第16話 やるやらないの2択なら
ー 「次は…この写真の男を、見つけたら良いの?」 ー
「そういう依頼もあるけどね。
エリカみたいに町を歩き回って探すなんて
しんどかったでしょ?
だから専ら、探偵とかのパイプに頼るよ。
今回は単純な始末だね。」
家を出て15分後。
慣れた道を行く陽菜乃と、気力が薄れてるだけで元々体力のある愛里香は割と余裕な様子で目的の公園へと到着していた。
今は愛里香が陽菜乃から、顔が濃くて気が強そうな40代くらいの男が写った写真を受け取ったところ。
「生活区域じゃなくて明確な居場所とか情報を、教えてもらえるから、殺りやすい盤面と方法を考えて実行するのが、うちらヒットマンの仕事。」
「ヒットマン?」
「殺し屋のことね。言い忘れてたけど、私はエリカの目指す
「……殺し屋…。………、あのさ、」
「?」
「今のこの世の中に、ていうか日本に、本当に殺し屋なんているの?
映画とかだけの話じゃなくて?」
「あー、それ。皆それ聞くよね。
…私の存在が証拠だよって言いたいんだけどいかんせんオーラも歴もあんま無いもんだから、この身一つで証明できないのが悔しいんだけど、結論から言うといるよ。
うん。割と余裕でいる。」
「…そうなんだ。」
「この業界を太く短くなんて人はいないからね。死んじゃうし、結局人間だから命は惜しいし、痕跡すら残さない徹底さを持って、皆日常の裏で少しずつ少しずつマトを消してるもんだよ。」
「…ちなみに、ヒナノさんは、何人殺したことがあるの?」
「知りたい?」
「…やっぱり、いい。」
「別に、知ったところでだしね。
それよか、その写真の男のことだよ。私が
話しとかなきゃいけないのは。」
陽菜乃は健を伸ばしながら愛里香の手元を指さした。
「この人は、
組の事務所がある隣町の中心街にあるマンションに住んでて、白いワゴンRが乗用車。
やってることは、レイプ2回と傷害5回だね。せっかく依頼もらったから、まあ殺しちゃおうかなって感じ。」
「…女としては、、許せないね。」
「ね。レイプは人生詰んじゃいかねないし、なにより怖いよねえ。
こういう人がいるってのは。」
愛里香はもう一度写真を見つめた。
自分の中で明らかに見る目が変わっている。
当然とも言えた。
「いつ殺すの?」
「今夜か、明日の夜。
エリカに選ばせてあげる。
毎度毎度こうやって、ちゃんと罪がある人を殺せるわけじゃないから、多分殺っても罪悪感は少ないと思う。
だから早めにさ、人を殺すことにきちんと慣れてほしいんだよね。」
「………」
「ふふふ、怖気づいてるの?」
「……いや、…なんか、実感が湧かない。」
「2人殺してるのに?」
「………うん。」
陽菜乃は朗らかに笑った。
愛里香の心がシリアスだった場合を案じてのことだった。
「ねえエリカ。」
「?」
「殺しやっちゃった時さ、どんな気持ちだった?まだ覚えてる?」
「…………」
昨日の夜にしろ、その前の陽菜乃捜索時にしろ、当然その時のことを考えなかった訳は無い。
パパとママのこと、見限ってきた中学校や友達、部活のこと、留奈のこと。
否が応でも考えずにはいられないこれらに混じって、人の頭を何度も何度も潰した感覚と人の腹を何度も何度も刺した感覚は、ぼんやりではあるが手に蘇っていた。
「…正直、…あんま覚えてない。」
「……」
「……けどね、『今なら何でもやれそう』って思ったのは覚えてる。」
「………ふうん。」
具体的にさ、何したか教えてくんない?
陽菜乃の問いに愛里香は、モヤのかかった
記憶を手繰り寄せて答えた。
銃を突きつけられて脅されて、
そこで怒りが爆発して、
1人には喉に届くくらいの飛び蹴りをかまして、そのまま棚に頭を挟ませて潰した。
もう1人は殆ど無抵抗だったから、ナイフを使って刺殺した。
おおよそこんな流れだったと思う。
もっといろいろあった気もするし、飛び蹴りとか脅されたのとかが空想だった気もする。
「棚?…頭…まさか潰して殺したの?」
「…うん。」
「……………やっば…、って言いたいけど、よっぽどな状況か怒りやったんやろうね。
親の仇でしょ?」
「…………うん。」
「………」
「もう一つ聞きたいんだけどさ。」
「?」
「エリカは、おやっさんに何て啖呵切ったか覚えてる?」
「……………」
啖呵という言葉の定義が分からなかったために、少し黙った愛里香。
そんな彼女を見ておや、と思った陽菜乃。
陽菜乃からすればこの言葉は、やはり本人の口から聞きたかったものだった。
「人殺すのが天職って言ったんだってね。」
「…あ、あれは、」
愛里香の頭の中に、自分の声とセリフが蘇った。
完全にハイだったなんて言えない。
これからはそんな道に進めるんじゃないかと予感した途端、その予感を現実にするためになりふり構わず脳ミソを動かした結果だった。
「撤回は?」
「…」
「ありそう……だけど、じゃあやっぱし、
「………」
本当にその通りだった。
薄々感じていたことを言い当てられ、なんともバツが悪い。
本当に自分が見切り発車でここに来て、奇跡的に命があるだけなんだなと思い知らされて、ただ黙り込むしかなかった。
「耳の痛い事を言うようだけどさ。
怒りってのはやっぱ、盲目と引き換えに凄いパワーをくれるもんなんだよね。
毎回怒ってなきゃ仕事できないとか、必殺の肩書きがあってその上で冷静ならなんも文句ないんだけど、そんな人間いないから。
間違いなく。
どうせそんな危ないやつは死んじゃうし、そもそも要らないんだよ。」
「まあ怒ってれば必殺で、短く太「あのさ。」「…?」
ここで愛里香は、陽菜乃の言葉を遮った。
彼女自身に関しながらも、不可解と思われた疑問をもって。
「あ、ごめん。…話、遮っちゃって…。」
「ううん。…なんか、私も言い過ぎたかも。」「…」
「…」
「で?なあに?」
「…私が、こないだあの男たちを殺せたのが、怒ってたからだったとしたら、なんで私は、ヒナノさんを躊躇いなく刺そうとできたのかな?」
「………………あー…」
「……………」
「…なんか、変な感じ。自分に殺意向けられた時のことを分析するなんて。」
「…ごめん。」
「…………」
愛里香が2分前から考えていたことを、陽菜乃も一緒に考え出した。
そのまま5分ほどの熟考をしていれば、外の空気は朝日が昇ると同時に段々と、不快な暑さをまとうようになる。
「……死に物狂いだったから、かな?」
陽菜乃がやがて呟いたことは確かに、的を得ていた。
「私のことを、体感は永遠とも思える時間歩き回って探してさ、まあまともじゃなかったとは思うけど、追い込まれてた以上その状況を脱するためにも腹を括って殺しを正当化できたんだと思うよ。
多分、麻痺ってて相手に悪いなとか、相手がどんな人なのかなとか、考えなかったと思うんだ。」
愛里香はあの時のことを思い出そうとした。
足の痛み、不安、汗の不快感、風やコンビニのクーラーの涼しさくらいしか覚えてない。
いつまでお気楽なんだと、今になって思い直した。
「まぁ、コレもダメだね。
追い込まれなきゃダメなんて、怒らなきゃダメより使えないよ。
仕事さえ終わればどんだけ泣いたって悔やんだっていいから、なるべく平常なメンタルで殺しをやって、次もそうやって殺しをしてって、今後も折れずにキャリアを積んでく決意までしなきゃいけないのがプロなんだよ。」
「…プロ…」
プロになれたら、人殺しに慣れたら、
頭でっかちは卒業できるかな。
どのみち殺しはしなきゃいけない。
昨日ヒナノさんは言ってた。
「私を殺そうとした以上、後には退けない。」
なんかその意味が、やんわりだけど分かった気がするよ。
「…ヒナノさん。」
「どしたの。改まって。」
「……この男を殺すのは、明日の夜にしてほしい。」
「?」
「……とにかく今回、死ななくて済むようにヒナノさんにいろいろ教えてほしい。
とりあえずその時間が、ちょっと欲しい。
人殺しが天職は、言い過ぎだったのかもしれないけど、運動神経には自信あるから。
…体術だっけ。教えてください。」
「…………」
今度は陽菜乃が黙った。
その目には愛里香が映っており、なにやら少しだけ感心したかのような煌めきも散らばっているようで。
「…1時間。」
「?」
「あと1時間したら、通勤通学の時間が過ぎてこの公園通る人が少なくなるから。
それまで準備運動。
受け身と足技を中心に、ちょっとだけスパルタするからね。」
突然『殺す』と言われて銃を向けられるより、何倍もマシだ。
「お願いします。」
たった今愛里香が勇んで脱いだ黒のジャージは、充分に陽を吸って温まっている。
そこに吹いた爽やかな風は、微笑んで彼女を応援する陽菜乃の眼差しさながらである。
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