第39話 コボルトの娘

 魔獣はダコサウルスと呼ばれる体長が四メートル程の海ワニで、牙の並んだ巨大な口を持ち、四つのひれと尾びれを使って海中を自在に動き回る。陸から目視しただけで、少なくとも二十から三十程のダコサウルスが確認できているとのこと。


「確かにこれまでもたまに魔獣が現れることはあったのですが、住処を追われた小型の魔獣ばかりでした。この町のリザードマン達が追い払っていたのですが、最近は大型化してきて、明らかに頻度も増えてきました」


 憂鬱な顔で町長が声を落とした。


「普通なら数日もすればいなくなるのですが、もう一月近くも居座っている状態でして。このままでこの町が干上がってしまいます」


「卵を産んだのかもしれないね」


 キケが言った。


「まずいな。ぐずぐずしてるとダコサウルス天国になっちまう」


 ベッツが表情を曇らせた。


「ダコサウルス天国か……。新たな名所にならないかな?会いに行ける魔獣の楽園とか銘打って。ダコサウルスだけじゃなくて、色んな魔獣を集めてみてさ」


 オレは思いついたことを口にした。


「ならねえよ。つまんないことを考えるんじゃねえよ」


「そんなことしたら、この町が滅びてしまいます……」


 みんなの非難の目がオレに向けられた。


「すまん。忘れてくれ。ノアールから魔国を盛り上げるアイデアを出せと言われてるんだ。いいアイデアが全然思い浮かばなくてさ……」


「ノアール左魔王子妃様は商売に大変力をお入れになっていると巷で噂になっております」


 町長の目が光った。

 さすがに商売人だ。可愛らしい見た目に反して利に聡い。


「ああ、ノアールが言うには、魔国は宝の山で溢れているそうだ。それなのに、ちっとも活かし切れていない。もったいないと言っていた」


「興味深いお話ですな。帝国とも商売を始められるとか」


「ああ、今はそれにかかりきりになっている。魔国と帝国では得意分野がまるで違う。いがみ合う理由もなくなったし、これから互いの得意分野を活かし、足りないところをうまく補い合っていければと考えている。何と言っても、この世界は大部分が空白地帯だ。発展の可能性は無限大だ。魔国を出るとワカンタンカ様の加護は失われるが、そろそろ魔国に閉じこもっている時代も終わりだと思う。少しずつでも外の世界に道筋をつけていくつもりだ」


「まったくその通りで。私共も助けになれればと考えております」


「もちろん、コボルトの力は当てにしている。海千山千の帝国の人間と渡り合うには、お前達のようなやり手が必要不可欠だ。魔国は腕自慢は多いが、お前達のような働きができる者は少ない。近いうちにノアールから声がかかると思うから、その時は力になってやってくれ」


「もちろんでございます」


 オレ達は湾内を回遊しているダコサウルスを始末しつつ、卵を探すことにした。

 ダコサウルスは海中で活動するが、卵は水の外に産み落とす。湾内のどこかに卵を産んだ場所があるはずだ。特にダコサウルスが多く集まっているに場所に卵がある可能性が高いだろう。


「それにしても、ここ最近、魔獣の動きが活発になってきているような感じがするな。海から陸に押し寄せてきている感じだ」


 一通り打ち合わせを済ませると、ベッツが眉間にしわを寄せた。


「現れる魔獣も大型化してきているし、海で何かが起こっているのかもしれないね」


 キケも同調した。


「聞いた話だが、海の向こうには大陸があるらしいぞ。そこで何かが起こっている可能性がある」


 オレが言った。


「へぇ、そうなのか。それは初めて聞いた」


「代行者の聞きかじりだけどな。大陸にも地域神がいたらしいんだが、今は反応がなくなくなっているらしい。アポカリプスの影響で壊れたのかもしれないと言っていた」


「こう被害が増えてくると放っておけないな。一度、様子を見に行った方がいいんじゃないか?」


「代行者は行きたがってる。オレも一度行った方がいいとは思うんだけど……。ただなあ、大陸に行く手段がない……」


 オレは頭の上で腕を組んで、ソファーに体を預けた。


「船で行くなんて自殺行為だぞ。外海に出たところで大型の魔獣に襲われて一巻の終わりだ」


「レクサスの魔道船じゃダメなの?」


「航続距離が足りない。オレの魔道船じゃとてもたどり着けないそうだ」


「ノアール様の魔道船はどうだ?」


「厳しいらしい。もともと帝国内の移動用で長い航続距離を想定した作りになっていないからな」


「帝国に新しい魔道船を造ってもらうのはどう?」


「帝国の方でも魔獣被害が増えているようだし、話を持ちかけてみるか……。今の皇帝は魔族に対して友好的だしな」


 時間はかかるかもしれないが、話は進めておくべきだろう。

 都に戻ったらすぐに連絡を取ろうとオレは考えた。


「魔王子様は武力は言うまでもありませんが、代行者様とも親しく、帝国ともつながりを持たれておられる。魔国のために一生懸命働いてくださるし、国民としては心強い限りですな」


 町長が感激した顔で話に入ってきた。


「そう言ってもらえると嬉しい。オレは長く魔国を離れていたから、少しでもみんなの役に立ちたいんだ」


 オレは町長に答えた。


「もったいないお言葉です」


 そう言うと、町長がオレの傍ににじり寄ってきた。


「話は変わりますが、聞くところによると、魔王子様はあっちの方が大変にお盛んだとか」


 町長はにやりと笑った。

 おいおい何を言い出すんだ、この男は?


「いや、それは……」


「いえいえ、みなまで仰らずともわかっております。どうか私めにお任せを」


 パンパンと町長が手を叩いた。

 襖が開き、キレイに化粧をしたコボルトの娘が部屋に入ってきた。

 コボルトだけあって小柄で幼く見えるが、しっかり女性の体をしている。その手の趣味の人間にはどストライクだろう。


「私の自慢の娘です。きっとお気に召されるかと。さあ、どうぞ」


 いや、どうぞと言われても……。


「不束者ですが、よろしくお願いいたします」


 あんたもその気になってんじゃないよ!

 嫌がれよ!悲しそうな顔をしろよ!親に言われて、涙ながらに出てきたんだろ!曇りなき眼をしてんじゃないよ!


 大体、何でオレに娘を差し出そうとするんだ!この場には妃もいるんだぞ!変な気を回す前に空気を読めよ!


「いつもこんなことしてるのかにゃ?」


 にゃんこの冷たい言葉がオレの背中に突き刺さった。


「う……」


 おそるおそる振り返ると、にゃんこが表情のない能面のような顔をオレに向けていた。

 オレの背中に冷たいものが流れた。


 隣でエレノアが面白いものが見れるとばかりにニヤついているのがムカつく。


「ブランシェとノアールにも報告しないといけないにゃん」


 にゃんこが氷のような薄ら笑いを浮かべた。


「今のはオレが悪いわけじゃないだろ!町長が勝手に気を回したんだ!あの二人に言うのはやめてくれ!」


 オレは必死に訴えた。


「見た目に騙されてコボルトに気を許すと、尻の毛まで抜かれるにゃん」


 にゃんこはぷいっとそっぽを向いた。

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