第27話 魔王子妃の座
つい先程までと声質は変わらないが、感情が感じられない機械のような物言いだった。
「え、何?何だって?代行者?神の家の?」
「神の家の代行者キャリイです。キャリイという名は貴殿の妻の名を継承しました。今後の活動に際し、貴殿への情報提供が必要と判断し、説明に伺いました」
「……もしかして君は秘宝なのか?」
「正確に言えば、私は貴殿が言うところの秘宝ではありません。秘宝とは外部生体端末を生成する装置です。装置自体はこの肉体を生成し終わった段階で消滅しました」
「私の妻はどうなった?」
「現在のこの肉体に再構成しました」
「殺したという意味か?」
セドリックが代行者に殺気を向けた。
「解釈次第です。彼女は負傷し、子供を抱えて死にかかっていました。放っておけば子供もろとも死んだことでしょう。私は彼女に外部生体端末にならないかと提案しました」
代行者は動じることなく、淡々と説明を続けた。
「それで彼女は何と返事をした?」
「条件を出してきました。子供を助け、守ってくれるなら外部生体端末になると彼女は言いました。契約は成立しました。私は契約に則り、彼女の肉体を現在のこの肉体に再構成しました。彼女の記憶は消失しましたが、肉体は完全に彼女のものです。肉体を基準に考えれば彼女は今も生きていると解釈できるでしょう。今は外部生体端末である私が話をしていますが、思考や感情が肉体から生じるものと定義すれば、私に代わる直前まで話をしていたのが貴殿の妻キャリイです」
「そんなことが……」
セドリックは言葉を失った。
セドリックはしばらく無言で物思いに耽っていたが、やがて顔を上げた。
「ボク達が現場に着いた時はなぜいなかった?」
「子供を守ることは約束しましたが、貴殿に引き渡すことは条件に含まれていません。加えて、魔国にとどまっていては代行者としての役目を果たすことができません。私は契約と役目という二つのタスクを両立させる為、子供を守りながら帝国で調査を行うことにしました。子供が物心ついてからは、妹としてそばにいました」
「なぜ、今になって現れた」
「子供が子供ではなくなりました。今のレクサスは守られるべき弱い存在ではありません。契約は満了です。また、帝国の調査も終わり、行動に移るフェーズに入ったからです」
「君の役目とは何だ?」
「地域担当神の調整と調和です。神の家が長らく停止していた影響で、地域担当神が本来の目的から外れた異常動作をしている事象が多々見受けられます。その修正を行います。現在の最優先調整対象は帝国の機械神キュベレーです。貴殿の協力を求めます」
―――――――――――――――
喚き疲れて我に返った頃、オレはブランシェに呼び出された。
ブランシェは城のゲストルームにいた。城に滞在している間、いつもブランシェが使っている部屋だ。
小さなソファーセットが備え付けられており、ブランシェはそこに座っていた。
「すまない。見苦しいところを見せてしまった」
誘われるままにソファーに座ると、オレはすぐに謝罪した。
「確かにあれは見苦しかった。ちょっとがっかりしたぞ」
「……」
オレはうなだれた。
いくら何でもあれはない、と自分でも思う。
「しかしまあ、終わったことだ。気にしないでくれ。それよりも、これからのことを相談しなければならないと思ってな」
ブランシェはそう言ったが、オレと目を合わそうとしない。
落ち着いている風を装っているが、心ここにあらずという感じだ。
長年行方不明になっていた婚約者が見つかったと思ったら、他の女を連れてきた挙句にあの痴態を見せたのだ。相当、ショックが大きかったのだろう。
魔王城にきてから、オレはみんなに恥ずかしいところしか見せていない。
「あなたには申し訳ないことをしたと思っている」
「謝罪は必要ない。問題はこれからどうするかだ」
やはり、ブランシェはオレと目を合わそうとしない。
「……そうだな」
「時間はたっぷりある。胸襟を開いて話し合おうじゃないか」
「そう言ってもらえると助かる」
言葉はオレとの話し合いと望んでいるように聞こえるが、ブランシェは目をさまよわせて落ち着かない様子だった。
侍女がお茶を運んできた。
「二人で大切な話があるから、わたしが呼ぶまで席を外してくれ」
ブランシェが侍女に行った。
「かしこまりました」
侍女は一礼して部屋を出ていった。
出されたお茶を飲みながら、まずブランシェの気持ちを落ち着かせないとダメだなとオレは思った。
罵倒でもされた方が、まだまともな話ができるような気がする。
「それでこれからのことだが……」
ブランシェが何か言おうとした時、オレの手からティーカップが落ちた。
こぼれたお茶が床に広がっていく。
「どうした?」
体が熱い。頭がぼうっとする。
「すまない。ちょっと気分が……」
オレは立ち上がろうとしたが、ふらついて膝をついた。
……まずい。体の奥底から激しい情欲が湧き上がってくる。以前よりはるかに強い。あれを知ってしまった以上、抑えられる気がしない。
「それはよくないな。少し休んだ方がいい。肩を貸そう」
ブランシェがオレの体に手を回した。
やめてくれ。オレに近づくな。あなたの柔らかい体と匂いは今のオレにとって猛毒だ。
オレは首を振って必死に抗った。
オレはブランシェに抱き起こされた。
「大丈夫か?」
心配そうな声に顔を上げると、目の前にブランシェの瑞々しい唇があった。
―――――――――――――――
ブランシェが寝込んだ。
ベッドで横になっているブランシェの部屋にノアールがやってきた。
「気分はいかがかしら?」
「貴様が言っていた意味がわかった。提案を受け入れよう。あれは一人では無理だ。まさか、あれほどとは……」
ブランシェは疲れ切った体を無理やり起こした。
「理解していただけてうれしいですわ」
ノアールはベッドの端に腰を下ろした。
「何度も意識が飛んだぞ。自分が女だと思い知らされた気分だ。あんなのが毎日続くと、頭がおかしくなってしまう」
ブランシェは自分の体をぎゅっと抱きしめた。
「少なくともこれで毎日ではなくなりますわ」
「それでも一日おきか……。いや、さすがにいくらレクサスでも毎日ってことは……」
「ちょっと雷獣族の男について調べてみたのですけれど……それこそ、毎日求めてくるらしいですわ。下手すると朝、昼、晩」
「化け物か」
ブランシェは慄いた。
「最低でもあと一人は妃が欲しいですわ。誰か適当な妃候補はおりませんかしら?」
「しかし、レクサスは魔王子だぞ。将来の魔王だ。妃を募れば希望者は殺到するだろうが、後継者問題などややこしい話が出てくる」
「どこかにおりませんかしら?体が頑丈で、レクサスのことを好ましく思っていて、尚且つ権力に興味のない女性が」
「そんな都合のいい女など…………」
ブランシェは目を伏せた。
そのブランシェの脳裏に一人の女の顔が浮かんだ。
「あ、いや、待て。一人心当たりがいる」
「まあ、それはどなたですの?」
「それは……」
「ブランシェとは絶交したにゃん!今さら何の用にゃん!」
ブランシェの部屋に入るや否や、ララは怒りを爆発させた。尻尾を激しくバタバタさせている。
本当はブランシェの顔を見たくもなかったが、城からの正式な通達だった為、断ることができなかったのだ。
「ララにはつらい思いをさせた。今日はその埋め合わせをしたいと思って呼んだのだ」
ブランシェはにこやかにララを迎え入れた。
「謝っても許さないにゃん」
ララはそっぽを向いた。
「実はララ様に提案があってお呼びしたのですわ」
ソファーに座っていたノアールがララに声をかけた。胡散臭いほど満面の笑顔だ。
「提案?」
ララは疑わし気な顔をノアールに向けた。
「ララ様に魔王子妃になっていただきたいのですわ」
「妃?レクサスの?」
ララの顔に困惑の表情が浮かんだ。
「そうだ」
「何でにゃ?レクサスの妃の座はあんた達二人で争ってるって聞いたにゃん」
激しく対立していると聞いていたが、ララが見るところ、二人の息はぴったり合っていた。しかも、本気で自分を妃に迎え入れようとしているように見える。ララはますます二人を訝しんだ。
「それは話がついた。私たちは二人とも妃になる。ついでと言ってはなんだが、お前も妃にならないかという話だ」
「立場上、わたくし達に上下をつけるわけにはいきませんので、ブランシェが右魔王子妃、わたくしが左魔王子妃となりますわ。ララ様は形式上、第三魔王子妃になりますが、問題ありませんか?」
「そんなのは別にどうでもいいにゃん。でも、レクサスが何て言うか……」
妃になりたくないわけではないが、レクサスの気持ちが分からない。
捕虜分配の際、健康で若く、相性も良さそうなレクサスをララはすっかり気に入った。雷獣族の男は嫁に尽くすことで知られている。こんな優良物件を逃す手はないと舌なめずりしたのだ。
ブランシェに横から搔っ攫われて、どれほどがっかりしたことか。頭ではブランシェの言い分は理解できるものの、感情的に納得できなかった。
だが、今のレクサスは魔王子だ。選ぶのはララではなく、レクサスの方だ。レクサスが自分をどう思っているか、ララには分からなかった。
「それを二人で話し合ってほしいのだ。心配するな。大丈夫だ。きっとうまくいく。いや、どうあってもうまくいかせる」
ブランシェがララの肩に手を回した。
「わたくし達は邪魔をしません。思う存分、話し合ってほしいのですわ。わたくし達の未来のために」
ノアールがララの手をぎゅっと握った。
「どうしてそんなに一生懸命になってくれるのにゃ?ライバルが増えるとは思わないのかにゃ?」
「幸せは皆で共有してこそ、より大きくなるものですわ」
「その通りだ。わたし達三人で幸せとノルマを分かち合おうじゃないか」
困惑するララの前で二人は晴れやかに笑った。
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