第13話 職業病
ー 確率とは収束するものである。 ー
しかしそれを今の愛里香に告げたところで何の気休めになろうか。
ここを先度と意気込んだ朝の通勤通学のタイミング。
彼女くらいの女性が好むような洒落た服屋。
駅、住宅街、スーパーに至るまで、彼女は疲労の積もる足へ追い打ちをかけるようにして歩き回るも岩村陽菜乃には遭遇できず、いよいよ2日目の昼下がりを迎えていた。
もはやここまでくると、目が錯覚を引き起こすようになってくる。行き交う女の顔が全てこの写真の顔に見えてくるのだ。
彼女は殺害という究極の目的によって極限まで慎重になっているがために、幸いにも勘違いで早まるようなことはしていないが、これがもし声を掛ける程度であれば愛里香は狂ったように、手当たり次第声を掛けていただろう。
3時間ほど前から考えていた休息を、いよいよ一度挟もうと思った。
丁度良く、目に付く所にコンビニがあった。
スポーツドリンクとサンドイッチを手にとって早々にレジを通した彼女は現在、駐輪場の脇に座り込んで息をついていた。
極端な話、この女が見つかるのは1ヶ月後とかになるのかもしれない。
元々は昨日で見つけ出そうという心づもりだった彼女にとっても、常人にしても、1週間というのは相当な時間であるが、今の彼女は1週間以内で見つかるならどれだけ良いことかと思うくらいには既に参っていた。
実際のところ、ここが大平市かさえ分かっていない。既に数十キロは歩いてるんだから、隣町にはみ出ていたっておかしくはない。
道行く人に聞いてみなきゃな。
地図があれば、1番良いんだけど。
ていうか、途中で見かけた高校2つのうちのひとつに張り込んでなきゃ。
中学2年生の頭とは、決して小さいものではない。
知恵と工夫でこの苦境をなんとか乗り越えるために、可能なことと必要なことを自分なりに計算している彼女は依然として〝やるしかない精神〟を燃やしていた。
しかし、もし人混みで岩村を見つけた場合はどうするのか。
人目につかないように殺害するため、おびき寄せるような場所は用意してあるのか。
首から下はどうするのか。
そういう難しいことにまで考えを及ばせていなかったところは、残念なことに所詮は中学2年生と言わざるおえない。
☆☆☆☆☆☆
日本共通の5時のチャイムが鳴り出すなり、愛里香は記憶の限り来た道を、駆けて引き返していた。
チャイムが鳴ったら高校の門付近で張り込む。それまでは開拓と自分の位置把握に務めると決めていたのだ。
細い道、車がたまに通る道、横断歩道、
やがてマークしていた高校が見えてきた。
予想通り自転車や徒歩で帰る生徒たちが
まばらに出てきては、それぞれの帰路についていく。
放課後ではないらしい。部活に区切りを付けた生徒たちのようだった。
「……………」
女が高校生だという確証も無いのに、愛里香はドキドキしながら服の中で包丁握りしめていた。相変わらず女性というだけでいちいちドキッとする。
写真の中の岩村陽菜乃と全く同じ顔に思えて仕方がないという領域にまで達していた。
もはや唯一の判断材料は背。
岩村陽菜乃の背は恐らく少し高めだ。
写真の背景から推察したに過ぎないが、もはやそれくらい写真を何度も何度も見ているということだろう。
「……………」
門から生徒たちが下校していく数は、増えては減り、再び増えては減るといった波を生み出している。
立ちながら20分ほど耐久した頃。
「…………?」
ついに彼女の苦労は報われることとなる。
図らずもこの場所で。
……間違いないんじゃ……?
写真の中の岩村陽菜乃は、車道を挟んだ向こう岸の歩道の奥から歩いてやってきた。
その女もまた、愛里香のような黒いジャージを来ていた。写真でも黒色のワンピースを着ていたために、服の種類は違えど不思議と注視する形となったのだ。
本来意味を持たなかったはずのこの高校への張り込みは、一気に彼女をゴールへと誘うものになったのだ。
時間にして実に、25時間11分と56秒。
睡眠時間を除いた17時間57分と49秒の格闘の末見つけたその女は、明らかに今までとは違う符号感が伴っていた。
「……………間違いない」
良く見たら靴が一緒じゃん。
これはきた。きたでしょ。間違いない。
手汗で包丁を滑り落としそうになりながら、ゆっくりと女の後を追っていく。
ここで愛里香は初めて、殺害後への憂いを想定した。
運良く人の居ない路地みたいな場所に行ってくれれば。それか、そこにおびき寄せれたら。
反対側の歩道に移り、ついに愛里香は女の
4メートル後ろに着くことに成功した。
夢にまで見た瞬間がいま、ここに。
既に人殺しを経験しているからだろうか。
仮に人が全く居なければ、躊躇せず背後から包丁を生やしてやる残忍な覚悟が、この時
彼女の中では固まっていた。
直前になって怯えることもせず、宣告通り殺しを遂行する確固たる気概があったわけだ。
別に何か確執があるわけでもない、殆ど見ず知らずの他人に対して。
「…………!」
愛里香はその時気がついた。
うまいことに後ろにも前にも人がいない小道に、私達はいる。
もしかしたら、やるのは今しかないのかも。
そこからの愛里香は早かった。
駆けて一気に距離を詰めた。
構えた包丁をひと思いに女の腰辺りへと突き刺してやるべく。
何度も言うが、躊躇は無い。
一切の躊躇なく、純度100%の殺意で放った恐ろしい殺人の一撃。
「…………?」
女が足音にこちらを向いた。
2人の距離は1メートルをきっている。
愛里香と女は目が合った。
不気味なことに、女の方はニタっと笑った。
「………!?!」
この時。
愛里香の手から包丁は、勢い良く叩き落され、地面と衝突した鋭い音を立てた。
女の仕業であった。
不気味なほど爽やかな笑みに対応したような咄嗟の流麗な反撃。
愛里香は酷く驚かざるおえなかった。
いや、甚だ無力だと決めてかかっていた者への奇襲が思いがけぬ方法で回避されては、誰だって驚くに違いない。
事実、愛里香は包丁を叩き落されるだなんて夢にも思わなかった。
悪い夢だと思った。
「はははっ!良く見つけたねキミ…って!
ちょ、ちょっと!!?」
「うわあああああぁぁァァ!!」
この時、男に首を絞められて以来初めての恐怖を感じた愛里香は、逃走か素手での応戦という択のうち、後者を選んだ。
ここで殺さなきゃ、もう二度とチャンスはないかもしれない。
そう思ってのことだった。
「ちょ、ちょっと!!ストップストップ!」
女の声など聞いていないといったふうに、愛里香は咆哮をあげながらがむしゃらに拳を振り抜いた。また、力任せの蹴りを放った。
人を殴ったことすらろくに無く、せいぜい妹とバレーコートしか蹴ったことしかない愛里香の攻撃が、即座に包丁を対処できるような女に通用するはずもなく。
「やめてよっ…!、……っごめんね!!
ちょっとだけ強く押すよっ!?」
やがて愛里香が振りかぶって撃ち抜いた稚拙な右ストレートに対して、女は
「…ッッッ!?!痛っッ!!」
地面に腰を打ち付けて転がる程度吹き飛ばされた愛里香は、ふらふらした視界の中で女の姿を捉えていた。
「止まってくんないからだよ。もうっ。」
「…、はぁ……はぁ……、なに、アンタ…。」「ナニアンタ…じゃないわっ。ほら、立てる?」
「…はぁ?」
「?」
「どういうつもり、…、?
さっきっから、な、なんなの…?アンタ…。
てかなんでそんなに……強いのよ…、」
意味が分からない。
私はこの女を殺そうとしたのに、。
なのに、なのになんなの?この女の態度は。
「…強いって…、…………うーん…。
……………職業病………かな。」
改めて、女こと
当然愛里香の聞きたいことは、そんなことではない。何一つとして、愛里香の頭の中の
疑問は解消されていない。
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