第36話 レゾナンス《共鳴の剣》
ギン!剣は地面に叩きつけられ、音を立てて折れた。ラヴィーネは瞬時に後ろに下がり、出来るだけ攻撃を躱そうとした。それでも、左足に犬型の魔物が噛みついた状態で、脇腹も出血している。
「このっ…離れなさい、くっつくな!」
ラヴィーネは素手で魔物の頭を鷲掴みにし、力尽くで引き剥がした。噛みついていた部分の皮膚まで剥がれてしまい、余計に怪我が増えてしまった。ラヴィーネは自身の負傷はそっちのけで、剣を真っ先に確認した。剣刃の約八割は折れてなくなっている。幸いなことに消化液が付着した部分は無事に切り離せたようだが、攻撃手段を失ってしまった。
「どうしたら…剣が無かったら、私は!」
怪我が酷く、上手く立ち上がれなかった。モタモタしているうちにも、魔物は里の中に入っていく。ラヴィーネは近くの木の幹を掴み、それを支えに立ち上がった。負傷した左足を引きずりながら、魔物たちの正面に立ちはだかった。
「これ以上は、通さないわ。行かせない…」
しかし、ラヴィーネはもう脅威ではないと判断したのか、魔物たちはラヴィーネを無視して先へと向かう。唯一立ち止まり、ラヴィーネと向き合ったのは大きな赤色のドラゴンだった。自分と同じサイズの魔物でさえ倒せるか怪しいと言うのに、そのドラゴンは翼だけでも人間の倍以上の大きさだ。
「(何だか…私らしくないわね、勝てないと分かっているのに。一旦退却して、ロゼに治療を頼むべきだったわ。だから、ここで私の人生は終わるのかしら。)」
ドラゴンは大きく息を吸い始めた。恐らく炎を吐くつもりなのだろう。どう転ぼうと、ラヴィーネは避けられるとは考えていなかった。もう恐怖心も無ければ足掻こうとも思わない。
「まぁ…騎士の適性はなくとも、剣に生きる人生を送れたし、もう十分ね。」
目の前のドラゴンが大きく口を開け、炎を出そうとしたその瞬間だ。ラヴィーネは突然、誰かに腕を引っ張られた。力が強すぎて腕が千切れそうだ。
腕を引っ張られる勢いで体が浮いたと思うと、ラヴィーネの視界には青空が広がっていた。
「…青空?そう、ここが天国なのね。」
「何勝手に天に召された気分になってるんです?普通に生きてますよ。」
「は?」
ラヴィーネは体を起こし、脈を確認した。確かに生きている。左を見ると呆れ顔のカイルが、右を見ると周りをキョロキョロしているドラゴンがいた。
「はぁ…貴方僧侶適正ですよね。治癒魔法使わずに戦線復帰したのは何故です?」
「…キューラ。」
ラヴィーネの眉がピクリと動いた。治癒魔法を唱えると、ラヴィーネの負傷はみるみる治っていき、数秒後には全快した。
「何でここにいるのよ、というか何をしに来たの?」
「何ってそりゃあ…」
カイルが話している途中で、ドラゴンはこちらに気がついた。木をなぎ倒し、まっすぐ向かって走ってくる。カイルはチッ、と舌打ちをし、ドラゴンの方を向いた。
カイルが右手に持っているのはレイピアだ。強く地面を踏み込むと、ドラゴンが突進してくる間に横にそれた。頭突きで折れた木がこちらに倒れ込み、ラヴィーネは間一髪で避けることができた。カイルは高く跳躍し、突き出した頭に乗った。瞬く間に左目、その次に右目をレイピアに突き刺した。ドラゴンは視力を失い混乱し、その場でのたうち回った。仰向けになったタイミングを見計らい、カイルは首を刺してそのまま抉った。
暫く様子を見ていると、ドラゴンは動かなくなった。カイルはドラゴンの返り血を汚そうに見た後、ラヴィーネのもとに戻ってきた。
「…で、何の話でしたっけ。」
「貴方本当に人間なの?一人でドラゴンを撃退するなんておかしいわ。」
「一応護身術くらいは身につけてますよ。何もおかしくないでしょう?」
話が噛み合っていない。その護身術でドラゴンを撃破しているのがおかしいと言っているのだ。しかし、カイルが微笑み顔ではぐらすものだから、ラヴィーネは思わず苦笑した。
「別に戦闘センスがある訳ではありません。その…一応科学には精通している方なので、魔物のそれぞれの急所を把握出来ているだけです。」
「そう…あぁそうだ。魔物が里に入ってきてしまったの、こうしている場合じゃないわ!」
「それは問題ないです。もう『到着』していますから。」
カイルは左方向を指さした。ラヴィーネが木々の間から顔を出し指さした方を覗くと、馬に乗った大軍がこちらに接近していた。先頭の馬のスカーフの紋章は、王国騎士団のものだ。
「王国騎士団!?カイル、貴方が呼んだの?」
「そうですよ。さて、ラヴィーネさんに見せたいものがあります。着いてきてください。」
カイルが行き先を伝えずに歩き出したため、ラヴィーネは慌てて追いかけた。
カイルに案内された建物は、里に複数ある鍛冶屋の一つだった。最初は意味がわからなかったが、少し考えた末にラヴィーネは思い出した。
「そういえば、私の新しい剣の製作を頼んだのはここだったわね。」
「そうです、ここの店主に頼まれたんですよ。貴方をここに連れてきてほしい、と。」
カイルがドアをノックすると、中から作業着を着た中年男性が現れた。男性はラヴィーネの方を見ると、大層喜んだ顔をした。
「連れてきてくれたんだな、カイルさん。嬢ちゃん、アンタの剣がついに完成したよ。さぁ早く中に。」
二人が鍛冶屋の中に入ると、男性は固くドアの鍵を締めた。中は明かりがついていないので少々薄暗い。足音がよく響く中で、ラヴィーネはとある質問をした。
「貴方はずっとここにいたの?ロゼから避難するように言われなかった?」
「ハハハ、勿論言われたよ。でも、戦う人を支えるのが俺の役目なもんでな。『剣ができるまで動かねぇ』って意地を張ったら根負けしてくれたんだ。」
ラヴィーネは内心かなり呆れていた。そこは普通安全のために引きずってでも避難させる所だろう、と思った。しかし、ロゼットなりの優しさだと考えると少し複雑な心境だ。
「(人によって価値観も変わるものよね…)」
「おぉあった、これだ。嬢ちゃん、これがアンタの剣だ。」
男性が差し出した剣は、黒い刀身に水色に光る宝石が埋め込まれており、とても美しい見た目をしていた。しかし、その宝石はターコイズでもアクアマリンでもなく、今まで見たこともないものだった。
「あの、これは何と言う宝石なの?」
「それはウィレノンという珍しい宝石でな。ここらへんでしか取れないんだよ。魔力をよく通すから、嬢ちゃんにピッタリのはずだ。この剣に魔力を込めて、炎をイメージすれば炎が、雷をイメージすれば電気が出る。それだけだ、分かったな?」
ラヴィーネは剣を両手で受け取り、小さく頷いた。
「この剣、名前はあるの?」
「うーん、そうだな…『レゾナンス』。ここの言葉で共鳴という意味だ。嬢ちゃんの戦う意志に、きっとコイツは応えてくれるよ。」
男性はラヴィーネの手を握り、強い眼差しを彼女に向けた。その後部屋のドアを閉め、そのまま外に出ようとした。ラヴィーネは肩を掴んでそれを引き止めた。
「まだ外は危ないわ。後でロゼ辺りにここに来てもらうから、それまで待ってなさい。」
「分かった、そうするよ。それはそうと…カイルさんは何処に行ったんだ?」
二人が気が付くと、カイルは鍛冶屋から居なくなっていた。探そうか迷ったが、カイルはいつも突然現れてフラッと消えるので、その気も失せてしまった。
「ホント…神出鬼没よね、あの人。」
ラヴィーネは深くため息をつき、レゾナンスを鞘に収めた。そして、男性に手を振りながら外へ出ていった。
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