美しい輝きを放つ一匹の蝶が現れた。


「綺麗」


金の蝶は昔も見たことがあったが、暗闇で見るのは初めてで本当に綺麗で見惚れた。


蝶が私の前を通りすぎ飛んでいく。


何故か私には蝶が「ついてきなさい」と言っているように感じて、そのあとを追った。


後ろから何か叫んでいるように感じたが、もう何を言っているのかわからなかった。


さっきまで安心してずっと一緒にいたいと思っていたのに、蝶が現れた後からはとても不愉快で恐ろしい声に聞こえた。


声の正体が何かわからないが、本能でそこにはいってはいけないと感じた。


蝶の後をついていってどれくらいの時間が経ったのだろうか。


体感的には一時間たった気がするが、時間を計る機会がないため正確な時間はわからない。


ただ不思議と体の疲れや不安はないのでどれだけ歩こうと問題はない。


そう思っていると、急に光が強くなった。


なんだ、と思いながら前を見ると光る狼がいた。


なんで狼が、と蝶の後ろから眺めていると、目がバチッとあい、全身に電流が流れたかのような衝撃が走った。


気が付けば私はゆっくりと狼へと近づいていた。


目の前で立ち止まると、狼は頭を下げた。


頭をなでろということか、と思った私は右手をゆっくりと狼の頭へと持っていく。


撫でようと手を頭に乗せた瞬間、目を開けられないほどの眩しい光に包まれた。


次に目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋の天井だった。

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