第23話 オフロード

ー 「…足を洗うつもりだったって?

……パパが?……ヤクザから、?」 ー



「…なんや。……不憫なもんやな。

それすらも告白できずにおっ死んでもたんかアイツは。

……というより、そもそも隠いとったんやったな組に入っとることすら。

…どうやら神様いうんはホンマにおれへんらしい。」

「…意味分かんない独り言言ってないで、説明してよっ。パパは、仕事、やめるつもりだったの?」


ここで愛里香が必死になっているのは、父が仕事ゆえ自分たちに構ってくれなかったことに大きな不満があったからである。


パパは不動産ではなく、ヤクザをしていて、これまでパパを私たちから取り上げてるのは不動産会社じゃなくて、もっと悪いところだったわけだけど、そこから手を引いた未来というのは、ある程度これまでよりも時間にゆとりのある未来なんじゃ?

もしかして、もし殺人こんなことがなかったら、パパと毎日会えるような未来が来てたんじゃ?

それもすぐそこに。


だとしたら、色々、更に許せないんだけどッ。


「ガキんころのヤンチャが今まで続いて、流れ着いたというか、選んだというか、

これまで杉原でやってきたでな。

俺もアイツも。


アイツには、これまでに多少の後悔が無かったわけでは、ないんやろ。とりわけ、漣生はホントに穏やかになったわ昔と比べて。

そろそろ、人の不幸を飯の種にするんが耐えられんくなってきとったんかもしれへんな。」

「…………」

「やからか、足洗いたい言うて半年前から準備してたんやアイツは。

俺も、親父も、勿論他の奴らも、しゃーないとは思いつつも口惜しかった。

けど、せやなぁ。

ホンマにこの業界に身を置き続けることが正義やおもてる奴なんかおらへんからなぁ。

そりゃ足洗える覚悟があんならやめたほうがええいうふうに、みんな知ってるから、半分喜んで、漣生のやつを見送ってやるつもりやった。

あぁそれに、アイツはもう、嫁さんに足洗うて宣言してもうたみたいやったしな。」



ああそうか。

そうか。

そりゃそうか。


ママは知ってたのか。

パパが不動産屋じゃなかったこと。

ママも、私たちにそのことを隠して生きてたのか。


「漣生は、嫁さんより年下やったやろ?」


そのセリフを肯定してやることはないが、そのことは愛里香も知ってた。

確かパパはママより2個下らしい。

初めて知った時は驚いた覚えがある。


「尻に敷かれてた言うわけやないけど、ある程度の発言力や、気の強さはあったみたいやないか。

もとより組長でもないヤクザもんの嫁さんになるだなんて決めてくれた時点で、肝座っとるけどさ。君らのお母ちゃんからは特に辞めるよう促されたわけでもなく、自分で決心した選択やったで、もとよりみんな尊重してやりたかったはずなんや。


やから、アイツが無事に足を洗生きれんかったのは、やよ。

ことごとく、なことやと思うよ。」

「……………」

「………」

「………………」


聡は話に一区切り付けたところで、煙草を取り出そうとした。しかし目の前にいるのが愛里香だということでそれをやめた。

漣生が死んでしまったせいで煙草が目に見えて増えている。

自重せなな、と聡は胸ポケットを撫でつけながら思った。


「………ひ、ぃょ、」

「?なんて?」

「…………ひどいよ、」

「ヒドイ?」

「………そんなのって…、ないじゃん…

……ひどい…、………ひどいよぅ……、」



気付けば、愛里香の父親を想うが故に嫌う気持ちはどこへ言ったのだろうか。


〝大切なものは、すぐそばに〟

〝離れてしまって初めて、その人の大切さに気付く〟


よく言ったものである。

しかし、それが何の足しになるだろうかという話ではあるが。


たびたびこのようにを嘆きたくなっていた愛里香だったが、時が巻いて戻るようなことは無い以上、うずくまり、涙で頬を濡らし、嗚咽を漏らすというのは気持ちに吹き荒れる嵐を去らす最適解のはずであった。


もっとも。

中学生としても、オトナとしても、その先にあるプロとしても、精神的にまだ現時点では未熟であり、無力であるということを、彼女は自覚しておかなければいけない。


だからこそ。

身の丈に合わないと形容して然るべき思考に至った愛里香に、聡は少し、驚くのだった。



「………許せないッ………!」


確かに、愛里香はそう言った。許せないと。

では一体、何が許せないのか。


「……なにがや。」

聡もまた、それを明らかにしようとするのだった。


「私の、私たちの、見えないところで、お金とか、裏切りとか、いろんなことが動いてて、それのせいでわざわざ、パパとママは巻き込まれて、死んじゃって、それは私には、…私にも、アンタら大人にも、防ぎようがないようなことで…。

……そんなのって、…ヒドイじゃんっ…。」

「………そういう意味か。」



〝理不尽な世界〟という言葉をキーワードに、聡は得意の関西弁でアンサーをしようとした。

しかしそう言うのをやめた。


「…この世界はな。俺やキミが思てる100倍は、〝理不尽〟でできてるんやで。」

言おうとして、やめたはずなのに、言ってしまった。



「も少し、語らせてくれ。

この世界では確かに、突然親を亡くして、

やむを得ず殺しをしてしまって、

見知らぬ土地で見知らぬ大人と見知らぬ世界に来てしまった女の子のことを、〝不幸〟やと言うんやろう。

それは否定しんし、紛れもない不幸に思えると思うで。


けどな、君は飲むもんに困ったことがないやろ。」

「…は?」


何を言い出すかと思えば、と愛里香はもはや困惑していた。   


「答えろや。」

「…ない、」

「よな。なら、食べるもんについては?

親への対抗で、ハンガーストライキしたとかは除いて、丸一日なにも口に入れれんかった日なんてないやろ。」

「…………、ない…、。」


「つい強めに聞いてしもたけど、それはべつに恥ずべきことやない。フツーのことや。

俺らの生きるこの日本では。


けどな。俺らの言うそのフツーや、フツーの生活っちゅうんは、生きてることを大前提とした、世界の水準で言うたら極めて高いものなんやわ。

…言うてることわかる?」

「…………」

「…言うたら、贅沢なんや。本来は。


飲み食いに困らん生活も、寝る場所に困らん生活も、学びに困らん生活も、全部全部贅沢品。

ほしいのに手が届かん人間がぎょうさんおるなかで、偶然この日本という国に生まれ落ちたから、大前提になってるだけ。


もっと言うなら、生きてることさえ、大方そんなに保証されたもんではないんやよ。」



最後の聡の言葉は、なんだか、諭すような優しさを孕んでいた気がした。



「人間誰しも、病気やら事故やら天災やらで、簡単に死んでしまうからな。


そりゃ、死ぬのは悲しいよ。

死ぬことは、決して軽いもんじゃないよ。

けどさ。そんなに死ってのは、身近でないわけはないんよな。



明日を確実に生きれる保証なんて、どんな人間にもない。

生まれてまもなく殺される子供も、戦争やらで無差別に殺される子供も、不慮の事故で死んでしまう子供も、数え切れんくらいおるわけやろ。

そんでもってそのみんなが、明日を生きたがっとったわけやろ。


ともすると、そうやないか?

俺らが生きてることって、奇跡とちがう?

俺たちが、日本に生まれてきたにしてもさ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る